――光帝リヴァイアサン歴129年 9月17日――
この日、ホバート王国の兄王:イソロク・ホバートは王城の前に集まる観衆たちの前で、ホバート王国に混乱をもたらした原因である弟王:タモン・ホバートを討伐すると宣言する。多数の兵を王都の周りに集めておきながら、なかなか動きを見せぬイソロク王に対して、不満が募り募っていた王都民たちであったが、イソロク王のこの宣言を聞いたことで、ようやく安堵の息を吐くことになる。
そして、次には逆賊:タモン・ホバートを討てと観衆たちは怒号を天に向かって放ったのだ。その怒号に背中を押されるように各将軍たちは王都から出立することになる。
「では、先に逝ってきますぞ! 自分の亡骸は海が見える丘に埋めてくだされ!」
「ハッハッハッ! 何を縁起でもないことを言っているのか、イザーク将軍。 きみを死なせたら、きみの副官であるライラ殿に殺されるわ!」
「ガーハハッ! ファルス将軍。若きイザーク将軍のことを相手にしていたら陽が暮れますわい。わしはオダワラーンを経由して海岸沿いに奪われた砦や港町を奪還していきましょうぞ。では、合流予定地点までしばしのお別れだわいっ!」
北伐軍の主力たちは新王都:シンプから二手に別れる。オーガス将軍は最初、城塞都市であるオダワラーンからすぐ東にあるヒラツカの地で陣を張る。ここから河を挟んだ先にあるのが旧王都:キャマクラだ。ヒラツカの地に4千の兵を残して、ヒラツカから河を伝って北上するルートを4千の兵を率いる虎髭が似合うオーガス将軍は取る。それは旧王都:キャマクラの北側へ抜けるルートあった。
対して、歳相応にナイスミドルになったファルス将軍は王都:シンプからまっすぐ東へ軍を進める。旧王都:キャマクラの北東へ回り込むように8千の兵を進める。この8千の中にはエーリカと共にオダワーランを守ったイザーク将軍の姿も見えた。
さらに本州軍の本隊を率いるイソロク王は兵を遊ばせておくことを嫌い、オーガス将軍とファルス将軍の両将軍が王都:シンプから出立してから二日後には、本軍自体をまっすぐ北北東にあるミノワ城へと大軍を動かすのであった。まさに盤石の譜面のままに、軍を3方向から進め、その形のままに北島軍から旧王都:キャマクラを奪還しようとした。
「我が軍師:クロウリー。本州側はどこで足止めを喰らうと思う? 率直な意見を聞かせてほしい」
「我が
エーリカと彼女の軍師であるクロウリーはゴンドール将軍が開いた軍議に招かれていた。その場において、エーリカとクロウリーはまるでこの軍の
「どこも旧王都:キャマクラ入りを果たすための難所であり、交通の要所ね。北島軍は北島の出とは思えないくらいにうまく兵を配置してくれたものだわ」
「ええ。今は行方不明となってしまっているゼクロス将軍の活躍が無ければ、カントン地方を一望にできるミノワ城が落とされていたかもしれません。ミノワ城から北西の山岳地帯はホバート王国の金鉱脈の3分の1を占めるとさえ言われています。その入り口となるミノワ城を支配されていたかと思うと、ゾッとしますね」
テクロ大陸全土の経済的基盤は『金』、その下に『銀貨』と『銅貨』を用いる貨幣制度であった。それよりも希少価値の高いアダマンタイト、オリハルコン、ミスリル、ダイヤモンドがあるが、経済を回すという点では『金』が基本価値として取り扱われていた。そして、金そのものを産み出す金山を本州側が北島側よりも多く所有しているのが現状である。
それゆえに北島側はどうしても先細りする未来しか待っていない。北島側は奇襲強行作戦で本州側の東北部の多くを占拠してみせた。だが、その快進撃はゼクロス・マークス将軍の奇襲につぐ奇襲でとん挫する。鉱山都市:ウエダを支配下に出来なかったのは痛すぎたと言えよう。
そうでありながらも、全体の勢いは遥かに北島軍の方が良かった。本州軍の
だが、ついに本州軍の反攻作戦が始まった。北島軍は旧王都:キャマクラを中心として各地の難所・要所に軍を集中させる。それにより、本州軍の北伐は一気に勢いを削がれるだろうと予測するエーリカの軍師であった。
「やっぱり旧王都奪還は絶対にはずせない事業だったわけね。先の会合では諸将たちはキャマクラ奪還など放っておいて、北島部へと直接、乗り込んでしまえば良いって考えのひとが多いほどだったもん。あたしは直感的に荒らされた旧王都といえども真っ先に開放すべきだって思ったもん」
エーリカたちの物怖じしない言いっぷりに感心してしまうゴンドール将軍と彼の補佐たちであった。タラオウ・フタグ大臣から、エーリカの言動はおおめに見ておきなさいと言われていたが、エーリカと彼女に我が団の参謀役だと呼ばれているケプラーの慧眼っぷりによって、タラオウ大臣の言っている意味を察したのである。
「エーリカ殿、名無しのケプラー殿。誠に見事な観察眼でごわす。おいどんは目が覚めもうした。タラオウ大臣がエーリカ殿たちを大事にせよと言っていた意味がわかったのごわす」
「いえいえ。名無しの先生に感服するほうがどうかしています。先生は麗しきエーリカ様の威を借りる腹黒狸なだけです。あんまり感心していると、痛い目を見ますよ?」
ここで言う名無しとは『
高名な者には大概『
そこから、今はまだ『名無し』にすぎないと謙遜しているのだろうとゴンドール将軍はそう考えた。ただ、彼は知らなかったのだ。ケプラーなる男があの偉大なる4人の魔法使いのひとりであることを。ゴンドール将軍の頭では、ケプラーなる男は20歳にも満たぬ小娘のお守り役程度だという認識しか持てなかっただけなのだ。
「では名無しのケプラー殿。そなたの意見を聞かせてほしいでごわす。我が軍はイソロク王から5千も預かっているが、その中身は寄せ集めときた。この弱兵の集まりであげれる武功はどこの地にあると思うでごわす?」
ホバート王国の本州軍には二大将軍と呼ばれる将軍が居る。そのうちのひとりであるゼクロス将軍は行方知れず。もうひとりはこの
そこから2歩も3歩も遅れているのが、このゴンドール将軍であった。他の有象無象の将軍よりかは遥かに多い兵を与えられていることはいるが、それでも寄せ集めの5千である。まともに北島軍と当たれば、必敗は免れない。まずは確実な勝ちを欲したのがゴンドール将軍であった。だが、ゴンドール将軍は名無しのケプラーの言葉が耳に入るや否や、驚きの表情となる。
「もう1度、言ってもらえるでごわすか!?」
「はい、必要であるならば。諸将が各地で北島軍の徹底抗戦にあっているうちに、ゴンドール将軍が旧王都:キャマクラを奪還してしまいましょう」