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第1話:決起式

――光帝リヴァイアサン歴129年 6月9日――


 ホバート王国の前国主であるトーゴー・ホバートが今から4年前に亡くなっている。ホバート王国内の情勢が改善される様子はまったく見られず、むしろ不安定さを強めていった。外からの賊徒だけでなく、国内でも賊徒が発生している状況下へと陥っていく。外からの賊徒はいわゆる海賊と呼ばれる。しかしながら、その海賊の8割近くは実のところ、弟王:タモン・ホバートが組織しているいわゆる『私掠船』であった。


 ホバート王国は大きく4つの島に分かれていた。北の大地に君臨するのが弟王のタモン・ホバート。南の本州と呼ばれる地方に君臨するのが兄王のイソロク・ホバートであった。

残るシッコク地方とナインステートと呼ばれる諸島群はそれぞれに兄王と弟王を支持しているというまさに混迷の一途を辿っている状況であった。


 兄王と弟王はどちらも王位継承権を持っていると主張し続け、兄王と弟王の両名はこの4年間、大戦こそ起こしていなかったが、ホバート王国中で紛争レベルの衝突を起こしていた。


 それが4年間も続くことで、ホバート王国内には魔物がはびこる地帯も出来上がるとういうとんでもない事態にまで発展していた。エーリカたちが住むオダーニ村もその被害を着実に増やしていくことになる。その被害の顕著たるモノのひとつとして、年々、税が重くなっていた。さらに魔物がオダーニ村の近隣をうろつき回ることにより、オダーニ村全体の収入も減る一方となっていた。村長兼神主のカネサダ・キュウジョウは頭を抱え込むことになる。


 税が重くなるということは、村民全体に負担を強いることになる。その税を払うために、オダーニ村では稼ぎが少なすぎるということで、村の外に出稼ぎをしにいくしか無い状況下に陥る。だが、一番の出稼ぎ場所であるツールガの港町周辺では海賊行為が横行していた。さらにはツールガへの途上に現れる魔物により、オダーニ村とツールガの港町との往来が難しくなっていく。


 いよいよもってして、兄王のイソロク・ホバートは動かざるをえなくなる。このまま、弟王のやっている蛮行を見逃せば、国民への示しもつかないだけでなく、国民に対して、過剰な税を徴収しなければならなくなる。そうなる前に兄王は打てるだけの策を打ち始める。


 しかしだ。弟王も黙って兄王にやられるわけではない。先手を打って、兄王が住む王都:キャマクラに300隻以上の海賊船を仕向けた。その海賊船が王都:キャマクラ近くの海岸を占拠したと同じ時、王都:キャマクラ内のあちこちで魔物が出没したのである。


 王都攻防戦は混迷を極めることになる。海には弟王が派遣した海賊団。内側には善良な領民たちを襲う魔物たち。兄王はここでひとつの大きな決断をおこなう。それは王都を捨てることであった。兄王とその側近たちは常々、王都:キャマクラが敵地に近すぎると考えていた。しかもこの王都は国内の敵に対しての防衛力が低すぎる。


 テクロ大陸本土から見れば、ホバート王国の王都:キャマクラは守りが厚い場所だと見られていた。だがそれは外国勢力から見た場合だ。国内の敵に対して考えれば、とてもでは無いが籠城できるような都市では無かった。そのことを王位継承争いが起きる前から危惧していた兄王:イソロク・ホバートは先代の王から預かっていたコーブという三方を山に囲まれた広い盆地地帯の都市を新しい王都にしようと考えていた。


 兄王:イソロク・ホバートは王都:キャマクラを放棄するという大胆な行動を起こす。無事な領民を兵で守りながら、王都:キャマクラから西にあるオダワーランの城塞都市を経由したのち、新王都予定地であるコーブにたどり着く。そして、この都市名であるコープを新しい府ということからシンプと改名するのであった。


 兄王はさらに動きを早める。全国各地に激を飛ばし、この国を救う勇者たちを募ったのだ。


「さあ、エーリカ殿。いよいよ旗揚げの時がやってきました。天下を取るには【天の時、地の利、ヒトの和】と言いますが、その内、ふたつも足りません。しかしながら、この機を逃すわけにはいきません」


「ええ、わかっているわ、クロウリー様。あたしの名を世の中に広めるには絶好の好機よね。足りぬままでも行かなければならないわっ!」


 エーリカは18歳というまさに花もはじらう年頃の女子となっていた。エーリカは自分専用の身軽な鎧を装着し、横には大魔導士:クロウリー・ムーンライトを侍らせていた。そして、彼女たちの眼の前には、旗揚げの時が迫っているという報せを聞いて、馳せ参じた300名以上の若年含む青年たちが整列していたのである。そんな彼ら彼女らに向かって、エーリカはおごそかな雰囲気を醸し出しながら演説を始める。


