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第7話:ナラーン兵

「ふむ。10倍の敵を相手にしてどうやれば勝てるのか? よろしい、それではさっそく、実戦で出来るかどうか試してみましょう。ちょうどいい所に呼んでも無いお客様が現れましたので」


 タケルお兄ちゃんに聞いてもらちがあかないと思ったエーリカはこの時間帯ならオダーニ村を散策しているであろうクロウリーを探しにタケルお兄ちゃんと共に家を出る。10分も探していると、目当ての人物を見つけ出す。クロウリーはこのオダーニ村で1番見晴らしが良いセツラの家の近くの小高い丘の上にいたのだ。


 クロウリーはその小高い丘の上からとある方向を指さす。なんだなんだとエーリカとタケルはクロウリーが指し示す方向を見た。するとだ。100人近くの武装した僧兵たちが何か念仏を唱えながら、まっすぐオダーニ村へやってくるのが見えた。


「ねえ……。明らかに友好的な感じがしないんだけど……」


「はい。調子こいたナラーンがここ最近、オダーニ村やその周辺に税の徴収をおこなうようになったのです。オダーニ村は兄王:イソロク・ホバートを支持しているため、税を納める相手はイソロク・ホバート様だけだと、ナラーンの要請をつっぱねてきました」


「じゃあ、ナラーンは力づくでオダーニ村を屈服させにきたってこと!? そんなの寝耳に水よ! あたし、若者組と青年団にこのことを伝えに行ってくる!」


「安心してください。すでに先生の使い魔であるコッシローくんにそれは頼んでいます。エーリカ殿が今やらなければならないのは、あの武装集団をどう追い返すかを考えることです」


「考えるったって、時間が無さ過ぎるわ! ここから見えるってことは30分くらいでオダーニ村に到着しちゃうってことなのにっ!」


「エーリカ殿の覇道において、こういうことはこれから先、日常茶飯事となります。常在戦場。エーリカ殿は常に皆の安全と勝利を考えて、さらに素早く果敢に行動しなければなりません。ですが、さすがに今回は急すぎますので、先生もお手伝いさせていただいているというわけです」


 なるほど……とエーリカは思ってしまう。さすがは近隣の情報をつぶさに得ているだけはあると思ってしまう。いつかはナラーンがこのような強硬策に打って出てくるなど、クロウリーにとっては予想通りだっただけなのだ。


 だが、そうなるであろうことを匂わせるだけにとどめていたクロウリーであった。ひとの真価、ひとの本性というのはこういう緊急事態の時こそ、明らかになる。エーリカの資質を改めて知るための機会としたのだ、クロウリーは。


 エーリカは最初、慌てふためいていたが、すぐに落ち着きを取り戻す。先ほどの様子が嘘かのように小高い丘の上からオダーニ村へ向かって前進してくる100の僧兵たちを狩人のようにじっくりと観察した。


「相手はたかだか1000人の集落でしかないオダーニ村をなめ切っているわけね。どうせたいした防衛施設も築かれていないだろうと。ちょっと脅せばすぐに税を支払うと思っている。そんな感じがありありとあの行軍の様子から見て取れるわ」


 さすがです、エーリカ殿とばかりにクロウリーはうやうやしくエーリカに向かって一礼をする。やはりエーリカ殿は乱世で羽ばたくために生まれてきた御仁だと思ってしまう。クロウリーはオダーニ村の防衛施設の状況、すぐに動ける人数、そして今までのナラーンとの交渉を軽く説明するのであった。


「わかった。クロウリー様って意地が悪いわね。あたしのために実戦の機会を作ってくれたってわけね。じゃあ、あたしはクロウリー様に飽きられないよう、あたし、いえ、あたしたちの実力を見せつけてあげるわっ! タケルお兄ちゃんいくわよっ!」


「ええっ!? 俺ってなんかの役職持ちだったっけ!?」


「そう言えばそうね。じゃあ、今から任命するわっ! あたしが怪我したらパパが怒りくるっちゃうから、あたしが怪我をしないようにあたしを護る親衛隊長ってことで。あたしの身体に傷がついたらタケルお兄ちゃんに責任取ってもらうからねっ!」


