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第38話:参謀としての振舞い

 白ネズミの精霊がふわふわと浮きながらエーリカたちの下へとたどり着き、手ぶり身振りだけでなくヒトの言葉でエーリカに伝えたいことを伝えていた。そんな愛くるしい姿を見て、ライラは夫であるイザーク・デンタールに自分もああいう精霊がほしいデス! と力強く訴えてみようかしら? と考えていた。


 しかしながらひと目で自分の出自の3割程度を言い当てられたことで、キリッとした出来る女性の顔へと変貌させた。そんなライラに対して、チュッチュッチュと意味深く微笑んでみせるコッシローであった。


「ぼくはバース王国で昔ちょっとやんちゃをしていた時期があったのでッチュウ。あそこは女性でも望めば戦士になれる国だったのでッチュウ。それは今でも変わらないみたいでッチュウね」


「ハイ。国土の半分が魔物の領域テリトリーになってしまった今でも、その風土は変わりはしません。ワタシの家系は代々、騎士を輩出していました。そして、武者修行と旅行を兼ねて、若い頃から全国行脚してきたのが自分デス」


「へぇ……。じゃあ、その武者修行中に今の旦那様に出会ったってこと? ろまんちっくーーー! いいなぁ、あたしもそういう出会いの仕方をしてみたいわーーー!」


「いえ……。エーリカさんが思っているほどロマンチックではありませんのデス。武術大会の準決勝で今の旦那と対戦することになったのデス」


「ということは、自分を打ち破ったイザーク様に惚れこんだと?」


「逆デス。散々に打ちのめしたのに、そなたに惚れこんだっ! 求婚させてもらいたいっ! もし断られても自分はここから引かぬっ! どうか結婚してくださいっ! なんでもしますからっ! と石畳に額をこすりつけての土下座プロポーズデス」


 ライラの言に苦笑いしてしまう他なかったエーリカであった。イザーク・デンタール将軍は30代前半で将軍となるほどの才覚の持ち主であった。お茶目? と表現してもいいのかは判断に困るが、普段はアレだがいくさとなれば見違えるほどだと旦那自慢にも聞こえるライラの言いようであった。


「では1時間後辺りに軍議を開きたいと思うのデス。そちらは主要な方々とそちらの団の作戦参謀であるクロウリー殿をお連れしてきてください」


 ライラはそう言った後、またしても一礼してエーリカの前から姿を消していく。エーリカたちはライラを見送った後、コッシローに連れられて、クロウリーと合流するのであった。そのクロウリーはクロウリーのお供をしていたロビン・ウィル並びにコタロー・モンキーたちに荷駄車一杯に樽を運ばせていた。


「クロウリー、何か買い物をしたわけ?」


「はいそうです。樽って便利なんですよね。頑丈だし、なんでも詰め放題ですし、持ち運びもけっこうしやすいですし」


「ふーん。その樽に何を詰め込むかはあとの軍議で聞かせてもらうわ。もしかしてタケルお兄ちゃんでも詰め込むの?」


「それはそれで有りっちゃ有りですね。面白いですね、その案。何かしらの策に使えるように今から考えておきましょう」


「樽の中から飛び出したのはドクロ兵でしたー! って感じのパニック物語が世の中にあるもんなっ。クロウリー、俺、それやってみたい!」


 意外と乗り気なのねと思ってしまうエーリカであった。こういうノリの良さも持ち合わせているタケルである。エーリカは可愛らしいなとタケルのことをちょっと想ってしまう。しかしながら、そんな邪念を振り払うかのようにエーリカは頭を左右に振る。そして、1時間後にこの城塞都市の防衛を任されているイザーク将軍との軍議が開かれることをクロウリーに直接言うのであった。


 ならばその軍議が開かれる前に自分がその足で手に入れた情報をエーリカに伝えておかねばなりませんねとクロウリーがのたまう。手ぶらで軍議に参加するわけにはいかないのである。エーリカたちはエーリカたち自身で出来ることが無いか模索したうえでその軍議に参加せねば、本当にただの旅行者に成り下がってしまう。


