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第35話:愚鈍な兄王

 エーリカたちを始めとする血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部たちは採用担当の仕事をクロウリーとコッシローに任せ、自分たちはビラ配りから始まり、血濡れの女王ブラッディ・エーリカがどれほどに魅力的なのかを広めるための施策を、王都内でおこなっていた。


「いまいち採用率が悪いのよね。セツラお姉ちゃんにヒラヒラスカート付きの改造巫女衣装を着せたせいなのか、あんまり質の良い人材に声をかけれていないってことかしら?」


「う~~~む。セツラさんの生足……。御父上が見たら、卒倒しそうでござるなっ!」


「エーリカとは違って、太ももがさぞ魅力的。脱いだらすごいんですってやつだ……」


「エーリカさん。それにブルースくん、アベルくん、ケツに蹴りを入れましょうか??」


 ブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンはビラ配りの際に、エーリカにヒラヒラのスカートを履かせようかと目論んだ。しかし常識枠のミンミン・ダベサが血濡れの女王ブラッディ・エーリカの首魁が、そんな威厳の無さそうな恰好をしていては人々に舐められるんじゃないだべさ? と普通にツッコミを入れた。


 ブルースとアベルはクッ! と悔しがる。しかし、それでも青春真っ盛りのブルースたちは諦めが悪く、エーリカがダメならセツラさんにヒラヒラのスカートを履いてもらおうことにした。セツラは最初、渋った。巫女は神聖な職業であり、その神聖さに見合った装束でなければならないという、彼女なりの考えがあった。


 だが、ここでタケル・ペルシックが丈の短いスカートもたまには履いてみたらどうだ? ここは王都なんだし、ちょっとくらい都会風に合わせた巫女服にしても良いだろうと、セツラに助言する。セツラはタケルお兄さんが言うのであれば、ちょっとくらいチャレンジしても良いのかも……と思い直すことになる。


 実際のところ、ヒラヒラのスカート付きの改造巫女服に変えたことで、1番に得をしたのはブルースとアベルの2人である。彼らはありがたやありがたやとセツラの生足を拝むことになる。そして、セツラに助言したタケルはタケルで別件でこの場に居なかった。セツラは面白くないと思いながらも、エーリカたちとビラ配りなどの団への勧誘仕事を続けることになる。


 セツラの恰好のおかげで、青年たちはそこそこ、勧誘話に喰いついてくれる。しかし、実際に大魔導士:クロウリー・ムーンライトの採用面接を通るのはごくわずかであった。なんでバンバン採用しないのだろう? とエーリカたちは不思議がる。


 幸運なことに彼女たちは知らなかった。自分たちが血濡れの女王ブラッディ・エーリカではなく、濡れ濡れの痴女ビショビショ・エーリカと呼ばれていることもあるという、耳と目を塞ぎたくなるような噂を流されているのを。採用面接を落とされた自称魔法使いの青年たちがことさらにそう言う陰口をたたいたのである。


「エーリカ。そう言えば、武術大会で準優勝したっていうのに、王城に呼ばれる話は来てないのでござるか?」


「そこはタケルお兄ちゃんが調整中ってところ。注目を集めること自体は成功したみたいだけど、王家やその周りを固める貴族は、今、最前線のオダワーラン攻防だけでなく本州各所の攻略の件で忙しいみたい」


「なんとも歯がゆい話だ。王様のイソロク・ホバート様は本気で弟王を討つ気があるのか? と問いただしたくなる!」


「血の繋がった兄弟ですもの……。本当なら互いの血で剣を濡らしたくないと考えているかもしれませんわね」


 エーリカは先日おこなわれた武術大会で見事、準優勝という結果を残した。しかしながら、武術大会全体における王様によるシメは未だおこなわれていない状況であった。それもそうだ。兄王が王都に集まる兵士たちの士気をあげる施策を取っている間をついて、弟王が大軍の渡海を敢行し、それを成功させてしまった。さらにはその勢いのまま、シンプの最終防衛ラインである城塞都市:オダワーランに向かってきていたのだ。


