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第8話:対ナラーン

 敵対心を大いに示すオダーニ村に対して、100の僧兵はすぐさま隊列を正しいものに直そうとした。しかし、その時間を与えるエーリカなわけがない。エーリカは鳴り響く太鼓の音を合図に松明を角にくくりつけた牛10匹を僧兵に向かって放つ。頭が熱くてしょうがない牛さんたちは暴れ牛となり、100の僧兵たちのど真ん中を突っ切る。その次に現れたのが5頭の農耕馬にまたがる騎馬兵であった。特にエーリカがまたがる農耕馬には白い布で覆われており、まるで白馬に乗った麗しい女騎士が現れたかのように目に映った。


 エーリカは馬上で皆に勝鬨かちどきをあげよと告げる。すでに勝敗は決したかのような大歓声に僧兵たちは尻もちをつき、手にもつ武器を放り投げ、みっともない姿のまま逃げ惑うことになる。エーリカたちは100の僧兵と一刃も交えずに勝ちを掴んでいた。


「エーリカ。この後どうする? もっと相手をこてんぱんにのすってのもありだぞ」


「タケルお兄ちゃん、わかった。ここで追い返すだけにとどめたら、たぶん今度はもっと兵数を増やして、オダーニ村にやってくると思うし。ここは鬼に徹するわ。全軍、ナラーンの僧兵をずたずたのぼろぼろにするわよっ! あたしに続きなさい!」


 エーリカの号令の下、武器を持った20人の若者組が逃げ惑う僧兵たちの群れへと突っ込んでいく。命ばかりはご容赦を! と地面に禿げ頭をこすりつける者もいれば、こんなところまで引き下がれるかっ! と崩れまくる僧兵たちを鼓舞する者もわずかにいた。混乱の境地に陥っている僧兵たちに向かって、エーリカたちは容赦なく肉薄していく。


「二度とオダーニ村にやってくるでないでござるっ!」


「ふぬぅ! 今宵の我が槍は血を欲しているぅ! さあどんどん斬ってやろうて!」


 ブルースとアベルは馬上で槍を振り回し、ばっさばっさと逃げ惑う僧兵たちを斬り伏せていく。そして、しぶとく撤退しない僧兵に向かって、農耕馬を真正面からぶつけ、吹き飛ばす。農耕馬はスピードこそ出ないが馬力はとんでもないものを持っている。その巨体をゆっさゆっさと揺らしながら、僧兵たちを吹き飛ばし、さらには地面に転がる僧兵たちを踏み砕く。


 あたり一面、血と肉塊の海となっていく。そんな中を白い布で覆われた農耕馬の口もとをの縄を引くタケルであった。農耕馬はかっぽかっぽとゆっくり進んでいく。もちろんその馬上にはエーリカの勇壮な姿があった。そんな気丈なエーリカに向かって、ナンマイダーナンマイダーとエーリカを菩薩の如く、崇める敗残兵たちがいた。エーリカはその者たちを縄で縛るように支援に徹している青年団に告げる。


 エーリカが向かう先は100の僧兵を率いていた隊将の下であった。その者を討ち取ってこと、この戦いは終わりを告げる。エーリカは馬上のままでゆっくりと血と肉塊の海を渡っていき、ついに僧兵の隊将を見つけるに至る。この隊将は明らかに他の僧兵たちと着ている装備に違いがあった。


「鮮やかなる戦法、お見事でござそうろう! ナラーンからはるばるここまでやってきた甲斐があったわけだっ! いざ、尋常に勝負せよぉぉぉ!」


 その隊将は先を行ったブルースとアベルに捕縛されていた。両手両足をふたりに拘束されているというのに、豪胆にもエーリカへ一騎打ちを申し出たのである。ブルースとアベルはどうするんだ? という顔つきになっていた。そんなふたりにエーリカは目で語る。そして、馬上のままにその隊将にこう告げる。


「隊将自らが一騎打ちで決着をつけようとする心意気は認めるわっ。でもあなたはすでに敗残者よ。よって、あたしの名代として、あたしの親衛隊長と一騎打ちをしてもらうわ。あなたが勝てば、無事にナラーンへ帰れるように手筈を整えるわ。タケル、任せたわよ」


 エーリカはそう言うと、自分の馬を引いていたタケルに後を任せることにした。ブルースとアベルが僧兵の隊将を拘束するのをやめるや否や、その隊将は地面に転がる薙刀を手にする。それを上段構えから一気に下へと振り下ろそうとした。