「今日、この日まで、『血濡れの女王ブラッディ・エーリカ』のために軍資金を集めてくれてありがとうございます! 皆のおかげで、武具が行きわたったわ!」


 エーリカを首魁とする『血濡れの女王ブラッディ・エーリカ』の団は、ここ1年半、軍事訓練だけでなく、巷を跋扈する魔物モンスターを退治したり、港町:ツールガを中心として工夫こうふや水夫の仕事を通じて、ちゃくちゃくと蓄財をしてきた。その蓄財の4分の3を用いて、オダーニの村の村長であるカネサダ・キュウジョウは団の武具を調達し終えていた。


 真新しい武具に身を包んだ若年含む青年たちは、誰しもが一角ひとかどの将に思えてしまうカネサダ・キュウジョウであった。そんな感慨深さに浸る父親に対して、娘が一礼し、演説を続けるエーリカの横へと進んでいく。


「あたしたちには神託が降りているわっ! セツラ様、その神託を皆にお伝えください」


「わかったわ。エーリカ。皆、よく聞いてほしいのですわ。早朝、一羽の鶴がオダーニ村にあるやしろへとやってきましたわ。その鶴は始祖神:S.N.O.J様の使いだとおっしゃっていました」


 セツラ・キュウジョウは今朝起きた出来事の詳細を村の広場に集まる一団になるべく噛み砕いて説明する。皆の首魁であるエーリカが混乱続く世の中に打って出る際には、始祖神:S.N.O.J様の名を使っても良いという許可が出たと。そして何か困ったことがあれば、巫女を通じて、始祖神:S.N.O.Jに頼み事をしてくれれば良いとまでおっしゃっていると。


 皆から、おぉ……という声が漏れる。始祖神:S.N.O.J様自身がそうおっしゃってくれているのはありがたすぎると言って良かった。自分たちは『正義』そのものであるというあかしになる。セツラは神託の説明を終えると、エーリカの左隣のやや後ろ側へと下がる。


 しかしながら、旗揚げの儀式はまだ終わっていなかった。次にエーリカの前に進み出てきた人物が居た。その者の名はブリトリー・スミス。エーリカ・スミスの父親であった。彼は刀鍛冶としての正装を身に纏い、エーリカの前へと進み出る。そして、右手で鞘に収まる神剣と呼ぶにふさわしい一振りを娘に手渡し、こう告げる。


「400年続いてきた鍛冶屋はこの未曾有の混乱の時代において自分の代で終わってしまうやもしれぬ。しかしだ。お前が女王となり、1000年続く国の祖となるのならば、それは運命だ」


 その言葉を聞いたエーリカは優しい父親に抱きつき、ハラハラと涙を流す。ここ10年間、エーリカの父親はエーリカのためだけの剣を作っていた。ブリトリー・スミスとその父であるハマチトリー・スミスは今の新剣王のために一振りの剣を作った。前剣王を斬り伏せた男に渡した剣が【魔人殺しの剣デーモン・キラー】である。


 だが、エーリカのためだけに打ち、エーリカに手渡した剣は【神殺しの剣ゴッド・スレイヤー】と称しても良いというほどの出来栄えであった。ブリトリー・スミスとその実子であるメジロトリー・スミスとの合同作品であった。エーリカはその剣を腰に佩く。そうした後、鞘から剣を抜き出す。午前の陽を浴びて、光り輝く刃は皆の眼にまぶしく映った。


「あたしはこの剣を用いて、眼の前に現れる難敵全てを斬り払う。いいえ、違うわ。新たな時代。そう、あたしたちに続く世代が安心して暮らせる国を創るために、皆と共にこの戦乱の時代を斬り開くと約束する! 皆の命をあたしに預けてほしいっ!!」


 エーリカは演説の最後に想いの丈をぶちまける。エーリカの前で整列している皆は手に持つ槍や弓を天へと振り上げ、エーリカを支え続けると宣言した。エーリカは皆の賛同を得たことで、またもや自然と涙が溢れてきてしまう。だが、生涯で泣くのはこの一時と、真に国を興したその時のみだと心に誓う。


「大魔導士:クロウリー・ムーンライト様。軍師として、今後、あたしたちが採るべき道を指し示してください」


 エーリカは演説を終えると、発言権をクロウリーに与える。クロウリーはコクリとエーリカに頷き、エーリカよりも前へと進み出る。クロウリーはまず、まだまだエーリカ率いる『血濡れの女王ブラッディ・エーリカ』の団は無名に等しいと言ってのける。


 そんな訳が無いだろうと言いたげな団員たちに、何故そうなのかとクロウリーは手短に説明をする。クロウリーの言うことはまさに正論の中の正論であった。この1年半の間に、精力的にツールガの港町を中心として、『血濡れの女王ブラッディ・エーリカ』の名を広める努力を団員たちはしてきた。しかしながら、その名が新王都まで及んでいないときっぱりと断言するクロウリーであった。


 そうだからこそ、いよいよもってして、エーリカ率いる『血濡れの女王ブラッディ・エーリカ』は新王都に向かわなければならぬと断じたのだ。その地で現状の自分たちの立場を知り、世の中の本当の流れを知り、さらには誰に向かって、自分たちの剣先を突きつけねばならないことを知らなければならないと言ってのける大魔導士:クロウリー・ムーンライトであった。

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