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第37話:イザーク将軍

――光帝リヴァイアサン歴129年 8月12日――


 兄王:イソロク・ホバートがおわす新王都の南東にある城塞都市:オダワーランに入った血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団はそこの守備隊長であるイザーク・デンタール将軍に歓迎されることになる。


「よくきてくれたなっ! 地獄の1丁目へっ! 兵400の加勢と言えどもこちらとしては非常にありがたいっ!」


 イザーク・デンタール将軍はここ1カ月間、たった2千で敵兵1万を相手に奮闘し続けていた。彼の勇将振りに恐れを為したのかオダワラーンを囲む弟王派の兵たちは日に日にオダワーランから物理的な距離を離しているという。


「すっごーい! あれだけの兵を相手に一歩も引かずに、それどころか向こうのほうが包囲し続けることを嫌がってるのがありありとわかるわっ! 噂には聞いていたけど、イザーク将軍の手配に惚れこんでしまいそうです!」


 エーリカたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の隊長格がイザーク将軍に案内されて城壁の一角に上ることになった。眼前から500ミャートル先に敵兵が陣を敷いているのが見える。しかしながら彼らがこの城塞都市を攻めあぐねいている雰囲気をひしひしと感じ取れた。


「そんなに褒めても出せるものはおちんこさんだぶへぇっ! おいっ、書類の束の角で頭を叩くでないっ!」


「年頃の女性にセクハラとは言語道断デス。そんなイザーク様にはデスしてもらわなくてはこちらも困りマス」


 イザークのすぐ傍らには異国の雰囲気を醸し出すひとりの女性副官がいた。彼女は日焼けとは違う褐色の肌であり、ホバート王国出身の者ではないとひと目でわかる人物であった。その女性副官はイザーク将軍の代わりだとばかりに深々とエーリカに詫びを示すお辞儀をするのであった。


 それに戸惑ってしまうエーリカである。これくらいのセクハラじみた会話は田舎育ちのエーリカにとっては割と日常茶飯事であった。シンプのような都会では夜の酒場にでも行かない限りは口に出さないような下ネタを田舎だと昼間でも飛び交っている時がある。


 オダーニ村はそれこそTHE田舎であった。だからこそ、おちんこさん程度の単語が出てきたとしても、顔を真っ赤に染めて、けがらわしいっ! とかそんなおしとやかな対応などしない。どちらかと言えば、そんな粗末なものみせびらかす気なの? 蹴り飛ばしてもっと小さくしてやろうかしら? というのが田舎での返し方である。


「あのー。イザーク様の頭を書類の束で殴るのはもうそのへんで……。あたし、気にしてませんのでっ!」


「そうデスか? ではこの辺で折檻は止めておきましょう。イザーク様、淑女レディに対して、イザーク様のおちんこさんを見せるのはワタシにだけときつく言っておきます」


 その女性副官の言葉に、え……? と不思議そうな顔になってしまうエーリカたちであった。あーそう言えばという感じで女性副官は自分の名前を言う。彼女の名前はライラ・デンタール。イザーク・デンタールと同じ苗字だったのである。エーリカたちは輪になって、どうしてこう出来る女性はポンコツな部分を持っている男に惹かれるのであろうかという議論をおこない始める。


「あたしが思うに完璧超人っていけ好かないところがあると思うのよね。やっぱり抜けてるところに人間味というか可愛らしいところがあるっていうか~?」


「わたくしはエーリカさんの意見に同意いたしますわ。いつもキリっとしているところとダメなところにギャップを感じる、言わばギャップ萌えというやつでしょうか」


「そうなんだべかー。じゃあおいらはもう少し、ダメっぽさを出せばモテるってことだべか?」


「いや、ミンミンはそのままでも十分、可愛いと思うぞ。大食漢なところと言い、のんびりとしたしゃべり方と言い、雰囲気が丸いとか。ミンミンはミンミンのままでモテる要素をたくさん持ってると俺は思う」


