目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第33話:仕事場所

 エーリカはホバート王国の新王都:シンプにのぼった後、精力的に動く。王都の周りに集まる兵は合わせて3万以上になっていた。その中でたった400の兵しかいない血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団など、居ないも同然の扱いを受けていた。しかし、そんな境遇の中でも、エーリカたちは腐ることは無い。一癖も二癖もありそうな者にはしっかり声をかけ、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に入らないか? と誘いまくったのである。


 しかし、エーリカたちは知らなかった。見境なく声をかけすぎたために、徐々にではあるがエーリカたちに対する目に見えない悪意が集まりだしていたのだ。それにいち早く気づいたのはエーリカの軍師である大魔導士:クロウリー・ムーンライトであった。


「はてさて。予想通りと言いますか。エーリカ殿が女性であることが気に喰わない連中があらぬ噂を王都に流し始めましたね」


「チュッチュッチュ。男尊女卑がそれほど強くないホバート王国でッチュウが、出る杭は打たれるっていうあかしでもあるでッチュウ。クロウリー。何か手を打つんでッチュウか?」


「いいえ。特には何もしません。今は良い噂でも悪い噂でも、エーリカ殿の名が王都に広がることが肝要ですから。エーリカ殿への汚名はエーリカ殿の実績によって、打ち消されていくでしょう」


 大魔導士:クロウリー・ムーンライトは信じて疑わなかった。エーリカがこの先、数々の武功をあげていくことで、その名声を高めていくことをだ。しかしながら、善のクロウリーに対して、クロウリーの悪心とも言えるコッシロー・ネヅは、ヒトの悪意はいつの世でも、服にこびりついた血糊やアブーラ汚れのように一度付着すれば完全に洗い流して落とすことは出来ないだろうと考える。


 だが、そんなことをわざわざクロウリーに忠言するほど、コッシローはおひとよしでは無い。クロウリーはエーリカの軍師なのである。君主の尻ぬぐい役は軍師が務めるべきであると考えるコッシローである。


(ボクなら【濡れ濡れの痴女ビショビショ・エーリカ】なんて吹聴しているやからを見つけたら、その場で八つ裂きにして、市中引き回しの刑に処するんでッチュウけどねぇ。如何せん、クロウリーは少し、ボクのほうに悪い心を預けすぎてるのかもしれないでッチュウ)


 コッシロー・ネヅは大精霊使い:ヨン・ウェンリーがとある禁術を用いて創り出した精霊であった。クロウリーとコッシローは元は同じ魂を持っていた。それを禁術により、無理やりコッシローをクロウリーの身から分離させたのだ。それゆえにコッシローは自分の片割れであるクロウリーの楽観ぶりにやれやれ……と嘆息せざるをえなかった。


「クロウリーが良いなら、ボクもそれに従うでッチュウ。分けられた魂の比重的に、クロウリーのほうがボクのあるじでッチュウから」


「妙に聞き分けが良くて、うすら寒さを覚えますね……」


「ボクはいじり甲斐のあるエーリカちゃんを気に入ってるでッチュウ。とんでもないポカをエーリカちゃんがやらかさない限りは、ボクもエーリカちゃんの味方でッチュウ」


「そこは先生がついてますから、エーリカ殿がとんでもないポカをやらかす危険はあまり無いと思いますよ。そうなる前に対処するのが軍師の役目ですから」


「わかったのでッチュウ。じゃあ、ボクはいつものように気配を消して、クロウリーの肩に乗っているから、次の人物を部屋に通すと良いでッチュウ」


 コッシローは話は終わったとばかりに仕事机の上から、クロウリーの右肩へと飛び乗る。そこで隠形術を発動し、今から応接室にやってくる人物を品定めする準備に入る。クロウリーはコッシローの準備が終えたのを確認すると、部屋の外で待っている人物に部屋の中へ入ってくるようにと促す。


 クロウリーとコッシローが居る部屋は、とある屋敷の応接室であった。エーリカ率いる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の幹部たちが拠点にするために借りている屋敷であった。その屋敷の提供主はケージ・マグナの父親であるカズマ・マグナであった。マグナ家はホバート王国の旧王都で古くから商いをしていた一族である。豪商とはいえぬ家格に落ちてはいるものの、その影響力にはホバート王家並びに貴族たちも一目置いており、マグナ家の当主には準男爵の地位を与えている。


 ケージ・マグナは父親であるカズマ・マグナにエーリカ・スミスを紹介する。カズマはジロジロとエーリカをまるで商品を品定めするかのようにじっくりとつま先から頭のてっぺんまで視線を動かす。そして、ふむっと頷き、バカな息子だがよろしく頼みますとケージをエーリカに預けたのだ。


 カズマはそれだけでなく、エーリカを始めとして血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部たちがこの新王都で仕事をしやすいようにと、今は使われていないマグナ家所有の屋敷を無償で貸し出したのだ。王都の中心部からやや離れた位置にあるその屋敷は、近々、とある貴族に売却する予定であった。しかしながら、何とも言い知れぬえにしを感じたカズマがエーリカたちにその空き屋敷を自由に使って良いと言い出したのだ。


 エーリカを始め、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの幹部とその補佐たちはカズマの御好意に甘え、久方ぶりに雨風をしっかり防いでくれる屋敷で寝泊まりすることになった。ホバート王国の兄王:イソロク・ホバートは、弟王:タモン・ホバートとの決着をつけるべく、王都に兵を集めることはした。だが、集められた兵の大半は王都の外でキャンプ生活を強いられていた。


 そして、エーリカたちは無名の一団である。エーリカとセツラ、そしてクロウリー以外の血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員たちは当然のことながら、王都をぐるっと囲む城壁の外側でキャンプ生活をおこなっていた。しかしながら、カズマの御好意に預かることで、空き屋敷へと主だった幹部とその補佐たちは移動することが出来た。


 城壁の外側に残した団員たちのまとめ役となったのは、コタロー・モンキー、オニタ・モンド、ジゴロー・パーセンである。彼らは元々、テクロ大陸本土で正規兵をやっていただけはあり、このような野外での寝泊まりは朝飯前にこなしてきた。血濡れの女王ブラッディ・エーリカ所属の新兵たちに、このような生活は日常茶飯事になるから、今のうちに慣れておけとコタローたちは言ってのける。新兵たちはベテラン勢からその辺りをしっかりと学ばせてもらえる機会だと感じ、雨風の中でも自分たちの日々の仕事をまっとうし続けた。


 そんな彼らの労に報いるべく、エーリカを始めとする幹部とその補佐たちは王都内だからこそ出来る自分たちの仕事をこなしていった。クロウリーはその仕事の中でも、エーリカにとって最重要とも呼べる仕事をしていた。そう、エーリカたちが市中で見つけてきたり、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの噂を聞きつけて、自分たちも団員にしてほしいと言ってくれる人物を評価する、いわば採用担当役を担っていたのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?