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第36話:辞令

「不思議なことがあるんだべさ。イソロク様はなんでこんなに腰が重いんだべ? 敵が最終防衛ラインへ向かってきている今だからこそ、全軍をあげて、弟王の軍を本州から追い出さねえんだべ? わざとやっているようにしか思えないんだべさ」


 ミンミン・ダベサが皆が思っている疑問を口にする。ミンミンの言う通り、わざとでなければ、こんなことは起きえないのだ。兄王がやっていることは全て威嚇行為で終わっている。実力行使に踏み込んだ弟王に対して、未だに【兄王の寛容さ】を見せつけているかのようでもある。


 新王都:シンプには正規軍を含まずに募兵だけでも3万以上の兵士が集っているのだ。いくら弟王側が攻め手を取っているからといって、弟王側は随時、補給部隊を渡海させなければ本州側でに戦力を維持できない状況だ。徹底抗戦をおこなったのち、反転攻勢に打って出れば、海の向こう側に押し返すことなど、それほど難しいことでは無いはずである。


「こりゃ、兄王だけの問題じゃないんだろうな。宮中の主戦派と寛容派がお互いに平行線をたどっているからだという話が俺の耳に入ってきていたが、そのことも関係しているんだろうな」


「タケルお兄ちゃん、それってどういうこと?」


「エーリカが王様に謁見できるようにと、山吹色のお菓子を渡している貴族様がポロっと愚痴を零してな。そん時は耳を疑ったんだが、まさか本当のことだったとはなぁ……」


 タケル・ペルシックはエーリカが王様に謁見できるようにと、手を尽くしてきた。この屋敷を貸し出してくれている商人のカズマ・マグナを通じて、とある貴族と接触していた。そして、賄賂を贈る等して、エーリカがそう出来るように仕向けてきた経緯がある。それが遅々として進まない理由と、兄王の腰が重い理由が段々と繋がりはじめてきたのだ。


「よっし。ここはエーリカのお兄ちゃんとして、気合を入れ直すかっ! エーリカはその日が来た時に、王様の目を覚ますような一言をクロウリーと考えておいてくれっ!」


 タケルはそう言い残すと、執務室から飛び出していく。エーリカは大丈夫なのかしら? と思うが、お兄ちゃんらしいところを示すと言ってくれるので、ここは任せることにした。そして、自分は自分で出来ることをやっておこうと心に誓う。


 それから1週間後、タケルの功績により、エーリカはようやくホバート王国の兄王であるイソロク・ホバート様から指令を下される日がやってきた。エーリカたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団が新王都:シンプに到着して、さらにエーリカが武術大会で準優勝を飾ってから早2か月も経っていた。梅雨すら明け、夏真っ盛りの時期も半分過ぎてしまっている。


 王都の周りに集まる兵士たちの士気が高まるどころか、動きを見せぬ兄王にイライラ度のほうが高まってきてしまっている。そんな兵士たちの代表であるが如く、エーリカは兄王:イソロク・ホバート様の謁見を勝ち取るための事件が起きようとしていた。


「なになに? 血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の勇猛さはわかった。だがそれが本物かどうかを見せてほしいと。そなたたちの力が本物であれば、王との謁見は叶うだろう。ほんと、都会ってまわりくどいわねっ!」


「すまんすまん。俺がエーリカにしてやれるのはここまでだった。やっぱ最後は力が頼りなんだなって思い知らされたわ」


「ううん。タケルお兄ちゃんを責めてるわけじゃないわ。むしろすっごく感謝してる! だって、あたしたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の実力をお披露目出来る機会を手にいれてきてくれたんだからっ! タケルお兄ちゃん、大好きっ!」


「あーーー、感謝はあとにしといてくれ。前線送りになっちまったのは俺の責任でもあるからさ……」


 兄王とその側近たちから血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に下された指令は最終防衛ラインであるオダワーランの窮状を救えというとんでもないものであった。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の兵数はたかだか400人である。さらに兄王とその側近たちが手をこまねいているうちに、オダワーランを囲む弟王の兵士数はみるみるうちにその数を増やしていた。その数なんと1万人である。