 だが、タケルの腰の左側に履いた鞘から光が解き放たれるや否や、その隊将の両手首から先が宙を舞うことになる。タケルがチンッと軽快な音を鞘から鳴らした後、数秒後、隊将の両手と薙刀がドスンと音を立てて、地面に転がり落ちることになる。


 エーリカは思わず、ほぉあ!? と素っ頓狂な声をあげそうになったが、その声が喉の奥から出ないように努める。その代わりとなる声を細い喉から出す。


「勝負ありね。では、その命を持って、オダーニ村を襲った代金とさせてもらうわ。でも、安心して。あなたのむくろをいたずらに傷つけたりはしないと約束するわ」


 エーリカはそう告げた後、ようやく馬上から降りることになる。隊将は青白い顔になり、両膝を地面につけていた。それでもナンマーンダーナンマーンダーと消え入りそうな声で呪文を唱え続けた。エーリカは親衛隊長から槍を預かり、その槍を両手に持ち直し、力を込めて僧兵の隊将の左胸に突き刺すのであった。そうすることでようやく隊将は呪文を唱える力を失っていくのであった。


「僧兵たちの遺体を収容してね、皆。いくら敵だったからといって、死後まで辱めをおこなっては駄目よ」


 オダーニ村での僧兵襲撃事件はここで幕を閉じる。数日後、オダーニ村の代表者であるカネサダ・キュウジョウの下にナラーンからの使者が到着する。先日の詫びと出来る限りの遺体を引き取らせてほしいとの願いであった。カネサダは快く、その注文を聞き入れる。そして、そのナラーンの使者に手土産と称して、先日の僧兵の隊将の首級くびが入った桐箱を持たせたのが、大魔導師:クロウリー・ムーンライトであった。


「ねえ、ナラーンの使者がおっかなびっくりって感じでクロウリー様とやりとりしてたけど、もしかしてまーーーた偽名でナラーンとやり取りしてたの?」


「はい、その通りです。先生の本名は遠くテクロ大陸でも超有名ですからね。相手を油断させるにはまずは身振りからです。大変、驚かれてましたよ、ナラーンの使者さんは」


「悪趣味ー。クロウリー様が偽名を使うのは半分、趣味なんでしょ?」


「趣味と言われるのは少しばかり傷ついてします。わけあってやっているわけでして、決しておふざけでやってるわけでありませんので……。いやどうなんでしょう、タケルくん???」


「こっちに振るなつーの。エーリカ、俺が代弁するのもなんだが、一応、訳ありみたいだからさ。あんまり悪く言ってやらんでくれ」


「ふーん。男の友情ってやつー? 嫉妬してもいいところー?」


「いやだから……。まあいいか。話を戻して、エーリカ、よくやったぞ。3年前のアレが奇跡じゃなかったっていう証明にもなったぜ」


「えへへ。もっと褒めてくれていいんだからね!」


 タケルはそう言うと、エーリカの頭をぽんぽんと軽く撫でる。エーリカは破顔しつつ心地よさそうにタケルお兄ちゃんに褒めてもらうのであった。


 今回のナラーンとの間に起きた騒動においてエーリカのいくさの手腕は本物であることを証明した。オダーニ村の近隣ではエーリカの名がまたしても轟くことになり、その勢いをもってして、ナラーンによるこの地方の掌握を頓挫させたのだった。


 エーリカの名声は少しづつではあるが、ホバート王国に知れ渡っていく。エーリカが待ち望んでいる【時】はほどなくしてやってこようとしていた。それは自然とそうなったわけではない。エーリカやその仲間たちが自分の手で勝ち取ったものだ。


 エーリカが待ち望んている【時】とは兄王と弟王との紛争が本格化することを指しているだけでは無い。どちらかの勢力からお声掛けをしてもらうことも指す。ナラーンとのいざこざが起きるように仕向けた大魔導師:クロウリー・ムーンライトはこの策が上手くはまったことに満足げであった。


「今宵の月はキレイですね。エーリカ殿の完勝を祝福しているかのようです。さあ、タケル殿、一杯どうぞ」


「ありがとうよ。でも、エーリカには驚かされたぜ。一騎打ちを俺にご指名してくださるとはなっ。そんなこと教えた記憶なんて無いんだが?」


「匹夫の勇と将の勇の違いをしっかりわかっているからこその手配なんでしょう。あの差配加減こそ、エーリカ殿の才能の高さと言えます。あと、タケルくん。昼行灯らしく引き分けっぽく相手に華を持たせても良かったところ、バッサリやっちゃったみたいですね?」

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