アイス師匠はめったなことでは、己の過去をエーリカに教えてはくれなかった。だが、アイス師匠と拳王:キョーコ・モトカードが言い争うことで、アイス師匠の昔の姿が垣間見れる。それが、エーリカにとってはこの上ない幸せに感じたのであった。
「昔のアイス師匠って、やっぱりとんでもない厄介者だったの?」
「おうよ。聞いとくれよ。うちのほうが先にセーゲン様から師事を仰ぐことになってな。それが面白くないのか、うちによくつっかかってきたんだぞ?」
「そんな大昔のことを持ち出すのなら、こっちも言わせてもらうわい。こいつ、剣の方はからっきしだから、妹弟子であるわしゃに師事を乞えとセーゲン様に言われたことがあったんじゃ。そしたら、こいつ、あろうことか大泣きして、山を三つも越えて大暴れじゃ!」
「う、うるせぇー! 剣の腕前は確かにアイスのほうがはっきりと上だったさ! でも、うちは総合力でアイスを圧倒してただろうがよぉっ!」
「キョーコの身体能力が化け物すぎただけじゃ。しっかし、そのキョーコがセーゲン流すらどこ吹く風となり、その果ては拳王かいっ。さすがにそこまではわしゃでも予想外すぎたわい」
アイスはそう言うと、何かを懐かしむかのように医務室の天井へと視線を向ける。そうした後、どっかりとベッドを椅子代わりに尻をつけ、隣に座る拳王:キョーコ・モトカードに対して、今夜は朝まで飲み明かそうと言うのだった。キョーコは自分は飲みっぷりも拳王だと豪語してみせる。そして、昔の悪ガキっぷりを思い出したかのようにキョーコとアイスは互いの身体に腕を回しながら、医務室を後にするのであった。
「嵐のような御仁ですね。エーリカ殿。まずは祝着至極に存じます。
「うん、ありがとう、クロウリー。ふぅ……、疲れたぁ。あたし、先に休ませてもらうね。皆、拳王様が
次に医務室から外に出たのはエーリカであった。彼女はまだまだ拳王との戦いで負ったダメージが抜け切れていない足取りをしていた。しかしながら、そんな彼女を心配して、お見舞いにきていたセツラ・キュウジョウと医務室の出入り口でばったり出くわすことになる。
「あらら。傷ついた乙女を癒すのは大魔導士の役目かと思っていたのですが、巫女にその役目を奪われてしまいましたね」
「チュッチュッチュ。セツラの気配を感じ取っていたからこそ、彼女にエーリカちゃんを任せる予定だったくせに。よくもまあのほほんと言ってくれるでッチュウ」
コッシロー・ネヅはクロウリーが曲者だと言うことを長い付き合いで知っている。30年振りに、こちら側の世界に召喚されたコッシロー・ネヅは、大魔導士:クロウリー・ムーンライトが目をつけている人物を、その目で実際に人物鑑定してみた。創造主:Y.O.N.Nがこの世界に一方的に送りつけてきた
だが、そこから2年の月日が流れ、胸のサイズは相変わらず成長しないが、歳を取るごとに、その大器っぷりを示し続けているエーリカである。その大きな器に新たな魂が居候することになった。その大きすぎる魂を器の中に入れたというのに、エーリカはいつものエーリカとはあまり変わらないように見えたのだ。
「エーリカちゃんは大器なんでッチュウ? それとも、大馬鹿なんでッチュウ? その辺りがいまいちハッキリとしないでッチュウ」
「コッシロー殿ほどの鑑定眼でもわからないってことは、計り知れないほどの大器ってことでしょう。もしかすると、エーリカ殿は一国の
「それはさすがに期待しすぎでッチュウ。でも、もしも生まれが一介の刀鍛冶の娘風情でなければと思うと、悔やまれる部分もあるでッチュウね」
大魔導士:クロウリー・ムーンライトと白ネズミの精霊は、エーリカがこの場に居ないことを良いことに言いたい放題であった。この2人にとって、エーリカは大事な存在である。そう2人に思わせるほど、今のところのエーリカは及第点を遥かに越える100点満点以上の実績を叩きだしている。
しかしながら、クロウリーとコッシローはエーリカが産まれ持っている本質の素晴らしさがゆえに、同時に『トラブルメーカー』という属性もその本質につきまとうことを、この時ばかりはすっかり失念していたのである。いつもなら、クロウリーはそのトラブル対処として、エーリカのすぐ近くに最低2人は配置させていた。しかし、拳王を配下にするという大快挙をエーリカが為したことにより、クロウリーもまた油断していたと言って過言では無かった。
医務室から外に続く廊下をセツラと共に歩くエーリカである。エーリカはセツラに軽く身体を預けつつ、ゆっくりと前へと進んでいく。医務室から廊下、さらには
「あんたっ! もしかして、準決勝で敗れたことを根に持っての待ち伏せ!?」
「エーリカさん、あなただけでも逃げてっ!」
「ちょ、ちょっと待ってほしいのですぅ! いかつい連中を引き連れているぼくが悪いのはわかりますけどぉ。このひとたちはぼくの熱烈なファン兼パトロンなのですぅ。ぼくは逆に、このひとたちを抑えつけている真っ最中だったのですぅ!」
エーリカたちが
だが、コメカミに青筋を立てながら、さらには
「うちの可愛いおランちゃんのおちんこさんをしばき倒しやがって! てめえ、覚悟できてんのかっ!」
「全治3カ月だぞ!? おランちゃんのおちんこさんに性的ないたずらを出来ない期間が3カ月だぞ!? ほんと、わかってんのか!?」
「えっと……。あたしのしたことはそれほどに大罪……だった?」
エーリカは実際のところ、男の娘の価値をあまりよくわかっていなかった。というよりかは、武術大会の準決勝で相対したラン・マールはまだ普通に男だと思わせる恰好をしていた。しかし、今はフリフリのスカート姿で必死に自分のパトロンたちを止めようとしてる。その姿のギャップが激しすぎて、どこからどうツッコむべきなのかと、エーリカは思い悩むことになるし、エーリカが頼るべき相手であろうセツラはセツラで、ラン・マールがあのラン・マールなのかと認識阻害を喰らっている真っ最中であった。