「剣王:シノジ・ザッシュのために大太刀が献上されたと聞いたことがあるわい。その
「さすがは拳王様です。あたしの父と祖父は剣王に剣王のための一振りの大太刀を作りました。そして、この一振りはあたしのために打たれたモノです」
エーリカの説明に得心するキョーコであった。どこからどこまでが創造主:Y.O.N.N様が描いた運命なのだろうと思わざるをえないキョーコである。テクロ大陸本土から拳王を追い出した剣王が持つ大太刀。
そして、今、その剣王に大太刀を献上した刀鍛冶がその後、自分の娘のためだけに打ったというこの一振りを持つエーリカ。そのエーリカは拳王を自分の団に迎え入れようとしていた。
「これぞ、創造主:Y.O.N.N様の御言葉なのだろうて。これほどの大業物を用いて、手加減なぞ出来ようがない。今のエーリカ嬢ちゃんの腕前ではなっ!」
キョーコの言にムスッと不機嫌な顔になりそうになるエーリカである。その表情を崩すためにもエーリカはブンブンと強めに頭を左右に振ってみせる。そして、顔を整え終えたエーリカは改めて、拳王の助力を乞う。
「自分が未だ、拳王様を迎え入れれるほどの実力を持っていないことは重々承知です。だけど、あたしと新しい国を創るために同じ道を進んでもらえないでしょうか!?」
エーリカは情熱を隠さぬままに、拳王:キョーコ・モトカードを口説き始める。エーリカが言うには、ホバート王国はテクロ大陸本土と比べれば、まだ戦火に震えあがっているような状態では無いと。だが、近い将来、必ずホバート王国全土にテクロ大陸本土の戦火と比べても恥が無いほどのものが広がるだろうと言ってのける。
「あたしはあたしの国を創るのっ。パパやママが戦火に巻き込まれないためだけじゃない。皆が真に笑って暮らせる場所と世の中を創りたいっ! だから、その一助となってほしいの、拳王様にはっ!」
エーリカからの熱心な誘い文句を受けたキョーコはチンッと軽快な音を鳴らしながら、鞘に刀を納める。そして、頭を下げつつ、その刀を両手ですくいあげるように持ってみせる。そんな姿勢を見せるキョーコに対して、エーリカはいったいどうすれば良いのかと戸惑ってしまう。
エーリカの師匠であるアイスはエーリカの横に立ち、エーリカの両肩に優しく両手を乗せる。エーリカはアイス師匠の優しさに包まれたことで、気分が落ち着き、うんっ! と力強く頷いてみせる。そうした後、エーリカは拳王:キョーコ・モトカードに対して、こう宣言する。
「拳王:キョーコ・モトカード。貴女の力と命をあたしに預けなさいっ! あたしと貴女の見ている未来は同じよっ! 決して、貴女が後悔しないあたしの姿を、これから貴女の目に焼き付けさせるんだからねっ!」
「仔細承知つかまつった。これからはこの拳王:キョーコ・モトカードは、エーリカ様を
キョーコはエーリカに対して、正式に臣下の礼を取る。大魔導士:クロウリー・ムーンライトはホッと胸を撫でおろし、緊張で噴き出していた汗をようやく拭えるようになる。
「大魔導士:クロウリー・ムーンライト様でも、緊張するんだな? いつもは泰然自若としてるくせになっ。俺のほうがよっぽど肝が据わってんじゃねえの!?」
「うるさいですね。貴方のはただの無神経でしょ。先生ですら、現在のエーリカ殿が拳王様を臣下として迎えられるなんて、想像していませんでした。出来て友好相手、事が上手く運べば盟友として扱ってもらえるだろうってところだっただけです」
タケル・ペルシックはやいやいと大魔導士:クロウリー・ムーンライトをいじってみせる。さもうっとおしいとい風にクロウリーは寄りかかってくるタケルを押しのけてみせる。タケルはクロウリーに押し返された後、エーリカの肩をバンバンと嬉しそうに叩いてみせる。エーリカはタケルお兄ちゃんに向かって、満面の笑みを返す。
「あたしも生きた心地がしなかったぁ~~~。もう、喉がカラカラよ~~~」
「おう、お疲れっ! んじゃ、エーリカの刀をセツラに渡してくるわっ。皆、驚くだろうなっ! 『
タケルはエーリカから一振りの刀を手渡してもらうと、意気揚々と医務室から外へと出ていく。そんなタケルお兄ちゃんから視線を外し、今一度、拳王:キョーコ・モトカードと相対するエーリカであった。
「えっと。キョーコ様は」
「うん? うちはエーリカ様の臣下だ。様付けはよしてくだされ」
「うん。でも、それならキョーコもざっくらばんにエーリカって言ってくれて構わない。『様』づけとか、かしこまった言い方は、お偉いさんの前だけで大丈夫だからっ!」
その辺りの機微がわかっている娘さんだなと思ってしまうキョーコである。エーリカの教育係だったであろうアイスでは、そこまで仕込むことは出来ないことは、すぐにわかる。キョーコもアイスも荒々しい御方を師匠と仰いだ人物である。子が親に似るように、弟子も師匠に似る。生まれの悪さはキョーコもアイスもどっこいどっこいだ。
ならば、そういった礼節に関して、教育し直した人物が絶対に居るのは間違いない。そして、いかにも自分は偉い魔法使いだと主張している人物がこの医務室に居た。
「チュッチュッチュ。人前だけでもその場しのぎでいいから、つくろえと口酸っぱく言ってきたボクは本当に偉いのでッチュウ!」
「いやいや……。何を自分の手柄のように言っているのですか? お偉いさんというのは、その場しのぎであるとわかっていても、品の良さが出ている人物には、早々に悪意はぶつけてこないものです。それゆえに最低限の礼節をエーリカ殿に教示したのは、先生ですよ?」
「おっと、そうだったでッチュウか? すっかり、ボクがエーリカちゃんを教育したモノだと勘違いしていたのでッチュウ」
この白ネズミの精霊と大魔導士が漫才をし始めたのを見て、やれやれ……と緊張感が自然と抜けていくキョーコである。要らぬ気を使う必要がない居場所なのだろうと思えるキョーコであった。そんなキョーコの気持ちを察したのか、アイスはここに来て、ようやくキョーコとの昔話を披露し始める。
「キョーコはぶっきらぼうじゃが、こんなガサツな女でも青春時代があったんだぞ。意外とセンチメンタルな部分を持っているんじゃ」
「おいおい。何十年前のことを言ってるんだい!? おめぇの方こそ、ノスタルジックに浸って、先にホバート王国に帰っちまったんだろうがっ! アイスが居なくなったここ十数年、うちだけに過酷な運命を押し付けやがってよぉ!?」
「しょうがないじゃろ。セーゲン流を正式に継いだのはキョーコのほうなんじゃ。わしゃが居残ったら、キョーコの方が困っておったぞ。あの時のセーゲン流にとって、わしゃの存在は厄介すぎたんじゃ」