目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
バイロン城(2)



 この調子で終始一貫、感情のままに綴られた文章からは、『あの女』に地団駄を踏んでいるシルヴィアが、ありありと目に浮かんだ。



 自叙伝からして、祖先シルヴィアは裏表のない性格で、何事にも駆け引きなどせずに、真っ向から勝負を挑むタイプに感じる。



 情報戦や心理戦は、大の苦手だろう。



 それゆえに、魔法だけではどうにもならない狡猾な敵を前にして、子孫に丸投げすることを選んだというのが、頭脳派シンシアが逆行転生した理由である。



 難解だったシルヴィアの手記をそのまま信じるなら、エルディオンは決して、突如として暴君と化したわけではなかった。



 母君である王妃の死をはじめ、幼少からの度重なる不幸と、耐え難い苦難が折り重なった末に、祖国を滅亡に追いやる暴君と化したのだ。



 そうなる前に、不遇の王子・エルディオンを救うには、たしかに数多くの事柄を正し、史実を変化させる必要がある。



 あらたな未来を描くには、まずは確実な根回しと巧みな情報操作で政局の流れを変え、多くの味方を得なければならない。



 確固たる基盤を築いたのちは、生前のプロキリア国王を廃位して、その愚王を陰で操ってきた稀代の悪女『あの女』を表舞台から抹殺しなければならない。



 真夜中に、シンシアは愚痴る。



「それをなぜ、子孫のわたしが為さねばならないのか。それが、納得いかないのよねえ」



 しかし、何はともあれ。



 シルヴィアに瓜二つな容姿とこの革表紙の自叙伝があったおかげで——



 七聖大陸暦714年の或る日の朝。



「おはようございます。シルヴィアお嬢様。よく眠れましたか」



「おはよう、エマ。まったく眠れなかったわ。ちなみに、目覚めは最悪よ」



 18歳のシルヴィア・バイロンは、幼い頃から仕えている侍女のエマに疑われることなく、転生初日を迎えられた。



 現在の状況としては……寝台の上で、絶対安静である。



 なぜなら、この数日前。



 天才だという治癒魔法を使って、神殿で奉仕活動をしていたシルヴィアは、調子にのって魔力を使い過ぎ、その場で倒れてしまった。



 要するにオーバーワークだ。天才がきいて呆れる。



 魔力が自然回復するのを待つ間、3日3晩、昏睡状態になり、4日目にして目覚めたものの、医師から1週間の絶対安静を云い渡された。



 シンシアが転生したのは、ちょうどこの安静時期で、寝台から一歩も出られないという状況下だった。



 おかげで、転生説明書である自叙伝を読み返す時間はたっぷりとあり、その結果、人間とはいかに強かで図太く、環境に順応できる生物であるかと改めて知るのに、1週間もかからなかった。



 元の時代に戻りたいと思っていたものの、4日目になると、戻っても瓦礫の下敷きか……と、だんだんと考えを改め直した。



 そして5日目にして、決定的なことが起きる。



 その夜。



 自叙伝のあまりに酷い誤字脱字を修正しながら、万が一誰かに見られても大丈夫なようにと、新たに現代語で書き写していたとき。



 突然、宝石箱アーティファクトが輝きだし、勝手に蓋があいた瞬間、月桂冠を模した金の腕輪が、ご丁寧にメモ付で魔法の渦から現れた。



 メモには、装着することで『光属性の魔力を行使することができるようになる』とあった。



 魔力の基本属性は、火、水、土、風。光と闇の属性は稀である。



 魔力を持つのは、王侯貴族といった上位階級の者たちで、多くは一人につき、ひとつの属性を持つ。複数属性の魔力を持っていたのは、古代の王族くらいだった。



 シルヴィアの場合、治癒魔法の過剰供給によって倒れたことからもわかるように、稀なる光属性の持ち主。



 しかし、当然ながら魔力を持っているだけでは、魔法は発動しない。



 極めて繊細な魔力操作、制御を修練によって身につけて、はじめて治癒魔法を行使できるのだ。



 魔力の操作、制御は、才能による部分が大きく、膨大な魔力が体内にあってもなかなか能力を発揮できない者も少なくない。



 その点、シルヴィアは自他ともに認める『天才』に分類される魔法の使い手で、幼いころよりはじめた神殿での奉仕活動で経験をつみ、治癒魔法に関しては、大陸でも屈指の実力者らしい。



 自叙伝には、自己肯定感強い祖先らしく、自慢気に綴られていた。





* * * * *


勉強はからっきしだけど、魔法なら任せて。


わたしにとっては、魔力の操作も制御も、息をするのと同じ。


なんで、みんな苦手なんだろう、って思うことがあるくらい。


でも、誰にでも得手、不得手はあるからね。



* * * * *





 その天才から贈られた金の腕輪。メモには追記で『慣れるまでは、これを身につけておけば大丈夫』とある。



 晩年、祖先シルヴィアが治癒魔法を極めた頃につくった腕輪で、大陸一の治癒魔法の使い手になれるそうだ。



 右腕の上腕あたりにさっそく着けてみて、すぐに実感した。これまで体内で感じていた魔力の波動が、まさしく自由自在に具現化できる。



 腕輪を通して、複雑な治癒魔法の操作、制御の仕方が身体に染み込んでくるようだった。



 こんな素敵な能力を手に入れてしまったら……



 もう後戻りはできなかった。



 7日目。



「よし! わたしは、シルヴィア・バイロンだ!」



 この時代で生きていくことを、シンシアは決意した。



 不思議なもので、シルヴィアとして生きていくことを決意した日から、シンシア・バイロンの知識はそのままに、より一層、シルヴィアの心身との融合がすすみ、シンシアであったころの意識は薄れていった。







コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?