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第10話:家族の絆

――光帝リヴァイアサン歴128年 9月20日――


「エーリカ、パパが話があるから来てくれって言ってるぞ」


「ん、お兄ちゃん、良い所にっ! 本の虫とあだ名されてるお兄ちゃんだからこそ、妙案が思いつくかも!」


 オダーニの村はすっかり秋の風景に移り変わっていた。そんなとある日のこと、用事があるからエーリカを部屋から呼んできてくれとパパに頼まれたメジロトリーがエーリカの部屋に呼びに来ていた。だが、エーリカはパッと咲いた花のような可憐な笑顔で兄の登場を喜んでいる。


 メジロトリーは嫌な予感がするなあと思いながらも、エーリカの部屋の中へと入っていく。これが年頃の女子の部屋かよと言いたくなるようなエーリカの部屋であった。使い古したボロボロの木刀が数本、部屋の壁に立てかけてある。女の子らしい可愛いぬいぐるみなぞ、1体も見つけることが出来ない部屋であった。


 そんなおどろおどろしい部屋の机の上に何かを書いたメモが散乱していた。なんだなんだとメジロトリーがそのメモの数枚を手に取り、メモの内容を口にする。


「華の戦乙女団、可憐な舞鳥団、それに……麗しの美少女エーリカが率いる団ってなげーよ!」


「やっぱりダメよね、そういうの。わかりやすくて、さらに簡潔ってのが団の名前にうってつけだってのは理解してるんだけど」


 エーリカが自分に聞きたいことをなんとなく察するメジロトリーであった。要はエーリカが率いる軍隊の字名あざなを決めている真っ最中なのだと。確かに英雄譚では英雄が率いる軍隊にはかっこいい字名あざながつけられていることが多い。白虎団とか黒龍組とかそういったものだ。そして、その団名や軍隊名にちなんだ軍旗を掲げることが多い。


 世の中がどんどんきな臭くなっていく今、エーリカがこの村を出立して、世に羽ばたいていく時期が近くなっていると、本の虫であるメジロトリーですら肌で感じていた。ここは兄としてひと肌脱ぐ役目があるだろうと、エーリカの話を真剣に聞くことになる。


「エーリカ。こういうのは勇ましい名称にしておくべきだと思う。例えば、泣く子も黙るエーリカ団とかそういうのな」


「なるほどなるほど。あたし、キレイな方向で考えすぎちゃってたかも」


「そうそう。胸のサイズもつつましいちんちくりんのエーリカが首魁になるんだ。いくらエーリカが勇ましくても舐めてかかってくるやつは絶対に出てくる」


「お兄ちゃん、あとでタイキックね。それはそれとして、そうかー、あたし、背が低いほうだから、団の名前だけでも大層なのをつけたほうがいいよねー」


 エーリカは小柄ではあるが、日々の訓練により筋肉は十分についていた。すらっとした形の良い足であるが、そこから尻に向かって蹴り出されるタイキックはプロ顔負けの威力である。そのタイキックの被害者は7割タケルで、残り3割は実兄のメジロトリーや未だに情けないことを言う時があるブルースやアベルたちだ。


 メジロトリーは女子と仲良くなることに関して、どこか及び腰である。そんな根性無しの実兄を奮い立たせるためにもエーリカはメジロトリーの尻を思いっ切り蹴っ飛ばしたりしたこともあった。エーリカは普段、メジロトリーと仲は良いのだが、なめくじよろしくなうじうじしているときのメジロトリーは大嫌いであった。


 しかしながら基本、仲が良いエーリカとその実兄である。ああでもないこうでもないと30分ほど2人で思い悩むことになる。


「うーんうーんうーん。あたしの歩いた後は血の薔薇が咲くってのは?」


「いい感じだな。ブラッディローズ・エーリカか。でもちょっと長い気がするな……」


「んじゃ血濡れの女王ブラッディ・エーリカでどう!?」


「いいねっ! 血濡れの女王ブラッディ・エーリカかっ! それでいいんじゃないか!!」


「ありがとう、お兄ちゃん。これでやっと訓練にいけるよー。クロウリー様が宿題だから、それが終わるまで自室から出ずにしっかり考えておくことって念押しされちゃって……。もう少しでお尻と椅子が合体しちゃうところだったよ……」


