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光の星痕(3)



 その夜だった。



 左の掌から手首にかけて、シルヴィアはこれまで感じたことがない魔力の波動を感じた。



 体内にあるすべての魔力が、左手に集中していくような感覚。



 これは、もしかして——



 心当たりはあった。瀕死のエルディオンを治癒したときも、これに似た魔力の波動を感じていたし、『自叙伝』には、ちょうどそのころ、が現れたと綴られていたからだ。



* * * * *


こんな形よ。


《 ✡ 》


大きさもコレくらい。


* * * * *



 下手くそな絵で祖先シルヴィアが描き、と呼んでいたのは、書庫で調べたところ『星痕せいこん』だと判明した。



 『星痕』とは、その名のとおり、星型の紋様が身体の一部に浮き出ることを差す。七聖大陸セント・セブンス創世記によると出現の条件は——



『天から魔法の才を与えられし者、その身に使命の星が宿る』



 ——と、あった。



 太古より、星痕は神からの祝福であるとされる。



 これまで星痕を持つ者が現れた国は、神からの恩恵を授かったとされ、泰平の世をたどった。



 現在、公表されているのは、緑に光る『風の星痕』を持つ、大陸の西側エスカトル王国の王女と、南側の小国セロンにいる赤く光る『火の星痕』を持つ大神官のみ。



 星痕の出現者の扱いについては、公表、非公表を含めて各国の取り決めがあるが、プロキリア王国に関しては、王族への報告が義務付けられていた。



 いま、シルヴィアの左手首にあるのは、白く発光する『光の星痕』で、プロキリア王国初となる星痕出現者となったわけだ。



 ちなみに読書嫌いだった祖先シルヴィアは、左手首に現れたアレが、星痕だとはしばらく気づかず、晩年になってから周囲に教えられて、ようやく判明したという。



 しかし、その頃には、すでにプロキリア王国は滅亡しており、非公表のまま隣国で過ごしたと綴られていた。



 結局、本人が意識をしなければ、星痕も宝の持ち腐れ、ということなのだろう。



 夜遅く——



 手首に光る星を見つめながら、子孫シルヴィアは計画が予定どおり進んでいることに安堵する。



 祖先とはちがい、星痕を大いに利用するつもりのシルヴィアは、



「これも追加で知らせておかないと」



 明日、早馬で王都に届ける手紙に、『星痕』についても記したあと、右腕の上腕にある金の腕輪をはずし、左手首に付けかえる。



 大きめだった腕輪が形を変え、手首にピタリと吸いつくように調整され、しっかりと星痕を隠してくれた。



 完璧だわ。



 あとは、明日ね。



 今後の計画に抜かりがないよう、いま一度『不遇の王子・救済作戦』を見直したシルヴィアは、心地よい眠りに落ちていった。





◇  ◇  ◇  ◇  




 翌朝。



 朝から精力的に、シルヴィアは城内を歩き回っていた。



 まずは食料の備蓄を確認し、料理長と追加する食料品を多めに発注。次に、執事長やメイド長と、第一騎士団が心地良く過ごすための日用品や衣料品、医薬品などをリストアップし、城下の商店に配達を依頼した。



「どうやら騎士団の皆様は遠慮がちですので、それとなく必要そうな物を、こちらで準備した方がよろしいかもしれませんね。こちらに滞在中は、剣や防具の手入れも必要になってくるでしょうから、一度、鍛冶屋に来てもらいましょうか」



 執事長のオルソンの提案で、さっそく鍛冶屋を呼ぶことにしたシルヴィアに、メイド長のケイトも冬物の衣服について提案してきた。



「騎士団の皆様に、防寒具をご用意されてはいかがでしょうか。ひとまず倉庫に保管している分がございますので、それをお渡しするのが良いかと思います」



「いいと思うわ。でも、そうするとバイロン家うちの紋章が入っているから……そうだ! せっかくだから新しく発注しましょう。第一騎士団の黒色で統一して、ブーツとマントと手袋にも、騎士団の紋章を刺繍するのはどうかしら。ケイト、お針子さんたちの手配をお願いできる?」



「かしこまりました。おまかせください」



 そうして、諸々の手配を済ませたシルヴィアは、昼になる少し前。



 城内を案内しようと、客室を訪れた。



「エルディオン様、シルヴィアです」



 昨日と同じようにケイオス、ジェイド、ダグラスがいて、本日もまた直立不動で出迎えられたシルヴィアは、苦笑いを浮かべる。



「皆様、どうぞ、くつろいでください。よろしければ、このあと城内をご案内させていただきたいのですが、その前に、何か不足している物などはございませんか?」



 そう云うと、口々に感謝の言葉が飛び出して、ふたこと目には「身にあまります」「十分すぎます」「これ以上なんて……罰があたります」などなど。



 執事長オルソンが云っていたとおり、何を訊いても遠慮するばかり。



 しかも、その筆頭は団長であるエルディオンで、



「昨日は、湯まで使わせてもらった。今朝の朝食も、わざわざ騎士たちの部屋にまで運んでくれたみたいで、全員とても感謝している。俺たちのせいで、こちらの使用人の方々に迷惑をかけるわけにはいかないから、食事は大部屋で十分だ」



 罪悪感でも抱えたような表情をしている。



本 当に、なんて低姿勢な方々なのかしら。



 誰ひとりとして偉ぶったところがなく、バイロン家の家令やメイドに対しても非常に礼儀正しい。



 エマからの報告によれば、昨夜、騎士たちの部屋に薪を補充しようと運んでいた使用人のところに、



「す、すまない。俺たちのために仕事を増やしてしまって」



「あとは俺たちで運ぶから……その、悪いな。こんな夜遅くに、ありがとう」



 数人の騎士がやってきて、両手に薪を抱えて走り去っていったという。



 そんな話はすでにいくつもあって、「夜食はいかがですか」と料理番に聞かれた騎士たちが、



「や、夜食?! いやいや、そんなこと頼めない」



「俺たちのことなんて気にしなくていいから! いや、その、気持ちは大変嬉しくて……」



 もはや、おっかなびっくりといった様子だったらしく、しみじみとエマは云った。



「大変失礼ながら、むかし町で、弟が拾ってきた捨て犬を思い出してしまいました。図体は大きかったのですが、とにかく怯えていて、慣れるまで近寄ると全身をプルプルさせていました」



 犬に例えられた騎士たちが可哀相ではあるけれど、エルディオンをはじめとする第一騎士団の面々が、他者からの好意的な態度に不慣れなのは、だれが見ても一目瞭然。



 これだけでも、ここに至るまでの間、彼らがどのような待遇を受けていたかが分かるというものだ。



 『不遇の王子・救済作戦』には、第一騎士団の待遇改善計画も追加しておこう。






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