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第2話:行軍開始

「エーリカ殿。新王都:シンプに向かうに当たっていくつか進言させてほしいことがあります」


「発言を許可するわ、クロウリー様」


 大魔導師:クロウリー・ムーンライトはエーリカに一礼した後、エーリカより少し前に出る。そして魔術を用いて、何もない空中に黒板のような画像を映し出す。その黒板には自動で白線が敷かれていく。2分も経たぬ間に宙に浮かぶ黒板のようなものにオダーニ村から新王都:シンプまでの経路が描き示されていく。


血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団が進む経路は大きくわけて3つあります。ひとつはツールガを経由しホクリー道をのぼっていくこと。ひとつはホバート王国のへそと呼ばれる都市:イノクチを通りさらにそこから東進してミソ路と呼ばれる山あいの主幹道路を通る道。そしてもう一つはイノクチから南に海岸線を辿るトーカー道を通る道です」


 ここまで説明するとクロウリーはいったん、口を閉じ、言葉を発することをやめる。エーリカたちの眼前で待機している300の若人たちは段々とざわつき始める。


「ツールガの町を経由して北からのルートでは遠回りすぎる気がするでござる」


「弟王との軍とぶつからないルートと言えば東進ほぼ一直線のミソ路か、ここはやはりミソ路を通るのが正解なのか? それではわざわざ3本ものルートを示した意味がわからぬなっ」


「ブルース、アベル。ちょっと良いだべか? おいらが思うに軍師様は1番困難な道であるトーカー道のことを最後に言っているだべ。1番言いたいことは1番最初に言うか1番後に回すかだべさ」


「なるほど。ミンミン、なかなかの洞察力でござる! そうか、わかったぞ! エーリカ!」


「発言を許可するわ、ブルース。こちらに来て、皆に説明してちょうだい」


 エーリカは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団において、ブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンを団を代表する2将だと位置づけていた。ミンミン・ダベサはエーリカの護衛隊長である。その3人が互いに意見を交わし、軍師であるクロウリー・ムーンライト様の言いたいことを当てようとしていることに誇らしげな気持ちになるエーリカであった。


 皆の前に移動したブルースは軍師様がいったい何を言いたいのかを代わりに説明してみせる。


「先ほどクロウリー様が仰せられたように我が血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は新王都では無名だそうだ! だからこそ、勇名をとどろかせながら拙者たちは新王都に凱旋しなければならないと言うことだ!」


「ご名答。さすがはエーリカ殿の二大騎士のひとりであるブルース・イーリン殿ですね。ブルース殿の言う通り、先生たちは名声を高めつつ、新王都であるシンプにたどり着くのがより好ましいのです。ですので、手ごろなところを攻め落としつつ、凱旋気分で新王都に到着してやろうというわけです」


「途上の全ての敵を屠ると言わないところがまさにクロウリー様のいやらしいところねっ。あんまり功を稼ぎすぎたら、それはそれで問題ってことね?」


「それもありますけど、しょせん300人程度の中隊にも満たないレベルですからね、うちは。トーカー道を進みつつ、手ごろな相手を見つけてボコりつつ、こちらは最小限の被害にとどめつつ、必要な分の名声を稼ぐといったところです」


 せこい戦法ではあるが、王都にたどり着くまでの時間を考えれば、折衷案としては良い出来の策であった。もちろん、こういうのは1番乗り出来ることが1番良いのだが、どこぞの馬の骨が1番乗りしたところでうま味が少ないのである。それなら3番手くらいの到着を狙いつつ、名声もゲットだぜ! をやりましょうというのが軍師:クロウリー・ムーンライトが示す策であった。


 エーリカたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は軍師様の言う通り、まずは商業都市:イノクチへ向かう。オダーニ村では出立していく皆が見えなくなるまで手を振ってくれていた。そんなオダーニ村の人々に報いるためにもエーリカはキリッとした表情で馬を進めるのであった。


 血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団において、新馬を用意された者は7名いた。団の二大騎士であるブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンは当然として、首魁であるエーリカも当然、新馬に騎乗していた。


