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第42話:調子づくエーリカ

 イソロク王はすっかり眼の前の少女の勢いに飲み込まれてしまっっていた。ゴクリッと強く喉を鳴らし、自分が欲しいものを与えてくれるのではなかろうかと期待せずにはいられないこの少女にまくしたてるように質問をする。


「そ、それはどうやってだ!? われは血の分けた弟を殺したくはないのだっ。出来るなら和解したいとさえ思っているのだぞ!?」


「あたしに弟殺しの罪を被せなさい。イソロク様が出来ないなら、あたしが自分の手を血で染めるわっ。そして、罪を背負ったあたしを国外退去させるのっ!」


 エーリカの主張を聞き、イソロク王は再度ゴクリと唾を喉奥に押下する。自分にとってメリットはおおいにあるが、罪を被らされた彼女にはデメリットのほうがメリットを遥かに上回る話でしかないはずだ。だが、彼女の熱弁に心臓がドックンドックンと熱く鼓動を繰り返しているのを感じるイソロク王であった。


「胸襟を開き、話し合う必要性を感じるな……。そこで気絶している大臣たちよ。目を覚ますが良い。われはもう迷うことを止めようと思う」


 イソロク王が腹を決めた。そして、1国のあるじらしく、その威厳を身体の奥底から溢れ出させる。そんな彼の様子を見て、キョーコ・モトカードはニヤリッと口の端をあげる。そうした後、身体から溢れさせていた鬼迫を身体の内側へと引っ込める。


 するとだ。キョーコの鬼迫に圧迫感を感じていた面々は徐々に正気を取り戻していく。そして、姿勢と襟を正し、後日、改めて諸将と王都の周りに集まる傭兵団等の首魁をしかるべき会場へとに招き入れ、会合と軍議をおこなうことを、エーリカたちに告げるのであった。


「予想以上に上手いこといったわっ! さすがは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの軍師があたしの原案をたたき台に仕上げただけはあるわっ! 金一封を与えるわよっ!」


「先生は特別な恩賞をもらえるほどの働きなどしていませんよ。エーリカ殿のとんでもぶっとび理論が展開されていた原案を改良したのは確かに先生です。それでも王を眼の前に相手にしながら、一歩も退かずに言いたいことを言いのけたエーリカ殿が素晴らしいだけです」


「チュッチュッチュ。ご褒美はもらえる時にもらっておけばいいのに、もったいないでッチュウ。じゃあ、ボクが代わりにエーリカちゃんからご褒美をもらうでッチュウ。今日は三色チーズ山盛りのパスタをお腹が内側から弾け飛ぶくらいに、ごちそうさせてもらうでッチュウ」


「いいわよっ。でも、吐くまで食べるのはダメよ。あーーー。でも、気持ち良かったぁぁぁ。王様相手に啖呵を切るなんて、なかなか出来ない体験をしてきたわっ!」


 王城から屋敷に帰ってきたエーリカは終始ご機嫌であった。田舎娘が一国のあるじを相手に対等以上の物言いをし、さらにはそなたの言うことは正しいというお墨付きをもらったのだ。エーリカはこの一件を介することによって、自分の中にある自信をさらに高めていく。


 誰にとっても、そのひと自身に自信がつくのは良いことだ。そこに中身が追い付いてきているかは別として。周りから所詮、田舎娘だと揶揄されようが、エーリカには関係ない。エーリカは諸将たちが一同に介する会合と軍議を楽しみにしながら、ますます血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団への勧誘に力を入れていく。


 王都に住まう人々や兵士たちは、王様に啖呵を切ったとんでもない女傑が居るという噂を耳に入れ、ひと目、その女傑を見ようと、エーリカたちがビラ配りしているところに足を運ぶのであった。それにより、エーリカの鼻はぐんぐんと高くなっていく。


「こちらにおわす御方をどなたと心得る!? イソロク王ですら舌を巻いたエーリカ様でござるよっ!」


血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は、そんじょそこらの兵団とはわけが違うぞっ! さあ、我こそはと思うものは、是非、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に加入してくれたまえっ!」


 首魁が調子をこけば、周りを固める者たちも自然と調子をこくのは当たり前の話であった。エーリカと同じくビラ配りをおこなっているブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンはエーリカと、エーリカが率いる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団がどれほどに素晴らしいのかを、見学に来た聴衆たちに言ってみせる。


 だが、エーリカたちの想いとは裏腹に、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に加入する者は期待するほど増えなかった。エーリカたちは頭の上にクエスチョンマークを三つほど浮かべる事態となる。


「おかしいわね? あたしの計算だと、1週間以内には血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は1000人くらいに膨れ上がる予定だったのに……」


「ううむ。エーリカはこんなに素敵だというのに、何故にヒトが集まらぬのでござる??」


「連日、エーリカの周りにヒトが集まり、ビラも足りぬくらいに配っている……。何がいけないのだ??」


 エーリカたちが王都にたどり着いてから、約3カ月が経っていた。王都に着いた時の血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は400人であった。そこから100人プラスされて500人にまで増えたのはそれはそれで嬉しい限りである。だが、イソロク王に啖呵を切り、さらにはイソロク王を説き伏せた今なら、その数が2倍、いや3倍以上に膨れ上がると見込んでいたエーリカを始めとする勧誘係たちである。


 実際、借りている屋敷の入り口には長蛇の列が出来ていた。応接室で応募者相手に面談をおこなっている大魔導士:クロウリー・ムーンライトは連日、忙しそうにしていた。さらにクロウリーだけでは人手が足りぬということで、先日、採用したばかりの清廉潔白がゆえに木っ端役人から浪人に身を落としてしまった人物もクロウリーの補佐に回った。


 応募者に対応する能力が2倍に増えたというのに、ここ1週間、逆に採用面接を通る者は日に日に少なくなっていた。エーリカたちは不審に思い、クロウリーとクロウリーの補佐を務める人物を詰問する場を設けるのであった。


「先生たちが欲しいのは将来的に1軍の将を務めれるだけの器量を持つ人物です。ただの兵士はエーリカ殿が実績をあげれば、勝手に増えます」


「応募してくる者の数は各段に増えました。しかし現実的にそれほどの傑物はなかなかに得にくいのが現状でございます。条件を緩和し、将来性を見込んだうえで、現在は10人長の器くらいの者を採用させてもらっているのでございます」


「なるほどね……。そりゃあ、あたしの思っているようには血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の兵数が増えないのもうなずけるわ」


「クロウリー様、そして、ボンス・カレー殿。あなたたちの言い分はごもっともでござるが。しかし、数は暴力とも呼べるのでござる。士官クラスを集めるよりも、まずは兵士の数を揃えるほうが先決なのではござらぬか?」

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