エーリカと準決勝で相対しているのはラン・マールという美少年であった。しかし、この美少年はどちらかというと『美娼年』、もっとわかりやすく言えば『男の娘』という部類に属する生き物であった。彼は
その
ランは興奮が猫尾の付け根から腰、背中、さらには首筋へとゾクゾクと駆けあがっていくのを感じる。たまらない興奮に毒されたランは不用意にも居合斬りの間合いに入ってしまう。エーリカはもらった! と思い、目にも止まらぬ速さで木刀を抜刀してみせる。しかしながら、エーリカは何もない空間を切り裂いてしまうことになる。
「ふふっ! うふふっ! あったりましぇえええんん!!」
「ふんっ。一太刀目が躱されるのなんて予想済みよ。キノレ流剣術・返しの太刀を喰らいなさいっ!」
「ぶべぇほぉぉぉぉ!!」
「てか、あんたってついてるモノはついてたのね。つぶしてたらごめんなさいね」
エーリカの気合のこもった居合斬りを背中を考えられない方向にまで逸らしきることで躱したランであった。そして、興奮さめやらぬランは不敵な笑みを零す。そこまではよかった。ランが愉悦に震えるその身体を起こそうとする前に、エーリカは振り切った木刀の柄をすぐさま両手で掴み、強引に居合斬りを二段斬りにしてみせたのだ。さらにエーリカが極悪なところは、二段目を上段斬りにしたことだ。
股間に痛烈な一撃を喰らったランは背中側から石畳の上へと卒倒してしまうことになる。エーリカの両手には確かなる手応えがあった。ランの運が良かったことは、股間の
しかしながら、その
「うっわ。俺でもドン引きだっ。少しくらい手加減してやれよ……」
「いーやーでーすぅぅぅ。あいつは目つきだけで、あたしを犯そうとしてたのは丸わかりだったしぃぃぃ。金輪際、あいつと関わり合いたくないわっ!」
試合場から控室へと帰ってきたエーリカにセコンド役のひとりであるタケル・ペルシックが苦言を呈す。だが、エーリカはふんっ! と機嫌悪そうに顔を横に背けるのであった。タケルはやれやれ……と嘆息した後、エーリカに向かって、いよいよ次は決勝戦だなっと告げる。エーリカは機嫌を直し、にんまりとした笑顔になる。
「ようやっとるわい。決勝の前にあれほどの難敵が待ち構えていたのは想定外じゃったな」
「アイス師匠が言っていた、あたしが勝てない相手ってのはあいつでしょ? もう優勝は決まったものねっ!」
「おや? おやおや? いつ、あたいがあの程度の男を指し示したと思っておったのじゃい? 真の強者が待ち構えているのは、エーリカの決勝ぞ。そやつこそが、今大会の目玉じゃわい」
「ええーーー!? 剣の腕前だけで言えば、さっきのランなんとかって奴のほうがあたしよりも数段、上だったわよ!? それよりも強い相手が決勝で待っているの!?」
「そのとおりぞ。さあ、当たって砕けてくるが良い」
エーリカはアイス師匠の言っていることが信じられないといった顔つきになっていた。トーナメント戦における他の山から勝ちのぼってくる剣士の戦いを時折、観戦していたエーリカであったが、他の山では悪い意味で目に引く戦いをしている剣士くらいしか、記憶に残っていないのだ。
そして、エーリカの予想通り、とてつもなく悪い意味で目立っていた
「ぷはぁ! 祖国の酒は五臓六腑にしみわたるわいっ! 傷心の果て、祖国に戻りはしたが、この味だけはうちを慰めてくれるのぉ!」
「お酒くさっ! 遠巻きに見ている時ですら、ほのかに酒臭かったのに、近くに立ってみると、とんでもないわねっ!」
試合場の石畳の上でウィヒック! と酩酊状態の
しかもだ。こんな酩酊状態の相手だというのに、胸を借りてこいと言っていたのがアイス師匠であった。エーリカにとって、こんな面白くない話はなかなかになかった。エーリカは木刀の柄をしっかりと両手で握りしめ、試合開始の合図と共に、一気にキョーコ・モトカードの懐へと飛び込んだ。
「なん……ですって!? あたしの必殺の一の太刀を軽々とあしらった!?」
「ウィヒック! どこかで見たことがある剣筋。はてさて、いつぞやの記憶かのぉ??」
キョーコなる女剣士は左手に大きな徳利。右手にはバンブーブレードであった。しかも、そのバンブーブレードは半ばから折れている。まさに対戦相手を舐めているとしか言いようがない。だが、いくら木刀だからといって、折れ曲がっているバンブーブレードで易々と攻撃を弾かれてしまうなど、エーリカの想定から大きく外れていた。
エーリカを最も驚かせたのは、キョーコから感じる剣筋が素人に毛が生えた程度のモノであることだ。そう、キョーコはただの反射神経でエーリカの剣戟を次々と打ち払ってみせたのだ。剣技とは程遠い位置にいたのがキョーコという存在である。そして、何故、剣技らしい剣技を持ち合わせていないのかを、エーリカはキョーコが右手に持つバンブーブレードを完全に粉砕してみせた後に気づくことになる。
「ありゃりゃ。やっぱり、土産屋で買ったバンブーブレードでは、こんなものか。これ1本で武器有りの武術大会を勝ち上がるのには無理があったわい。おい、審判。徒手空拳でも失格にはならないよなぁ?」
キョーコの問いかけにコクコクと頷く審判であった。実際、セスタスや
だが、基本的にこの武術大会の勝敗は戦意喪失による敗北宣言や、失神といった戦闘不能状態にでもならなければ、試合は続行された。だが、得物を失った状態で戦うと言ってのけたのはキョーコ・モトカード以外にはまったくもって存在しなかった。
丸腰相手に戦うのは普通ならば気が引けてしまうエーリカであったが、キョーコ相手にそう感じている