 そして、エーリカの隣に並ぶ新馬に騎乗していたのはエーリカの護衛隊長であるミンミン・ダベサ。さらには新馬が引く戦車に乗っているのが神託の巫女:セツラ・キュウジョウとこの団の軍師であるクロウリー・ムーンライトであった。


「おう。今戻ったぜ。関を越えた先にあるイノクチでは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団を歓迎してくれるそうだ。コタロー・モンキーたちやロビン・ウィルとはそこで合流する手はずなのはわかっているよな?」


「ありがとう。タケルお兄ちゃんって、雑用係って言っちゃ失礼だけど、なんでも器用にこなせちゃうことに感心しちゃうわ」


「騎乗の訓練を積んだ記憶は無いんだが、馬を操るのはこの中では俺が1番上手いからな。俺が伝令役になるのは理にかなっている。さあ、エーリカ、次の仕事を俺に与えてくれ」


「んじゃ遠慮なく。タケルお兄ちゃんはそのまま斥候係をお願いするわ。何か異様なものを見つけたらすぐに戻ってきて、本隊に伝えてね!」


「おう任せとけってんだ! 可愛いエーリカのためにこの凡骨が1番働いてやるんだぜ! おい、ブルース、アベル。お前たちは今のうちに新馬の扱いに慣れておけよ!」


 タケルは用意されていた替え馬に乗り換えるとその馬を走らせ、みるみる内にエーリカたちか見えないところまで先に進んでいってしまう。その姿にブルースとアベルは感心を通り越して嫉妬心を抱いてしまうほどだ。


「馬を変えたばかりだというのに自在に乗りこなせるとはすごいでござるなっ。おい、アベル! 新馬に慣れるために少し競争をしないかでござる!」


「うむ。エーリカに二大騎士と任ぜられたというのに馬すらまともに扱えない田舎者だと王都で笑われてはたまらぬからなっ! あそこの1本杉のところまでどちらが早く着くか競争だっ!」


「落馬して怪我しないようにしてね。じゃあ、行軍の傍ら、ブルースとアベルは新馬に慣れるってことで」


 エーリカはブルースたちに許可を出す。ブルースたちは我先へと1本杉まで馬比べをして見せる。1本目の勝負はブルースの勝ちであった。続けて2本目の勝負をとせがむのがアベルであった。彼ら2人は良きライバルであった。数日もしないうちにブルースとアベルは新馬を手足のように扱えるようになっていく。


 そんなこんなを繰り返しながら、商業都市:イノクチの姿が見える地点まで血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は進むことになる。しかしながらその辺りで馬を止めて待っていた人物がいた。斥候役として先行していたタケル・ペルシックとその先で合流したであろうロビン・ウィルである。


「おう、エーリカ。ロビンがこちらに合流し情報をくれた。それで報告しておくが、エーリカの目から見えるようにイノクチの南側に紫色の雲が広がっている。ありゃあ魔物たちがイノクチでひと暴れしようと画策してるみたいだ」


「魔物如きが商業都市を囲む壁をどうにか出来るとは思わないけど、イノクチに恩を売るには絶好の機会ね。クロウリー様、訓練がてらに軍を動かしていいかしら?」


 エーリカは念のため、クロウリーの判断を聞く。クロウリーはどうぞどうぞとばかりに右手に持つ芭蕉扇を振って見せる。エーリカはそれを是と受け止め、300のうち、100の兵を率いて、紫色の雲が広がる地帯へと突っ込んでいく。


 その100の兵の中にはもちろん、ブルース、アベル、ミンミンの3将が含まれていた。エーリカ含む4騎馬の後ろを遅れないようにとアイス・キノレに先導された徒歩かちの兵たちが足早についていく。そして、彼らはばっさばっさと魔物たちを斬り伏せていく。


「良い汗かいたわー! イノクチにある浴場に入って、さっぱりしたい気分ー!」


「最初は敵兵の血で鎧を汚すつもりだったでござるがいかんせん、勢いよく行き過ぎたでござる。魔物の血はカウントせずにおくでござる」


「魔物相手なぞ、ここ数年で慣れっこだ。こんなおままごとじみたことなどでなく弟王の正規兵たちと1戦交えたくて仕方がないなっ!」

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