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第3話:陸の上のタコ

 エーリカ率いる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は商業都市:イノクチで一晩過ごした後、そこから南下していきトーカー道に乗る。そうした後、海岸線をなぞりながら東進していく。その道すがら、ヒキウマの地という場所でいったん、軍の足を止めることになる。


「先行させているタケルお兄ちゃんとロビン、それにコタローたちは手ごろな敵を見つけてくれたかしら? そろそろ定時報告の時間なんだけど」


「うむ。ヒキウマの地を越えれば、トートーミの地でござる。ここらで一戦、かましてやりたいでござるなっ!」


 イノクチから南東へ二日ほどの地がヒキウマの地であった。大昔の英傑が乗っていた馬が疲れ果てたゆえに下馬して、その馬を引いてこのトーカー道を急いだという伝説がある土地であった。その英傑が目指した地と言われるのがトートーミという地であった。トーカー道は王都:キャマクラへの途上にあるこのホバート王国の主幹道路であるため、数々の伝説が残されていた。


 そんな英傑たちに倣うようにエーリカはこの辺で自分たちの英雄伝の一端に書かれるような行動を起こしておきたいと考えていた。


 そうこうしているうちにタケルとロビン、さらにコタロー率いる50人の先行部隊が戻ってくることになる。その先行部隊から持たされる情報を元にエーリカは軍師:クロウリーを交えて軍議を開くことになった。


「弟王であるタモン・ホバート殿は所持している水軍に自信があるのか各地の港町を私掠船で荒らしまわっていると聞き及んでいました。しかしながらスンプ近くの港町にまで手を出すようになるとは……」


「弟王から見れば、兄王は山奥のシンプに逃げ込んだとタカをくくっているんでしょね。クロウリー。相手の数から考えれば、スンプ近くの港町を弟王から解放するってのが良いと思う」


「エーリカ殿のおっしゃる通りだと思います。城塞都市:オダワーランの背後を脅かすにはスンプを攻め立てるのが弟王にとっての上策です。ですので、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団としてはスンプの地を救うことはすごく美味しいってことです」


「決まりねっ! タケルお兄ちゃん、ロビン、そしてコタロー。3人に命じるわ。スンプとその近くの港町の情勢、地勢を事細かに調べてきてねっ!」


「合点承知のすけすけめがねだウッキー! あっしのこの千里も見通せる猿眼であますことなく情報を拾い上げてくるでウッキー!」


「猿眼とは老眼であったとコタロー殿を後悔させてみせよう。鷹の目と恐れられし我が魔眼であまなく調べあげてみせる」


「2人がやる気満々だし、おじさんも負けてられんな。んじゃ日が暮れる前にもう一走りしてくるわっ。お土産を楽しみにしていてくれ。時間として丸1日もらうが、構わないよな?」



 エーリカは丸1日かーと言いかけるが、そこはぐっとこらえて、喉から言葉が出るのを抑えるのであった。知らない土地での戦いになるのだ。半日くらいでパパっとやってもらいたい気持ちはあるが、こんなところで血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団を消耗させるわけにはいかないのである。


 逸る気持ちはわかりますよと芭蕉扇で口元を隠しつつ、エーリカに囁くクロウリーであった。クロウリーはそうすることでエーリカの気持ちを少しでも宥めるのであった。エーリカたちは情報取りに走ったタケルとロビン、そしてコタローの帰りを待つ地をフタマタと決める。ここには大きな川とその支流が1本流れており、そこからフタマタと名付けられていた。その地にある大きめの集落に身を寄せる血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団であった。


 そしてその地で待つことちょうど20時間。光帝リヴァイアサン歴129年 6月15日の明け方にタケルとロビン、さらにはコタロー率いる50人の先行部隊が戻ってくることになる。彼らがもたらす新情報を精査しつつ、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団をどう展開するかの軍議が開かれる。


