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光の星痕(1)


 街道を移動すること30分。



「おかえりなさいませ。シルヴィアお嬢様」



 執事長のオルソンに出迎えられる。



「エルディオン様、当家の執事長オルソンです。オルソン、こちらが第一騎士団長であるエルディオン殿下よ」



 屋敷を取り仕切るオルソンに挨拶をさせ、バイロン城のエントランスホールでは、待ち構えていた家令やメイドたちによる負傷者の手当がはじまった。



 応急処置後の傷口を洗い流す係、包帯を巻く係、水や薬湯を飲ませる係など。役割分担がされた無駄のない動きを、2階の踊り場から眺めたエルディオンは目を瞬かせる。



「すごいな。バイロン家の使用人たちは、ずいぶんと手慣れている。野戦病院のようだ」



 そのエルディオンもまた、シルヴィアによって止血後の腕に、包帯を巻かれていた。



「辺境地ということもあって、これまで何度か侵入してくる部隊と小競り合いがありましたので、自然と使用人たちの役割分担ができたのです」



「元国軍総帥の領地に侵入してくるなんて、命知らずなヤツラもいるんだな」



「そうですね。でも毎回、父が我先にと飛び出して蹴散らしにいくので、追いかけるバイロンの騎士隊長が大変だとぼやいていました」



「たしかに。マクシム閣下の馬に追いつくのは、第一騎士団でも大変だろうな」



 そう云いながら、エルディオンの口元が弛んだ。



「一度でいいから俺も、閣下のうしろにつづいて駆けてみたいな」



「エルディオン様は、父と面識がおありですか?」



「残念ながら、直接お会いしたことはないんだ。俺が騎士団に入隊したときには、閣下は国軍総帥の座を勇退されていた。第一騎士団の団長になってからは戦場を点々として、王都にもほとんど戻っていないから、お会いする機会もなかった。でも、一度だけ、俺たち第一騎士団に激励文を頂いたことはあって、それがとても嬉しかった」



 父・マクシムの話をするとき、エルディオンの表情はより一層柔らかくなる。



「ところで、閣下は不在と云っていたが、領地の視察に出ているのか? いつごろお戻りなる?」



 父マクシムに会えるのを心待ちにしているエルディオンに、来春まで王都に滞在する予定になっていることを告げると、



「そうか。それは残念だな」



 明らかに肩を落としたエルディオン。



 しかし、これこそが、シルヴィアの作戦だった。



「残念に思う必要はありません」



 エルディオンの顔を下から覗き込むように笑顔を向ける。



「わたくし、とても良い案を思いつきました」



 包帯を巻き終えた腕に、シルヴィアはそっと手を添えた。



「あと1週間もすれば、この辺り一帯は雪が降り積もります。ですから、第一騎士団の皆様は、『雪で身動きがとれなくなった』とでも王城に伝令を送り、このままバイロン城に逗留ください。この冬ずっとです」



「俺たちが……ここで冬を?」



 信じられないといったエルディオンの金色の瞳を、まっすぐ見つめ返す。



「はい、そうです。雪が融け、春になれば父も戻ってきますよ。そうしたら、父といっしょに、お好きなだけ馬で野山を駆け回ってください。どうですか、とても良い案でしょう」



 英雄である父・マクシムを餌にした、じつに素晴らしい作戦である。



「いや、しかし……そんなことはできないだろう。俺たちに長期の休養など、軍部は与えないはずだ。ここに居れたとしても、おそらく1週間程度だ。命令が下りしだい従うしかない。何度も云うが、バイロン家に迷惑がかかったら俺は――」



「エルディオン様」



 白く細いシルヴィアの人差し指が、エルディオンの唇にあてられる。



「その辺りについては、食事をしながらにしましょうか」





◇  ◇  ◇  ◇





「ええええっっ! この冬を、バイロン城で過ごせるのですか?! 本当に、本当ですか、団長?! その顔で冗談はナシですよ」



 第一騎士団副団長・ケイオスの声が、広い客室に響いた。



 エルディオンのために用意された客室には、ケイオス含めた三人の上級騎士が円卓を囲んでいる。



 その中心にいるエルディオンは、「俺だって驚いた」と円卓に用意されたティーカップを手に、いまだに半信半疑だった。



 香りの良いお茶を前に、首をかしげる。



 こんなことは、これまで一度もなかった。



 十分な広さと落ち着きのある部屋。毛足の長いふかふかの絨毯に置かれた円卓には、菓子まである。



「こちらでお寛ぎください」



 案内してくれた執事長のオルソンは、穏やかな表情を浮かべながら完璧な所作で4人分のお茶を淹れると、



「何かありましたらいつでもお呼びください」



 一礼して退室していった。



 平民が多い騎士団の中で数少ない貴族・伯爵家の三男・ジェイドは落ち着きなく、周囲を見回している。



「俺……第一騎士団になってから、はじめて貴族の御屋敷に招かれたんですけど……しかもバイロン城って、これ、夢じゃないですよね」



 そのとなりで、子爵家の次男グレイブも「ありえない」と、ティーセットを凝視したまま固まっている。



「俺たち第一騎士団が歓待されるなんて……さっきまで、生きるか死ぬか、だったのに……」



 エントランスホールでの処置を終えた第一騎士団の面々は、その後、ダイニングルームに移動。そこでは、ここ数年お目にかかったことのない豪勢な食事が振る舞われた。



 給仕するメイドたちが、次から次へと温かな料理を運んできて、利き手を負傷している騎士には、「どうぞ」と食事の手助けまでしてくれる。



 ボソリと、ケイオスが云った。



「ダグラスのヤツ……エマさんに食べさせてもらっていた。くそ」



「それ、俺もみた。アイツ、瞬きもせず食べていたぞ。いいな……」



 羨ましさを隠すことなく、ジェイドがつづき、その羨ましさの矛先は、エルディオンへ向かう。






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