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光の星痕(6)



 大食堂での昼食を終えたときだった。



 そのシルヴィアから、



「このあと、領主室でお茶をする時間はありますか。エルディオン様とケイオス卿に、折り入ってご相談がありまして……」



 断る理由はなかった。



 すぐに立ち上がったエルディオンとケイオスは、シルヴィアと連れ立って領主室へと向かう。



 室には執事長オルソンとメイド長ケイト、司令官デニスが、すでに控えていた。城を取り仕切る主要な面々が揃っているのを見て、エルディオンに緊張が走る。



 悪い予感がした。



 この顔ぶれからして、レグルス辺境領内に何かしらの問題が発生したとみるべきだろう。



 シルヴィアに促され、ソファーに腰掛けたエルディオンは、気づかぬうちに下唇を強く噛みしめていた。



 予想よりも早く、バイロン城に身を寄せているのが軍部に知られた可能性が高い。



 義母である側妃ヘレネが、早くもバイロン家に難癖をつけてきたのだろう。



「お時間をいただき、ありがとうございます」



 王家や軍部からの重圧を受けているだろうに、何事もないように柔らかな表情を崩さないシルヴィアに、エルディオンの胸が痛んだ。



 バイロン家が不当な要求をされる前に、やはりここを去るべきだ。



 となりに座るケイオスにチラリと視線をやると、おなじ気持ちなのか、静かに頷いてきた。



「シア、俺たちに気を遣う必要はない。もうすでに、過分に良くしてもらった。感謝している。だから、安心して欲しい。1時間あれば、この城を発てるから大丈夫だ。王家と軍部には、俺たちを追い出したと伝文を送るだけでいい」



 てっきり喜ばれると思っていたエルディオンだったが、



「1時間? どこに行かれるのですか?」



 妙な顔で首をかしげるシルヴィアから、逆に尋ねられた。



「いや、それは……どこに行くかはこれから決める。だから、王家には、すぐに追い出したから居場所は分からないとでも伝えたらいいと……」



 なんだか微妙に話が噛み合わないな。



 そう思いつつ、内容を繰り返したエルディオンに、シルヴィアの困惑はますます深まったようだった。眉間にしわ寄せ、「どういうことでしょうか」とさらに詳しく訊いてきた。



「追い出すとは? わたくしたちが、第一騎士団を城から追い出したように装う必要があるのですか? それは何かの作戦ですか?」



「……いや、作戦とか、そういうことではなくて、その方がいいのではないかと思って」



「その方がいい——というのは、エルディオン様がそうされたいと思っているということでしょうか」



「俺がしたいというか、バイロン家にとってその方がいいというか……もうこれ以上は、迷惑をかけたくないんだ」



「エルディオン様、どうぞ、はっきりおっしゃってください。わたくしどもに、何か不手際がありましたでしょうか? 1時間後に城を発つだなんて。騎士団の皆様に御不快を感じさせてしまったのなら、心から謝罪致します」



「ちがうんだ、シア。この城で、不快に思ったことなど一度もない。俺が云いたいのは、そもそも俺たち第一騎士団は……」



 話しながら、エルディオンは思った。



 やっぱり、おかしい。まったく、話しが噛み合わない。シルヴィアとの間で、誤解が生じていることは明らかだった。



 歯切れの悪いエルディオンの様子に、今度はシルヴィアの背後に控えたデニスが「お嬢様、もうそのくらいで」と、やんわりと止めにはいる。



「殿下がお困りになっておられます。国防を担う第一騎士団ですから、我々には伝えられないことも多いでしょう。急な要請ですとか、密命ですとか。」



 密命? なんのことだ。それに、困っているのは俺ではなく、シルヴィアの方だろう。



 いよいよ話しがおかしな方向に行きだして、「何か、誤解が……」とエルディオンが切り出すより先に、ハッとした表情のシルヴィアが頭を下げた。



「申し訳ありません。わたくしの至らぬ考えで、詮索するようなことを……でも、お願いします。いまはまだ、お身体の回復を優先しなければならい時期です。ですから、どうか城にいてください。」



 悲しそうに俯きながらも、城に留まるよう必死で訴えてくる。



「いや、それは誤解だ! そうじゃない!」



 たまらずエルディオンは、テーブル越しにシルヴィアの手を取っていた。



「貴女が気に病むことなど、ひとつもない。知ってのとおり、俺は王家から見放された日陰者だ。その俺が率いている騎士団も冷遇されている。俺たちを支援したことで、レグルス辺境領に王家から圧力がかかっているなら、早急に出ていかなければと……」



 そこで、エルディオンの肩にケイオスの手が置かれる。



「団長、お気持ちは分かりますけど。ひとまずシルヴィア嬢の手をはなして差し上げてください。馬鹿力で握るから、白い肌が赤くなってきているじゃないですか」



「悪いっ! ああ、どうすればいい、ケイオス。本当に、赤くなってしまっている」



 我に返ったエルディオンが勢いよく手をはなし、薄っすらと赤くなったシルヴィアの肌を見て、大きく狼狽えた。



「エルディオン様、大丈夫ですから」



「そんなずはない……無意識だったから俺は、剣の柄を握るようにしてしまった」



 顔を青くしたエルディオンをなだめること数分。



「王家からは何も云われておりませんので、ひとまずご安心ください」



 安心したのは、シルヴィアもだった。



 誤解が生じて、第一騎士団がバイロン城を出てしまったら、救済計画が台無しになってしまう。



 左手首にある金の腕輪をはずしたシルヴィアは、



「わたくしは、こちらをお伝えしたかったのです」



 つとめて慎重に、本題にはいった。






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