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緊急指令、不遇の星の王子様を救え!「わたしがですか?」
藤原ライカ
異世界恋愛ロマファン
2024年09月04日
公開日
38,797文字
連載中
祖先の悲恋をやり直し? 子孫の「わたしがですか?」
滅亡した王国の辺境伯を祖先にもつ歴史学者シンシアは、或る日、友人の考古学者から『遺跡で発見された巨大石板の解読をして欲しい』と依頼される。
メールに添付されていた石板の画像には、祖先マクシム・バイロンの名が刻まれていた。胸騒ぎを覚えたシンシアが発掘現場へ赴くも、到着早々に崩落事故に巻き込まれる。
巨大な石板と共に地底に落下したシンシアは、石板に刻まれた祖先の名と紋章に触れながら意識を失った。
目覚めたのは白い世界。そこで出会ったのは、シンシアと瓜二つの女性、祖先マクシムの娘シルヴィアだった。
「どうか、エルディオン・プロキリアを救って」
滅亡した王国の元凶である暴君の救済を懇願されたシンシアが、「わたしがですか?」と聞き返した瞬間。およそ2000年の時空が逆行し、子孫シンシアは、祖先シルヴィアの身体に転生していた。

真夜中の胸騒ぎ(1)


 歴史学者シンシア・バイロンが、そのメールに気づいたのは真夜中だった。



 送信者は友人の考古学者デレク・バーキンで、



『遺跡で発見された巨大石板の解読をして欲しい』



 短い挨拶のあとに、要件を伝える一文があった。



 添付されていた画像には、発掘されたばかりとおぼしき石板があり、写真を拡大したシンシアの目が、とある箇所で止まった。



 画質は荒く、石板に彫られた古代文字と刻印は一部風化しているが、しっかりと読み取れた。



 レグルス辺境伯 マクシム・バイロン



 双剣と月桂樹を象った刻印は、子孫であるシンシアには見慣れた家紋である。



 デレクの発掘チームは現在、滅亡したプロキリア王国の神殿遺跡を調査中だ。



 不鮮明な画像では、これ以上の解読はできない。



「現地に行くしかないわね」



 胸騒ぎを覚えたシンシアは翌日。



 朝一番の飛行機に飛び乗って、祖先と関わりがある遺跡に向かった。



 シンシアの祖先は、旧プロキリア王国の貴族であり、王国の滅亡と共に隣国にわたり、バイロン商会を興して大成功した。



 バイロン家の子孫たちは代々商才に恵まれ、シンシアの父が経営する貿易会社も大きな利益をあげている。



 名門バイロン家の子女であるシンシアは、家業の継承は兄と弟に任せ、大学では歴史学を専攻した。



 卒業後は大学の研究室に残り、未解読だった古代文字の解読に成功すると、それをもとに新たな史実の解明、研究発表をして、世界的な歴史学賞を次々と受賞。現在、最も期待される若手の歴史学者だ。



 添付された画像をみた瞬間。



 十数年にわたる研究者としての直感が働いた。



 あの石板には、滅亡した王国の秘密が隠されている。



 その秘密を、レグルス辺境伯だった祖先が握っているかもしれない。と、なれば、これほどの歴史的ロマンがあるだろうか。



 高鳴る胸を押さえて、シンシアは発掘中の遺跡に到着した。



 発掘現場に現れたシンシアに、



「やっぱり、来たか」



 メールの送り主であるデレク・バーキンはニヤリとして、「こっちだ」とさっそく石板の発見場所へと案内してくれた。



 神殿遺跡のほぼ中央に、石板それはあった。



「たしかに、これは大きいわね」



「およそ縦150、横90だ。ちょっとしたダイニングテーブルだろ。しかも厚さは土台を入れたら50センチ以上はあるだろうな」



「重機がないと運べないサイズね」



 その巨大さゆえ、いまだに発掘途中の石板は、一部がまだ土に埋もれている状態で、埃と泥汚れのせいで文字は不鮮明だ。



「むかしみたいに魔法が使えたらなあ。こんな汚れなんて、チチンプイプイでアッという間に綺麗になっていたんだろうな。あっ、そうだ。コイツを研究室に運ぶときは、バイロン家のコネで重力魔石を融通してくれよ」



 シンシアの冷たい視線が、デレクに向けられる。



「わたしに解読を依頼したのは、そういうことね」



 王侯貴族階級に魔力を持つ者が多かった数千年前。



 最盛期を迎えた魔法は、その後、ゆるやかに衰退していき、数百年前には完全に失われた。



 現在では、魔力を蓄えた魔石はとても貴重で、小石ほどの大きさでも破格で取引されている。



 それほどに稀少価値の高い魔石であるが、貴族を祖先にもつバイロン家は、とりわけ魔力保有者の多い一族だった。



 そのため、子孫に代々受け継がれる魔石は、握りこぶし大から宝飾品に加工されたものまで、数百点を超える。



 国家事業や国際的な祭典に利用したいと貸し出されることもしばしばで、重力を変化させる魔石も所有している。



 発掘費用を押さえて、遺物の保存、研究に多くの資金を回したいデレクの狙いは、そこにあったのだろう。



「まったく、調子がいいわね」



 呆れた顔で云うと、肩をすくめてみせたデレクをそのままに、シンシアはさっそく石板にびっしりと刻まれた古字に目を走らせた。



 特徴のある曲線と直線の組み合わせ。



 古代の聖表記の流れを受けたこの古字は、2000年前の七聖大陸時代セント・セブンスのものだわ。



 汚れを払いつつ、なんとか読み取れる刻字を追いながら、シンシアは画像にあった祖先の名前と刻印を探していく。



 地盤が大きく揺れ動いたのは、脈々と受け継がれているバイロン家の『双剣と月桂樹』の紋章を見つけたときだった。



「地震だ!」



 切迫したデレクの声が聞こえたが、激しい縦揺れに耐え切れず、足元から崩落していく発掘現場。



 石板を守るために覆いかぶさったとき、シンシアは、紋章の近くに祖先マクシム・バイロンの名をみた気がした。



 砂埃に包まれ、石板と落下していく身体に衝撃が走るまでは、瞬きするほどのわずかな時間だった。



 同時に激痛に襲われたシンシアは、痛みに悲鳴をあげる間もなく、頭上から降ってきた瓦礫に押しつぶされた。



 肺が圧迫されて、ひどく息苦しかったが、頭が押しつぶされないだけマシだったのかもしれない。



 ただ、意識を失うのは時間の問題で、このままでは生存を知らせる術もない。否が応でも、絶望に襲われた。



 そんなとき、指先に感じたのは、石板に刻まれた古字。曲線の多いこの文字は……やはり祖先、マクシム・バイロンの名でまちがいない。



 ああ、もっときちんと調べてみたかった。



 石板に刻まれた史実は、滅亡の道を辿った王国プロキリアの陰謀を解き明かす鍵だったかもしれない。



 或いは、忽然と姿をくらませた暴君エルディオン・プロキリアの最期についてかもしれない。



 わたしの祖先バイロン家の初代当主が、王国の滅亡にいかに関わったかを……きちんと調べて、後世に伝えたかったのに。



 どうやらそれは、無理みたい。



 シンシアの意識が遠のき、指先の感覚が失われた。









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