「タケル殿。頑張ってくださいね。嫁入り前のご息女が傷ものにされたとなれば、吊るし首から人生の墓場に埋められる刑に処されることでしょう。いやあ、タケル殿も年貢の納め時ですねっ!」


「うるせぇ! よっし、こうなりゃ、とことんやってやろうじゃねえかっ! エーリカを傷つけようとするやからは全部、俺が吹っ飛ばしてやるぜっ!」


 エーリカはやる気満々のタケルを連れて、若者組が集まる施設へと歩を進めていく。そんなエーリカたちを見送ったクロウリーは再び、小高い丘の上から見ることが出来る100の僧兵に注視する。彼らはまるで遠足気分である。まともな隊列も組まず、思い思いにオダーニ村への道をのぼってくる。そんな彼らに対して、鋭い一撃となる策をいくつも頭の中で思い描く。


 クロウリーが夢想で楽しんでいる間、エーリカたちは若者組が集まる施設に到着すると、そこにいる面々に矢継ぎ早に指示を出す。そうした後、青年団が集まる施設に足を運び、借りれるものをありったけ聞きだす。


「すぐに用意出来る武器・防具は20人分。あとは農具。そして農耕馬や牛さんたちね。昇り旗とか無いのかしら? お祭りに使うものでもいいんだけど」


「そんなもん、なににつかうんだい? 白旗を掲げるためにおあつらえの長さがあるからかい?」


 青年団のひとりがエーリカにそう質問する。エーリカはふるふると左右に首を振る。エーリカは英雄譚が好きなだけはあり、こちらの人数を多く見せるためにはそういったのぼり旗や大量のかがり火でごまかすという戦法があることを知っている。今回は昇り旗、そして近隣との緊急連絡に使う狼煙のろしを使うことにした。


 エーリカに指示された青年団はそんな手が通用するのか??? と頭の上に疑問符を浮かばせる。だが、エーリカはやってみればわかると断言し、その力強い言葉に押されて青年団は素早く動き出す。


 オダーニ村に向かっていた100の僧兵があと5分もすればオダーニ村の入り口に到着する距離まで来ていた。税だけでなく若い女や美味い酒も徴収してやろうとさえ思っている不届き者もいた。だが、にやける彼らの顔は一瞬で氷つくことになる。


 それもそうだろう。いきなりほら貝がオダーニ村から聞こえてきたかと思えば、前方に見えるオダーニ村のあちこちで軍旗のようなものが立ち上がった。さらには10本以上の狼煙のろしが青空に向かって立ち上っていく。このオダーニ村の動きはナラーンに対しての明らかな敵対行為であることは明白であった。


 この村とナラーンとの交渉相手として、ケプラー何某という人物がここ1年に数度、ナラーンに訪れていた。彼はきっぱりとうちの村は兄王様の庇護下にあるため、そちらの言い分を受け入れる気はこれっぽっちも無いと豪語していた。そして、ここ最近の交渉では力づくでもいいですよ? と挑発してきたのだ。


 こんな田舎にある1000人程度の集落にわざわざ100もの僧兵を遣わすことになったのは、言いたいことを言わせたままではナラーンの権威に傷がつくからである。小者相手にムキになるほうがおかしいという理論があるが、強者を侮る者は一切容赦しないという理論も確かに存在する。


 そして、このオダーニ村を中心とした村々はオダーニ村がそう言うのであれば自分たちは兄王を支援すると言うようになってきていたのだ。これはもう見過ごせないと判断したナラーンのお偉いさま方は、その首魁となっているオダーニ村にお仕置きが必要だと判断した。


 しかし、ナラーンは油断していた。この近隣に住む者ならだれでも知っている事実を知らなかった。オダーニ村には英雄がいたのだ。3年ほど前に300人の賊徒が大暴れしたとき、その300人の賊徒をたった20人ほどで撃退したエーリカという人物のことを知らないままでいた。

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