「うん、タケルお兄ちゃんの言う通りね。変に着飾ったりしたら、せっかくのモテ要素をブルースやアベルみたいに捨てちゃうことになってしまうわ」


「ちょっと待つでござる! 拙者たちがモテない理由をずばり言われた気がするでござる! アベルよりかは遥かにモテると自負している自分に恥を感じてしまうでござる!」


「ふっ、ブルース。強がるんじゃあない。この前、娼館の前を通りかかった時、お声掛けされた数の多さは自分のほうがよっぽど多かったぞ。そういう見栄っぱりなところが悪いとわからぬか?」


 ブルースとアベルはどちらがよりモテるほうなのかと討論し始めた。そんな2人を見ながら、エーリカとセツラはそういうところがモテないあかしなのにと思ってしまう。


 エーリカたちが盛り上がっているところ、ごほんとひとつ咳払いをする人物がいた。イザーク将軍その人であった。イザーク将軍はようやく嫁に書類の束の角で頭を叩かれることを止めてもらえた。そして、若き将らしさの勢いを言葉に乗せて、エーリカたちにオダワーランを囲む敵兵の排除を手伝ってほしいと願い出る。


「もちろんです! そのためにあたしたちはシンプからやってきたんですからっ! 今、クロウリーを先頭にこの城塞都市で使えそうなものを調査させているところですっ!」


「クロウリー? その者はいったいどういった人物なのかね?」


「うちの団で軍師役を任せている人物です。調査が終わった後にでも改めて、クロウリーをイザーク将軍と面会させますねっ!」


「うむっ。では、そのクロウリーという者が調査から戻った際に軍議を開こう。今日の敵さんは攻め手を考えている真っ最中のためか、今日は休日デーとしているようだ。このうちにこの城塞都市を案内させよう」


 イザーク将軍は自分の副官にこのオダワーランの特徴がよくわかる場所を教えておいてほしいと言い、その場から消えていくのであった。エーリカたちの案内を任された褐色の女騎士は再び、エーリカに一礼し、自分についてくるようにと促す。


「ここがオダワーランの城壁の中でも1番、敵を射やすい場所デス。そしてここから北の方角にあるあの建物が石落としを仕掛けるための楼閣となっているのデス」


 オダワーランはシンプの最終防衛ラインである。しかしながら以前は旧王都:キャマクラへの最終防衛ラインであった。旧王都におけるオダワーランは外国勢力に対してそういう存在であったという意味である。ホバート王国に外国勢力がツールガで上陸し、さらに東進して攻め込んできたと仮定した場合、オダワーランはそういう位置づけになるのだ。


 兄王は考え無しでシンプに遷都をおこなったわけではない。オダワーランという何百年も前から準備されてきた城塞都市をそのままシンプの最終防衛ラインと設定できるがゆえであった。そういう歴史的背景も案内がてら教えてもらうことになったエーリカたちである。


 まるで旅行で訪れた古城のガイドをしてもらっている気分になってしまいそうになるエーリカたちであった。しかし、今回は旅行目的でやってきたわけではない。この城塞都市から敵を追い払うためにやってきたのだ。ライラ・デンタールからの一通りの説明と案内が終わりを告げるころ、狙ったかのようなタイミングで伝書鳩クル・ポッポーではなく伝書ネズミがエーリカたちのもとへとやってくる。


「チュッチュッチュ。都市内の下見は十分におこなったことをエーリカちゃんに報告してきてくれと言われ、エーリカちゃんのところに馳せ参じたでッチュウ」


「お疲れ様、コッシロー。こちらはライラ・デンタール様ね。粗相をすると痛い目見せられちゃうから、いつものノリは控えめでお願いねっ」


「ふーむ。褐色の女騎士様でッチュウか。生まれはバース王国でッチュウ? さらには元々、戦士としての素質も持ち合わせていたと見受けられるでッチュウ」


「ご名答デス。よくひとめでそこまで言い当てれるものデス」

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