 兄王とその周りを固める貴族たちは、弟王の動向に注視せざるをえなくなる。そのため、武術大会において、好成績を収めた者たちへのお褒めの言葉与える機会を失っている状況にあったのだ。


「兄王が配置した弟王軍の渡海を防ぐ最前線の軍が崩壊しているという噂もシンプまで流れてきている始末でござる。下手をしたら、最終防衛ラインのオダワーランが落城してまうのでは? とまででござる」


「それはさすがに無いんじゃない? 弟王の軍が渡海したあと拠点にしている港町で反乱でも起きたら、一気に弟王の勢いは削がれちゃうんだし。地固めをしっかりしてからのオダワーラン攻めだと思う」


 ブルースは一気に最終防衛ラインであるオダワーランまで弟王の軍が進軍してくると予想していた。対して、エーリカはそれは弟王にとっても大変に危うい行為なので、ここは万全の構えを整えてからの攻城戦だろうという考えであった。


 しかしながら、数日後、エーリカの軍師である大魔導士:クロウリー・ムーンライトが独自に掴んだ情報を聞いたエーリカたちは、えええ……?? と疑問符を頭に浮かべまくることになる。


「オダワーランを放棄するかもしれないという噂が立っているって本当なの???」


 軍師:クロウリーから召集を受けたエーリカたちは商人のカズマ・マグナから借りている屋敷の一室に集う。そこは屋敷の主人が仕事をするために使う執務室であった。そこにある大きくて四角い机の上にクロウリーはこれまた大きなホバート王国の地図を広げるのであった。その地図の上にチェス用に使う駒を置き、今現在のホバート王国の情勢を示してみせる。


「現在、弟王:タモン・ホバートをあるじとする北島軍は、新王都から見て、東50キュロミャートル地点まで南下してきました。相手は総勢10万の大軍を擁していると噂が立っています」


「10万はさすがに盛り過ぎじゃないの?。兄王ですら募兵して3万から4万の軍勢だっていうのに」


「いえ。噂だとしてもあちらのほうが軍の規模は大きいと思います。10万は嘘だとしてもこちらの倍近くの兵が集まっているかとおもいますね」


 クロウリーはホバート王国の西端に位置するナイン・ステートに黒色の兵士の駒を置く。さらには南東から海を経由して東へと走らせた。その後、その兵士の駒をまたしても海を経由して西へと動かす。エーリカたちはふむふむとクロウリーの話を聞くことになる。クロウリーはその弟王の兵の動きを阻害するように兄王の兵士を示す白い兵士の駒を広げた地図のそこら中に配置する。


「とまあ、先生の掴んだ情報だと、こんな感じなのです。でも、いくらなんでもそこら中に兄王は防衛の兵士を配置しすぎです。これでは最終防衛ラインの城塞都市:オダワーランの防衛が手薄になって当たり前ですよ」


「弟王:タモン・ホバートは相当にやり手ね。本州がいくら自分の土地じゃないからといって、兄王がここまで混乱させられる道理なんて、そうそう無いわ」


「先生ならそんな挑発じみた弟王の動きなんて完全に無視しますね。まず第1優先に守るべきはここシンプとその最終防衛ラインであるオダワーランです。兄王様は本州は広いと勘違いされている気がしてなりません。下手をするともう1度、遷都することすら考えているやもですね」


「石橋を叩いて渡ると言えば、聞こえは良いかもしれないけど、これじゃあ集められた兵士が無駄すぎて、兄王様を叱り飛ばしてやりたくなっちゃう」


 クロウリーが地図の上で多数配置していた白い兵士の駒をパッと手の中で消してみせる。そして、その駒を再び表したときにはエーリカも驚くものであった。クロウリーは消した白い兵士の駒の半分を城塞都市:オダワーランに。もう半分は旧王都であるキャマクラに置き直したのだ。その仕草を見て、エーリカはクロウリーが言いたいことを理解せしめるのであった。

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