「相手は明け方から昼にかけて10ほどの舟で港町を襲っているわけね。こちらは舟を持っていないから、海戦出来ないのが痛いわね」


「とくだん、海戦に付き合う必要はありませんよ。要は海の男なぞ、陸に上がれば陸にあがったタコと同じです。陸にあがったタコは干からびて死ぬだけです」


 クロウリーはそう言った後、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の指揮官たちに例の宙に浮かぶ黒板を用いて作戦の詳しい内容を告げる。皆はなるほどそういう手があるのかと、クロウリーに感心しぱなしであった。そして、クロウリーの言う通りに皆が手筈を整えて、スンプ近くの港町で暴れる弟王の兵を待ち構えることになる。


「おりゃぁ! 今日も暴れてやるぜっ! 今度こそ、スンプにまで駆け上れってんだ!」


 10隻の私掠船を率いる長が明け方から怒声を飛ばしていた。彼にとって、スンプを荒らせるだけ荒らせれば、出世街道に乗ったも同然であった。城塞都市:オダワーランを落とすためには後背にあるスンプが重要拠点であった。そして、そのスンプ攻略を任されたのが私掠船を率いる長:プッチィ・ブッディであった。私掠船1隻には50の水夫が配置されていた。もちろんこれは戦闘員込みの人数である。


 これだけの人数がいれば、例えスンプを落とせなくても大きな損害を与えることは出来る。それが出来れば、城塞都市:オダワーランにだけ兵を配置しておくにはいけなくなる兄王勢であった。


 私掠船の長であるプッチィ・ブッディは明け方から港町を襲い、その1時間後には港町からの抵抗が無くなる。しめたと思ったプッチィ・ブッディは勢いそのままに上陸し、この港町から徒歩で1時間もかからないスンプへと攻め込んでいた。スンプは必至の抵抗を続ける。海から上がった海兵たちに負けてたまるかと戦い続けたのである。


 戦線は膠着していく。時間が過ぎて、太陽は西に傾いていく。チッ! と舌打ちしたプッチィ・ブッディは一度、私掠船に戻るぞ! と号令をかける。


「お、おかしら、たいへんです! 舟が……おれたちの舟がぁぁぁ!!」


「なにぃ!? 舟番は何してたんだ!!」


「舟番なら今頃、その辺の波打ち際で永遠の眠りについているわっ。さあ、あたしたちの出世街道の礎になりなさいっ!」


 港町に戻ってきたプッチィ・ブッディ率いる400の兵はいつの間にか完全に包囲されていた。どこから湧いてきた兵なのかと訝しむ。城塞都市:オダワーランから派兵されたにしては早過ぎる。あそこからは山ひとつ越えなければスンプには辿りつけないからだ。そして、そのオダワーランは別動隊に攻められているはずだったからだ。


 そこから考えるに今、自分たちを包囲している軍はオダワーランからの派兵部隊では無いだろうという結論を抱くプッチィ・ブッディであった。正規兵である可能性はだんぜんに低い。プッチィ・ブッディは自軍に激を飛ばし、こいつらを逆にぶちのめせ! と号令する。


 しかしながら、プッチィ・ブッディの激によって心を燃やす海兵などほとんどいなかった。クロウリーの言う通り、陸に上がったタコは干からびて死ぬ運命を背負っていたのである。彼らの心のよりどころの舟の全てに火の手が上がっている。もくもくと黒い煙を立ち昇らせながら海の底へと沈んでいく戦友ともを見ながら、それでも心を奮い立たせることが出来る海の男などいるわけがない。


 プッチィ・ブッディは自分たちを囲んでいる隊の女将を苦々しい目でにらみつけることになる。だが、こちらの事情なぞ、知ったこっちゃないと言わんばかりに、その女将は右手にも持つ白刃を自分の方に向け、さらにはこう告げる。


「捕虜にしようとは思わなくて良しっ! せめてもの情けで陸の上で死ぬか、海に飛び込むかの2択だけでけっこうよっ! さあ掃討戦のはじまりよっ!!」


 馬に跨る女将はそう死刑宣告をのたまった後、自らが先頭に立ち、ばっさばっさと陸に上った海兵たちを斬り刻んでいく。恐怖におびえた部下たちがすがるようにプッチィ・ブッディにしがみついてくる。プッチィ・ブッディは陸の上のタコという例え話その通りのままに身動きできぬまま、部下たちの重みで圧死していまうのであった……。

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