「お尻と椅子が合体か……。確かそんな拷問器具があったな……」


「えええ!? そんな拷問器具なんてあるの!? 世の中、あたしの知らないことだらけだなぁ……」


 メジロトリーはどんな拷問器具だったろうと記憶を辿ることになる。だが、それはSMといったアブノーマルなプレイに使われる拷問器具であったことを思い出す。エーリカはさすがお兄ちゃん! と言いたげな顔をしているが、その拷問器具の真実を伝えるわけにはいかないメジトリーであった。そんなものがこの世に実際にあることを知れば、その被害者第1号はまちがいなくタケルさんだからだ。


「ごほん。2人で盛り上がっているところすまないが……。メジロトリー、わたしはエーリカに用事を頼もうとしていたのだが?」


「ご、ごめん、パパ。エーリカがめずらしく何か考え事に集中してたから、それの手伝いをしてたんだ」


「お兄ちゃんを責めないで、パパ。お兄ちゃんは立派にあたしの役に立ってくれたんだからっ! お兄ちゃんへの御叱りの半分はあたしが受けるっ!」


「いや、そんな叱ったりはせんよ。ただエーリカのために刀を打っているという話を以前からしていただろ? もう一度、エーリカのサイズを測り直そうと思ってな」


「パパのエッチー!」


「ご、誤解だ! 伸び盛りの娘なんだぞ、エーリカは!」


「ひっどーい! 伸び盛りとか言いながら、胸は育ってないけど……って顔してるー!」


 ブリトリーは息子のほうに助けてくれという顔つきになる。メジロトリーはやれやれと嘆息した後、エーリカにこと細かにパパが言いたいことを補足する。エーリカの伸長や体重に合わせて武器を作らなければ、エーリカが困ることになると。エーリカとしてはそういうのは使いこんでいけば慣れるものじゃないの? と思っていた節がある。


 世の中には道具は使いこめば使い込むほど手になじむという謎理論があるが、それは実はかなり間違っていると言えた。身の丈にあったものを正しく選んだうえで最初から使うことこそが正しいのだ。武器というものは命のやり取りに使われる。武器に慣れる前に命を奪われたのでは本末転倒だ。


 だからこそ、最初から自分にしっくりと合うものを選ぶことが1番重要だ。そしてそれが武器であるなら、出来るなら親密に相談に乗ってくれる腕の良い鍛冶師が近くにいてくれるがの1番だ。そうすれば戦いのたびに微調整を鍛冶師がおこなってくれる。だが、エーリカはオダーニ村から出立し、ブリトリーたちの手の届かないところへ行ってしまう。


 今のうちなのだ。ブリトリーがエーリカのためのエーリカだけの刀を打てるのは。そのためには娘からいくらエッチすけべ! と言われようが、押し通すしかないのである。


 エーリカはしぶしぶであるが、体重計に乗ったり、伸長を測ってもらったり、さらには巻き尺でウェスト、太もも、胸囲など、事細かに身体のデータを取ってもらうことになる。


「うう……。パパに丸裸にされちゃったよ、ママ……」


「ふふふ。それだけパパはエーリカの身を案じているってことですわよ。でもお得意のお客様相手でもそこまでしませんわよね?」


「うむ。1度、オーダニ村から出たのなら、出世するまで戻ってくるんじゃねえ! って頑固おやじっぽいことを言ってやろうと思っていてな。そしたらそしたらで、仕事が増えてしょうがねえ!」


 パパのその言いにエーリカとタマキはクスクス笑い合うのであった。エーリカは自分がこんなにパパに愛されてるんだなと誇らしさを感じずにはいられなかった。


「パパ。どんだけでもあたしのサイズを測ってくれていいからねっ! その代わり、パパはあたしのためだけの刀を打ってねっ!」


「おう、任せとけ。つっても、データを洗うのはメジロトリーの仕事なんだけどなっ。あいつの学者肌がこんな風に稼業の鍛冶仕事を改革していくことになろうとは夢にも思っていなかったわ」


 エーリカはへぇぇぇと感心するような声を出してしまう。エーリカが実兄のほうに顔を向けると、顔を赤らめた実兄がいた。実兄はわざとらしくゴホンッ! と咳をする。それを見て、ブリトリーがわしゃわしゃとメジロトリーの頭を強めに撫でて褒め称えるのであった。

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