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欲望と策謀(11)



 心理戦あるいは神経戦。



 この手の戦術では、仕掛けた方がまさかのカウンターでしっぺ返しをされる。



 なんていうのは、よくあるパターンで、形成を逆転するにはどこかで切り返すか、さもなくば潔く負けを認めて謝罪するのが、被害を最小限に止める良い方法である。



 いまのところ、敵の本陣にいるアルファザルトが切り返すのは容易ではない。しかし、ギルドマスターとしての矜持が邪魔をしていた。



 ひとまず居住まいを正し、切り返しを模索する。



「ヒ素入りか。それならなぜ、わざわざ銀製のゴブレットを用意したんだ? 銀にヒ素が反応したら、俺は飲まない。それでどうやって、俺の度量を計るつもりだ?」



「無理やり飲ませるような真似はしないわ。飲ませるよりも、もっといい方法があるのですもの」



 つぎに頬杖をつくのは、シルヴィアの番だった。



 首を傾けながら、指先でゴブレットの柄を挟み、ゆらゆらと揺らしてみせる。



ゴブレットこれはなんというか、効果的な演出というか……」



 話ながら、柄からバスケットへと手を移動して取り出したのは──筒状に丸められた羊皮紙。



 アルファザルトの榛色の瞳には、裏面に押された印章がはっきり見えた。



 ナバロン王家のダリアの紋章。しかもその色は、王族であれば金色なのに対して、押されているのは庶子であることを意味する朱印だった。



 ダリアの朱印は、『出生証明書』でしか使用されない。つまりは、これが本物であることを示していた。



「……まさか、それは俺の」



 アルファザルトが青ざめるのには、十分だった。



「さあ、ダレのかしらね。少しは面白くなってきたかしら?」



 筒状に巻かれた羊皮紙を、笑顔のシルヴィアが銀製のゴブレットに挿した。一輪挿しのようになった朱色のダリアが、アルファザルトの方を向いている。



「これが、ダレのものか……とても気になるわよね」



 そこで決定的なことを、シルヴィアは口にした。



 この出生証明書を見た者でなければ、わからないこと。これが、本物でなければ知り得ぬことを。



「素敵なミドルネームね。しかも、ふたつもあるなんて。アルファザルト・ジル・アーロン・ブロイア。ナバロンの王は、面白い方ね。庶子に『報復ジル使者アーロン』を意味するミドルネームを贈るだなんて」



 その瞬間、朱色のダリアにアルファザルトの手が伸びて、あともう少し、というところで、真横にいたケイオスに背中から押しつぶされた。伸ばした腕をうしろに捻り上げられ、制圧される。



 頬杖をつくシルヴィアには、アルファザルトの歯ぎしりが聞えた。



 そうよね。探し求めていたモノが目の前にあったら、本能的に手は伸びてしまう。取引相手を前に、それが悪手だとわかっていても。



「さっきまでは余裕だったのに、どうしたのかしら? わたくしからひとつ、忠告するわ。相手を試せば、自分も試される──わたくしを試すときは、相打ち覚悟でいらっしゃい」



 静まり返った軍議室。



 シルヴィア以外のだれもが、これで手打ちかと思ったとき、蝋燭が灯る燭台が引き寄せられる。



「アルファザルト、残念ね。貴方にとっては、悪くない取引だと思ったのだけど、わたくし、主人を試すような犬はいらないわ」



 3本立ての燭台から、シルヴィアは一番短い蝋燭を手にとった。



「やめろ、やめてくれ! 俺が悪かった! 条件をすべてのむ!」



 長机に顔を押し付けられたアルファザルトを、薄氷のような冷たい目をしたシルヴィアが見下ろす。



「言葉づかいのなっていない犬だこと。わたくしを怒らせたことにも気づかない。相手の力量を見誤る無能はいらないわ」



「許してください! 心からの謝罪を! どんな命令にも従います。必ずや、シルヴィア様のお役にたってみせます。ですから、どうか、それだけは燃やさないでください!」



「あら、言葉遣いはすぐに直ったようね。やればできるじゃないの。なかなか、見込みがありそう」



 蝋燭を燭台に戻したシルヴィア。



「燃えたら大変よね。それじゃあ、やっぱり、こうしましょうか」



 今度は、自分の前にある木製のカップを手にとり、「喉が渇いたわ」とお茶を飲みほした。



 空になったカップが、アルファザルトの前に置かれる。そこに小さなポットからお茶がそそがれた。



「貴方の忠誠心を試させてもらうわ。わたくしの命令なら、なんでもきくのよね。さあ、アルファザルト、一気に飲み干しなさい」







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