目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第47話:立食会

 立食会用のテーブルの席に飲み物と料理が盛られた皿を置き、エーリカは壮年の紳士とと立ち話をしていた。その様子を見ていたオーガス将軍が2人に近づき、声をかけるという形となる。


「これはこれはファルス将軍。今夜はお楽しみですなぁ?」


「オーガス将軍。成人したばかりの女子を眼の前にそのような無粋な言い方はやめていただきたい」


エーリカは顎髭が虎髭となってしまっているオーガス将軍を不思議そうな表情で見つめることになる。


「おっと……。エーリカ殿は思っていた以上に若いようだ。これは自分の失言であった」


「ファルス様。今のはどういった意味です?」


エーリカはきょとんとした顔つきで隣に立つファルス将軍に意味を聞いてい見る。ファルス将軍はどうこまかそうかという顔つきになる。その後、要らぬことを言いおってからに……という渋い表情を一瞬だけその端正な顔に浮かべる。


「むむっ。オーガス将軍の言ったことは忘れてください。まさに夢での出来事を忘れるかのようにです」


 ファルス将軍とオーガス将軍は共に妻子持ちの40代前半の将軍であった。それでもこの国1番のゼクロス将軍に比べれば10ほども若い。しかしながら、それぞれに自分たちはゼクロス様の後を継ぐにふさわしい実力を持っていると自負していた。だからこそ、王や諸将たちの前で、気品良く堂々と振る舞ってみせたエーリカ相手でも、何ひとつ気兼ねなく紳士然として声をかけれたのである。


 そんな彼らであるが、エーリカと談笑した後、エーリカの騎士たちと思わしき人物たちが現れると、さすがに鼻で笑ってしまいそうになる。見た目だけなら立派なのだが、まだ軍服に着られていると印象が強く出ているブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンがエーリカの側にやってきたのだ。ブルースたちは探したぞ……と嘆息している。そんな様子を近くで見ている両将軍は、この者たちが自分たちを越えていく姿なぞ、想像できなくなってしまう。


「では、この辺りでおいとまさせてもらいましょう。カズマ殿。また別の機会にゆっくりとお話でも」


「はい、その時を楽しみにしていますぞ」


 カズマ・マグナは両将軍に対して、深々と頭を下げる。しかしながら両将軍は軽く会釈をした後、さらに軽く右手を振って、カズマの存在など気にもしていないという体でその場から去っていく。彼らがそのテーブルからかなり離れた後になってからカズマはようやく頭をあげるのであった。何故にそこまで礼を尽くすのか、今のエーリカたちにはわからなかった。それもそうだろう。カズマはカズマで野望を抱いていた。その野望が身体からにじみ出ないように細心の注意を払っていたからである。


 頭をあげたカズマはエーリカたちに、この立食会に出席している諸将や貴族たちの名前をエーリカに教えていく。あの方は~から始まり、こういう噂があると締めくくる。エーリカたちは興味深く、カズマの話を聞いていた。そうしている間に、エーリカたちのテーブルに近づいてくる新たな人物がいた。


「先日の王宮では面白いものを見せてもらった。カズマ殿が関わっていると知っていれば、もう少し違った対応も出来ていただろうに」


「ハッハッハッ。何をおっしゃっているのかわかりかねますなぁ。それと、エーリカ殿がイソロク王に啖呵を切りはしましたが、自分なぞが関わっていれば、目も当てられぬ惨状になっていたはずですぞ」


「ふむ。こちらの思い違いか。おっと、自己紹介が遅れたな。私は数多くいる大臣の一席を汚しているタラオウ・フタグだ。カズマ殿同様、エーリカ殿の馬券を買おうかと思って、ここにやってきたのだ」


 馬券とはなかなかに言い得て妙だと思ってしまうカズマである。王宮でエーリカの啖呵を見た者なら、エーリカは【暴れ馬】という印象のほうが強い。今日開かれた会合でエーリカを初めて見た諸将たちからは、エーリカは淑女レディだという印象のほうが強く映ることになる。だが、エーリカの本質は【暴れ馬】のほうがよっぽど近しいと感じたタラオウ・フタグ大臣はエーリカを買っているのだと主張してみせる。


「あたしに賭けるということは、穴馬狙いということになります。タラオウ様は博打打ちなのでしょうか?」


「博打は家内から止められてはいるが、どうにもやめれなくてなっ! おかげで家では肩身の狭い思いをしている。いや、宮中でもかな??」


 エーリカはこのタラオウ大臣のことを面白く感じてしまう。自分に賭けてくれることは、エーリカ自身に嬉しいという感情を抱かせることになる。しかしながら、ひとつだけ疑問に感じてしまうことがある。


「将の方々の多くが、あたしに興味を持ってくださっているのですが、大臣の中で、あたしに声をかけてくれたのはタラオウ様だけです。あたしは大臣たちに嫌われているのでしょうか?」


「ああ……。何とも答えにくい質問がきたなっ。しかしだ、エーリカ殿に賭けた以上、正直に答えよう。大臣たちはそれぞれに密接な繋がりを持つ将軍が居る。北島軍を追い返せば、それにより功を稼いだ将軍の名声と地位が上がる。そして、そのバックに居る大臣の発言力はより強固になるのだよ」


 エーリカはなるほどと思う。将軍たちがいくさ場における武功争いをするように、大臣たちは政治の場が主戦場だ。しかしながら、バックに軍事力という確かなモノが存在せねば、政治の世界における発言力はどうしても弱いモノとなってしまう。


 簡単な言葉で言うならば【派閥】ということになろう。大臣と彼に繋がる将軍は一心同体とも言えるのだ。そして、派閥争いにおいて、常に主導権を握ろうと日夜、策を巡らせている。これが現実の政治なのだ。そして、そこに食い込もうとしてのが、金を持っている豪商たちである。


 政治力、軍事力、財力。どれも密接に国の根幹に関わっているのだ。エーリカたちは今日の会合といい、立食会といい、学びが多い1日だと感じる。そして、感じるだけでは足りぬと、熱心に諸将たちと会話を重ねていた。そして、エーリカと結びつきたいという大臣までもが現れることになる。


(うちの軍師:クロウリー・ムーンライト様が言っていたことはこういうことなのね。こういう場での立ち振る舞いをしっかり学んでおいて良かった……)


 エーリカは貴族連中から見れば、現時点では【山だし者】である。諸将たちから見れば、戦える力を有しているなら、どうだってかまわない。だが、れっきとした貴族たちは違う。その人物に気品があるかなしかは大変大きな違いなのである。


 『類は友を呼ぶ』という言葉がある。荒々しい者には荒々しい仲間が。気品を伴う紳士には同じく紳士淑女がその周りを固める。タラオウ大臣は王への啖呵だけでなく、会合でのエーリカの振る舞いをしっかりと見定めていた。そして、エーリカに及第点を与え、エーリカと接触しておくことは吉となると踏んだのだ。


「では、ここらでおいとまさせてもらおう。エーリカ殿。ひとつだけ忠告しておこう。いくら腹が苦しくても、手で腹をさするのはやめておいたほうがいいぞ?」


 エーリカは痛いところを突かれたとばかりにウグッ! と呻いてしまう。腹に巻いているコルセットのせいで、軽く食べているだけだというのに、キュウキュウとお腹が鳴ってしまいそうになっていたのだ。それゆえにその音を抑えようとして、そのような仕草を取っていた。それをタラオウ大臣によって的確に指摘されて、エーリカはうつむきかげんで赤面してしまう他、無かったのである。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?