 オダワーランを守る兵数はたったの2千だ。1万人に囲まれながらも持ちこたえてるのは籠城の名手として名高い若き将軍:イザーク・デンタールそのひとのおかげであったとも言えた。他の将軍と言えば兵たちを引き連れ、各地で転戦している真っ最中である。まさにそんな地方なんざほうっておいて、最終防衛ラインを守り切れと言っていたクロウリー・ムーンライトの言葉をそのまま兄王にぶつけてしまいたくなる。


 このような辞令は実のところ、エーリカにだけ下されていたわけではない。新王都:シンプに集められた兵士たちは各地に派遣されつつあったのだ。集められた3万の兵たちは北や西に配置転換されていっていた。そのことをクロウリーは知ってはいるが、自分でどうにか出来ることでは無かった。そして、クロウリーが直接、宮廷で動かなかった理由があった。


 地方で活躍しても意味が無い。その一点であった。クロウリーとしてはしてやったりである。新王都の近くで功績をあげねばならぬと思っていた。だからこそ、タケルが知らぬままにタケルを裏でうまくコントロールし、絶好の活躍場所をゲットさせてきたのである。


「エーリカ殿。こちらにおいででしたか。ロビン・ウィル殿とコタロー・モンキー殿にはすでに出立の準備をするようにと伝言役として走らせております。エーリカ殿は隊長たちをまとめあげ、すぐにでも任地であるオダワーランへと向かうべきだと進言します」


 クロウリーは借りている屋敷の庭で素振りをしていたエーリカにそっと近づき、時はやってきたと告げる。エーリカは肌に浮き出る珠のような汗をタオルで拭いつつ、クロウリーと会話を始めた。


「明らかにやる気満々じゃないの。もしかして、こうなる事態を読んでいた。もしくはこういう事態になるように仕向けたのかしら?」


「仕向けるとは……。そこまで先生は軍師気取りではありませんよ。真の軍師として、来るべき時のために準備を怠らなかっただけです」


「ふーーーん。詮索はここまでにしておいてあげるわ。じゃあブルースやアベルの尻を蹴っ飛ばしてくるわね。最前線も最前線のオダワーランで軍功をあげてこいなんていう辞令を今頃、タケルお兄ちゃんから聞いてるはずだしね。あの2人、尻込みしそうだもん」


 エーリカはそう言うと、屋敷の庭から団の幹部が集う別の建物へと向かっていく。その背中が見えなくなるまでクロウリーはエーリカに深々と頭を下げる。だが、頭を下げながらもクロウリーの口角はしてやったりとばかりに上がりっぱなしであった。


「お、おうううう!? やっと出陣かと思えば、まさかまさかのオダワーランでござるか!?」


「びびった? ブルース」


「な、なにをいってるでござるかな!? これは武者震いでござるよぉ!」


「だってさ、アベル」


「ふふ、ふふふ……。今から娼館に行って、筆おろししてもらっておこうと思う」


「ばっか言ってんじゃないわよ。筆おろしなんて、オダワーラン戦のあとで言い寄ってくる女性相手にしてもらいなさいよっ」


 エーリカはなんとも頼り甲斐が無い二大騎士の尻に蹴りを入れハッパをかけた。気合注入された二大騎士はパンパンッと勢いよく頬っぺたを自分の両手で叩き、自分自身でも自分の身にハッパをかけた。これなら大丈夫そうねと一安心するエーリカであった。


 エーリカは主だった隊長格を連れて、先に出立したコタロー・モンキー率いる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の後を馬で追う。眼前には喧噪けたたましい城塞都市:オダワーランが見えた。エーリカはブルっと一度、武者震いした後、オダワーランの一角に見える城門へと馬を走らせていく。


「さあここから本当の始まりよっ! あたし、がんばれ! ここがあたしの本当の出発点なんだからっ!」


「おう、ここからでござる! ここからが血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の伝説の始まりでござる!」


「震えが止まらぬっ! 静まれ、我が右腕よっ! 敵を屠るその時までっ!」

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