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第45話:大会合

――光帝リヴァイアサン歴129年 9月10日――


 エーリカ率いる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団がオダーニ村から王都へと出立してから、早3カ月が過ぎ去ろうとしていた。エーリカがイソロク・ホバート王の眼の前で啖呵を切ったことが発端となり、ここにきてようやくながらイソロク王は軍全体の会合をおこなうことになる。5万を越える兵士たちが王都の城壁外に集まったことで、主だった将や団長と彼らを補佐する副将たちはのべ100人近くとなる。


 しかしながら、さすがは王都である。その100人近くをひとつの建物に入れることが出来る会場があったのだ。その会場でイソロク王は軽い演説をおこなう。


「よくぞ、われのために集まってくれた。皆の者、待たせて悪かったな。いよいよ、反攻戦をおこなおうと思う。今日から三日間かけて、皆の意見をまとめたいと思う」


 イソロク王はそう言うと、その会場にある中で1番に良い背もたれ付きの椅子に座ることになる。壇上から見下ろされる形となった諸将たちはざわつきを見せつつ、徐々にではあるが、王が採るべき道を示す方策を述べ始めるのであった。


「ふむ。なかなかに面白い意見が多い。急襲、強襲、夜襲、朝駆け。どれも成功しそうなばかりの策よ」


 イソロク王は諸将たちが自分に向かって意見してくることを、快く受け入れた。ヒトというのは、相手に自分の言い分を聞き入れられていると感じれば感じるほど、恩義も同時に感じてしまう生き物だ。段々と会場内の熱は高まっていき、我こそはと思う者は、王の御前にまで進み出て、是非とも、先鋒は自分の隊にお任せあれっ! と言い出すようになる。


 イソロク王はうんうんと心地良く頷きまくる。だが、イソロク王は心の片隅で、あの少女が自分の前に勇んで進み出てこないことを不思議に思ってしまう。この会場に集まる諸将たちに比べれば、実戦での功績は雀の涙に等しい彼女であった。そうだとしても、王である自分を突き動かしたことも彼女にとっての立派な功績である。


 きやびらかな軍服やそれに近しいドレスを着こんでいる諸将やその副官たちに対して、エーリカたちは彼らに負けずにその存在感をその会場内にてアピールしていた。諸将たちが何故これほどまで、熱心に王へ意見をあげているかと言えば、エーリカなる小娘の存在あってこそだと言えた。


 諸将たちには古参の軍としてのプライドがあった。エーリカなる小娘がこの王都の最終防衛ラインであるオダワーランを窮状から救ったという戦功を耳にしていた諸将たちである。しかしながら、それでも実績は遥かに重ねていると考える諸将たちである。


 そして、傭兵団の団長たちも、エーリカよりも目立ってみせようとばかりにイソロク王の御前へと進み出る。だが、そういう会場の雰囲気を俯瞰して見ているかのようなエーリカであった。エーリカはいつまで経ってもイソロク王の前に進み出てこようとはしなかった。


 ついに我慢しきれなくなったとある将が、エーリカ殿も王に対して、意見することは無いのか? と、イソロク王の前でわざわざそう言ってみせる。エーリカは脇に控える2人の若い副将を伴い、イソロク王の御前へと進み出る。そしてペコリと礼儀正しく王に頭を下げる。


「若輩者ゆえに勇将の皆様のご意見を静かに聞かせていただいておりました」


 エーリカはまず、この会場に集まる諸将たちの示す策が素晴らしいものばかりだと褒めちぎる。諸将たちはにんまりとした笑顔となってしまう。いくら社交辞令的にそう言っているからといって、誉め言葉を受けて、悪い気分にはならないのがヒトのさがであった。こういうのは本当に大事だ。頭から否定に入るのはヒトとして間違っている。まずは褒めるところから入るのがニンゲン関係を良好に保つ秘訣であり常識だとも言えた。


 エーリカは生まれは田舎のオダーニ村であるため、普段の口は相当に悪いといっても良かった。だが、そこは弁舌の師匠である大魔導士:クロウリー・ムーンライトがエーリカに口酸っぱく説いてきたことだ。エーリカはクロウリーに倣い、まずは諸将たちの気分をあげつつ、今から言う自分への当たりを弱める弁舌の基本中の基本をおこなった。場を整え終えたと感じたエーリカは、自分の考えを述べてみせる。


「敵が最終防衛ラインのオダワーランの攻略を失敗したこと。さらに今月頭にゼクロス将軍による奇襲作戦により、北島軍の補給線はズタズタにされたと聞き及んでいます。そのおかげで今の膠着状態があります。北島軍は補給線を太くすることに注視せざるをなくなっています」


「うむ……。耳が痛い話だ。われがその時、決心しておればゼクロス将軍も行方不明にはなっておらなかっただろうに」


「そうです。まさにそこです。あたしの見立てでは、ゼクロス将軍はまだ生きていて、どこかで潜伏していると思っています」


 エーリカのこの一言で会場は一気にざわめくことになる。誰しもがゼクロス将軍は落命したか、北島軍に捕縛されたと思い込んでいたからだ。エーリカは何故、ゼクロス将軍が落ち延びていると自分がそう考えているかの説明に入る。諸将たちはなるほど……とエーリカの言を信じてしまうことになる。それほどまでにエーリカの意見は筋が通っていたからだ。


「ならば、ゼクロス将軍が生きていて、さらには捕縛されていないことを前提に策を練るべきだと?」


「はい、そうです。なので、あたしたちはまず、旧王都であるキャマクラを奪還すべきだと進言します! それに合わせてゼクロス将軍はあたしたちを支援してくださるはずです!」


 エーリカの言におお……と思わず感嘆の声を口から漏らしてしまう諸将たちであった。エーリカはおごそかな雰囲気を出しつつ、それでいていつもの横柄な態度が身体や口から発せられないよにうに細心の注意を払い続けた。そして、自分の意見は言い切ったとばかりに、もう一度、会場に集まる皆に礼儀正しくペコリと頭を下げて、イソロク王の御前から下がるのであった。


「エーリカ殿はまさに聡明ですなっ。その御慧眼をわれにも分けてほしいほどだっ!」


「うむっ。所詮は田舎出身のいくさのイの字も知らぬ小娘だとばかり思っていた。だが、これは考えを一新せねばならぬなっ」


「エーリカ殿に手柄の一切合切を奪われないように、我らも奮戦せねばならぬ」


 会場に集まる諸将はエーリカに対する評価を爆上がりさせた。いくら窮状のオダワーランを救ったと言えども、それはその場限りの勢いだと思い込んでいた。そして、今回、イソロク王に意見する時も、その時の勢いそのままに烈火のような感情を爆発させるものだとばかり思っていた。だが、彼女は冷静沈着に、さらには礼儀正しく振る舞い、諸将たちを感心させてしまったのだ。


「あ~~~。疲れたぁぁぁ。肩がこってしょうがないわっ」


 エーリカは控えの間に入ると、そこにあったふかふかのソファーに深く身体を預けるのであった。さきほどまでの麗しの御令嬢のような姿は、一瞬で砕け散ることになる。


「エーリカ、お疲れさまでござる。いやぁ、エーリカがあのエーリカだとは思えない振る舞いだったでござるよ」


「なんともヒトは化けるものだな。しかし、いざいくさ場に立てば、エーリカはいつものエーリカに戻るであろうことが面白くてしょうがないっ」

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