 1時間などあっという間に過ぎ去ってしまった。城塞都市にあるとある屋敷に招かれた血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の首魁と隊長格はそこで歓待を受けることになる。応接間にある大きなテーブルにはパンが入ったかごやパンの付け合わせに肉類と果物類が大きな皿に乗せられていた。


「最前線であるオダワーランでの軍議ということで酒は並べていないことは詫びよう。だが、敵兵の全てを追い返したときにはもっと豪勢な食事を用意すると約束しようっ!」


 イザーク将軍はそう宣言した後、テーブルに置かれているかごの中からパンをひとつ手に取り、それを手でちぎる。そして、そのちぎったパンを両隣の自分の補佐たちに手渡していく。軍議ではあるがそこまで固くなるなという示しでもあったのだ。


 エーリカたちはほどよい緊張感をもった軍議に招かれたのである。イザーク将軍のこのやり方にエーリカは本当、今後の参考になるわねっと感心しぱなしであった。伊達に30代前半で将軍の座を勝ち取ったわけではないと、この一連の流れからもわかるのであった。


「以上、だいたいの戦況は今、説明させてもらった通りだ。昼間に案内させた場所と今の説明とを頭の中でリンクさせてイメージを膨らませてほしい。敵は兵1万で2000の我が軍とこのオダワーランを包囲している。だがここに400もの大軍で加勢してくれたエーリカ殿がいらっしゃる。さあ、エーリカ殿。この包囲網を解く策を示してくれたまえっ!」


「はい。イザーク将軍のご厚意に甘えさせてもらって、発言させてもらいます。クロウリー、出番よ。あなたの魔術を用いて、なるべくわかりやすく説明してね」


 発言権をもらったエーリカはその発言権をそのままクロウリーに渡す。クロウリーはそれでは……と前置きの言葉を言ったのち、椅子から立ち上がり、魔術を用いて何もない空間にホワイトボードを映し出したのだ。そのホワイトボードには黒、赤、青の線がみるみる内に描かれていき、そのホワイトボードを見る者たちを大いに驚かせた。


 イザーク将軍をはじめとした彼の部下たちはこんな便利な魔術がこの世に存在するのか? と驚きの表情であった。普通はテーブルに大きな周辺地図を置いて、その上に駒を置いて話をするのだ。しかしながら空中に突如現れたホワイトボードはそういうやり方よりも効率的であることがひと目でわかったのである。


 ホワイトボードにはいろんなものが描きこまれていた。周辺の簡易地図、敵味方の配置、そして文章も簡潔に書かれていた。しかしながら色んなものが描きこまれていながらも、それがごちゃごちゃとしたものではなかった。どれも見やすいように工夫されており、この参謀役はこの説明手法を日常のように使って、さらには洗練させてきていたのだとイザーク将軍は思ってしまう。


「先生からの作戦概要はこんな感じです。ですが、ここオダワーランに来てから半日程度です。不備がありましたらご意見をお願いします」


「まっことあっぱれよっ! まるで何年もこの城塞都市に住んでいるかのような把握の仕方ですなっ。そして、この城塞都市の弱点と利点をよく知っておられるっ」


「いやいや。あくまでも先生が見聞きしたものにさらに空想を乗せたものです。実地で1万の敵兵を防いでいるイザーク将軍にお見せするのは、かなりの勇気がいりましたよ」


 イザーク将軍はクロウリーなるこの人物がとんでもない傑物だとすぐに察した。着任してきたばかりの団のさらに参謀役ということで、少し舐めていたというのが正直なところだ。相手が閉口するまでダメ出しをしてやってもよいかもしれぬと軍議を開く前までそう考えていたイザーク将軍であった。


 しかしいざ、蓋を開いてみれば、きっちり足で情報を取っていたことが事実だということがわかる。そして、自分の眼で見たものだけを信じるのではなく、他者から取り入れた情報もしっかり精査しているのだということがわかった。さらにはこの短すぎず長すぎもしないディスカッションで、参謀役としての資質の高さをさらに示してきたのだ、このクロウリーなる人物を。

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