エーリカはハァハァ……と息も絶え絶えでありながら、自分の足元に転がっていた木刀を拾い上げ、両手でその柄をしっかりと握り込む。すると、左手の強欲の
獰猛な虎がこちらの命を噛み千切る準備を整え終えていたのだ。エーリカから見て、キョーコの身体は実際の大きさの3倍以上のサイズに感じられていた。それほどまでにキョーコは圧倒的な気迫を身体の外へと発していたのである。まさに拳王ここにありといった風貌を醸し出していたのだ。
試合が始まるまでの酩酊状態なぞ、いつの間にかすっ飛んでいたキョーコである。ただただ、眼の前の美味しそうな餌をどう踊り食いしてやろうかという獰猛な食欲に支配されていた。口の隙間からダラダラと留めなくヨダレが垂れ流れていた。しかし、キョーコはそれを手で拭おうとはしなかった。
キョーコとエーリカの睨み合いが十数秒ほど続く。
「セーゲン流改めモトカード流拳法が祖。キョーコ・モトカードが放つ。モトカード流・一之太刀『ロケット・パンチ』」
静けさに包まれた
「セーゲン流改めキノレ流剣術……。ツバメ返しッッッ!!」
エーリカは光り輝く木刀を左から右へと振り払う。その一撃目でキョーコが放った空気の壁を突き破るロケット・パンチの威力を半減させてみせる。だが、一撃では足らぬことをエーリカは気づいていた。だからこそのキノレ流剣術:返しの太刀による上段から下方への二撃目をキョーコの右の拳に叩きこんだのだ。
確かにエーリカが放った『ツバメ返し』と『返しの太刀』はキョーコの放ったロケット・パンチの威力の3分の2までを削ぎ落としてみせた。だが、キョーコの『ロケット・パンチ』はエーリカを絶命させるには十分な威力持っていた。
エーリカはキノレ流剣術を2連発したため、体中の骨と筋肉が悲鳴をあげた。だが、それでもまだ足りぬと感じた。勝利を欲したエーリカは左手の甲をさらに輝かせる。
「キノレ流剣術:隠し太刀ッッッ!!」
エーリカは太刀を納めないまま、第3撃目を放つ。それでようやくキョーコが放った殺人パンチの威力のほとんどをそぎ落とした。しかしながらキョーコはエーリカの額近くまで、握り込んだ右手を近づける。
「ふんっ。あたしの力及ばずね。でも、近い将来、拳王を越えてみせるわっ!」
それがエーリカが意識を失う直前に言い放った言葉であった。キョーコはクフゥゥゥ! という堪らぬ嬌声をあげたあと、エーリカの額に向かって、エーリカの魂が天上界へとすっ飛んでいきそうなほどの威力のデコピンをぶちかました。その時、エーリカの額が凹まなかったのはエーリカの額に巻かれていた長はちまき付きの額当てのおかげだったのだろう。
エーリカが額に着けていた額当ては、エーリカの師匠であるアイス・キノレお手製であった。デコピンをかました側のキョーコがフゥフゥ! と右手の中指に息を勢いよく吹きかけていた。
「ほんに悪ふざけがすぎるなぁ。どうせ、この仕込みもアイス・キノレ、おめえがやったんだろぉ?」
「クアッハッ! おぬしのことだから、エーリカ嬢ちゃんのことを気に入ってくれると信じておったわい。おぬしは気に入った相手は後々に残しておくタイプだったからな。その辺りが昔から変わっていなくって安心したわい」
アイス・キノレがエーリカのために作った長はちまき付きの額当ての金属部分はオリハルコン製であった。さすがの拳王もオリハルコン製の武具を素手でカチ割ることは出来なかった。出来ても凹ませるくらいが限界である。しかも、キョーコはエーリカを殺さぬようにと手加減したのだ。放ったデコピンによる衝撃の8割以上は、キョーコの右手の中指に跳ね返っていたのだ。
「さて、積もる話は医務室じゃったな。先にエーリカを医務室に運んでおくゆえに、おぬしは後で顔を見せるがよいわ」
アイス・キノレはキョーコ・モトカードにそう言った後、背中に背負ったエーリカを医務室へと運んでいく。キョーコはボリボリと右手で後頭部を掻く他無かった。
「ちと、
キョーコはそう言うと、この会場の半数を占める気絶してしまった観衆たちを叩き起こすべく、石畳をズドン! と右足で踏みしめる。すると、
「ふむっ。剣王に負けた憂さ晴らしに参加した武術大会だったが、少しは気が晴れた。さーて、アイスの弟子は、うちの弟子と同義だ。うちもエーリカ嬢ちゃんをおもちゃにしてやろうかねぇ~~~」
拳王こと、キョーコ・モトカードはクックックッと底意地悪そうな笑みを零しつつ、試合場を後にする。エーリカが放った三連撃により、右手が段々と腫れあがってきていたというのに、そんな痛みなど、どこ吹く風の如くにキョーコは医務室へとノッシノッシ歩いて向かっていく。そんな彼女が医務室のドアを右足で蹴っ飛ばし、中へと入っていく。
「おう。エーリカ嬢ちゃん。うちのことは覚えているかい?」
「うっわ! 何しにきたのよっ! 敗者の顔をわざわざ見にくるところが悪趣味よねっ!」
「クァッハッハッ! そんなに嫌がられると、お姉さん、嬉しくなっちまうだぁ」
「うっざ! 本当にむかつく! 近い将来って言ったけど、今すぐにでも叩き伏せてやりたいっ!」
「エーリカ殿。気持ちはわかりますが、安静にしておけと医者に言われているでしょう。いくら、アイス殿お手製のオリハルコン製の額当てで頭が護られていたとしても、拳王の一撃には変わりありません」
「うぅ……、悔しいし、恥ずかしいっ! 旗揚げ時にテクロ大陸本土で我が物顔をしている武王たちを全員ぶっ倒してみせるって言わなきゃよかった!!」
若気の至りゆえとはよく言ったものだ。テクロ大陸においては4人の偉大なる魔法使いが1番有名である。その次に有名な者の名をあげろと言われれば、決まって4人の武王の名が挙がる。その4人の武王のひとりが、この医務室に存在していた。彼女は現拳王であり、アイス・キノレと同じ師を仰いでいた関係を持っていた。
「セーゲン様からセーゲン流を受け継いだうちが、何の運命のいたずらか知らんが、妹弟子が育てたエーリカ嬢ちゃんと対戦するとはねぇ。これも創造主:Y.O.N.N様のいたずらかい? それとも始祖神:S.N.O.J様のイキな計らいってやつかい?」