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真夜中の胸騒ぎ(2)



——————シンシア



 ———シンシア・バイロン



 遠くの方から木霊すような声に呼び起こされ、目を醒ましたとき。



 真っ白な世界に、シンシアは立っていた。



 白い空。



 足元には、もっと白く輝く砂浜がどこまでも広がっている。



 まるで、白い砂漠だ。



 現実世界ではない光景。



 それは、死後の世界に相応しい在り様で、美しいけれど寂しい、静謐さと虚無感が漂う、風と時間の流れない領域――の、はずだけど、



「シンシア~」



 さっきから、うるさいくらいに頭のなかに響いてくる声は、いったいどこから聞こえてくるのか。



「シンシア・バイロン~」



 若い女の声で、しきりに名前を呼ばれているけど、姿は見えない。



 はっきりいって、うるさい。



歴史学者として、志し半ば。あまりに突然、不幸な最期を遂げることになってしまったのだから、少しは感傷に浸らせて欲しいものだ。



 と、いくらシンシアが思ったところで、相手にその気はないらしい。



「シンシア! シンシア・バイロン!」



「静かにして! 用があるならあとにして!」



 あまりのしつこさに、シンシアはついに声を荒げた。



 しかし、それを待っていたかのように、



「見つけた!」



 白い空から、声の主が舞い降りてきた。



 真っ白な翼を背中に持つその姿に、シンシアは衝撃を受ける。



 天使という存在に驚いたのはもちろんだが、それ以上に、その容姿に驚愕した。恐ろしいほど似ている。



 金髪碧眼、鼻や口元、背格好まで、瓜二つ。まさしく、鏡に映した自分としか思えない。ちがうのは声色ぐらいか。



 絶句するシンシアの前に降り立った生き写しの天使はというと、大層怒っていた。



「もう! 探すのに時間がかかってしまったじゃないの! ここ広いからシンシアが返事をしてくれないと位置を特定できないんだから! 名前を呼ばれてひとこと『はい』と応えるのが、そんなに難しい?! 3歳の子どもだって、それくらい出来るわよ。まったく、時間がないっていうのに!」



 文句ばっかり。



「貴女は……」



「わたしは、マクシム・バイロンの娘、シルヴィア・バイロンよ」



 名乗ってくれたのはありがたいけれど、呆気にとられるこちらを気遣うことなく、シルヴィア・バイロンはつづけた。



「もちろん、知っているわよね。わたしは、貴女の祖先よ。一度しか云わないから良く聞いて。どうか、彼を救って」



「彼?」



「エルディオン・プロキリアを、暴君にしてはいけない」



 シルヴィア・バイロンから飛び出したのは、後世に『不遇の王子』として名を刻み、なおかつプロキリア王国を滅亡させた稀代の暴君の名だった。



 すべてが突拍子もなかったが、



「わたしに代わって、貴女が彼を救うのよ! これを持って、さあ、行きなさい! 七聖大陸暦714年へ!」



 およそ二千年前の年号といっしょに投げ渡された宝石箱。それを反射的に受け取ってしまったシンシアは叫んだ。



「救う?! わたしがですか?!」



 ありえない。到底、受け入れられない。



 しかしその瞬間、白い空、白い砂漠は跡形もなく消え、シンシアを取り囲むすべてが暗転した。



 深く暗い、深淵のような底なしの空間を漂い、つぎに遠くから迫ってきた星雲に包まれた。



 暗い深淵と宇宙のような空間を何度か繰り返しているうちに、心地よい眠気に襲われたシンシアの瞼は、徐々に下がっていった。






◇  ◇  ◇  ◇





 次に目を醒ましたとき。



 シンシア・バイロンは、七聖大陸暦714年のプロキリア王国の西側、レグルス辺境伯領のバイロン城にいた。



 周囲は薄暗かったが、深淵ほどではない。



 それから数時間後、2000年前の大陸に朝日が昇る。



「おはようございます。シルヴィアお嬢様。よく眠れましたか」



「おはよう、エマ。まったく眠れなかったわ。ちなみに、目覚めは最悪よ」



 バイロン家初代当主マクシム・バイロンの娘シルヴィアに転生するという、もっとも突拍子もない形で、シンシアは転生初日を迎えていた。














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