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第6話:誕生日

――光帝リヴァイアサン歴128年 5月11日――


「エーリカ、誕生日おめでとう! これ、俺からの誕生日プレゼントだ!」


「うわあ、タケルお兄ちゃんありがとう! うおおお! これまた見事な木刀ね! 高かったんじゃないのぉ!?」


「世の中がどんどんきな臭い感じになってきてんだっ! エーリカには今まで以上に訓練に励んでもらわないとなっ!」


「ありがとう、タケルお兄ちゃん! 1日にでも早く手になじむように毎日素振りしとくねっ!」


「なあママ……。世の中のどこに誕生日プレゼントに木刀をもらって喜ぶ17歳の女子がいるんだ???」


「あらあら。さすがのわたくしもドン引きしてしまっていますわ。でも、タケルさんはよくエーリカのことを見ているのですね。わたくしたちからのプレゼントを出しにくくなっていますわ」


 エーリカのパパとママからのプレゼントとは王都の書店から取り寄せた【図解:これであなたも一流の兵法者!】という書籍であった。本と言えば本の虫ことメジロトリーの出番である。英雄伝と兵法書のどちらにしようか悩んだ末、今ならもっと実用的な本のほうが良いだろうと落ち着いたのだ。


「ごほんっ。エーリカ、パパとママ、そしてメジロトリーからの誕生日プレゼントだっ。タケルくんに負けず劣らず、エーリカの役に立つはずだっ」


「うわぁ! ホバート王国の速き彗星とも言われてるゼクロス・マークス将軍直筆サイン入りの軍学書だぁぁぁ! パパ、ママ、そしてお兄ちゃん、ありがとう! ページのインクが擦り切れて読めなくなるくらいに読みまくるわねっ!」


 エーリカの喜ぶ姿を見て、こころの中でガッツポーズを取るブリトリーであった。どこの馬の骨ともわからないタケルなぞにエーリカの誕生日プレゼントのことで負けていられるわけがない。


 実際の所、タケルのオダーニ村での評判はブリトリーの心証のように悪いわけではない。むしろ良いほうだととらえてくれるひとも多かったりする。ちょっとした雑用でもあいあいさー! と前向きにこなしてくれるし、畑の収穫の手伝いにもちょくちょく顔を出してくれる。どちらかというとこの男の相方であるクロウリー・ムーンライト様のほうがよっぽど何をしているかわからなかったりもする。


 しかしながら手塩にかけて育ててきた可愛いエーリカの存在がゆえに、タケルを良く思いたくないという父親ながらの意地があった。妻からは買い物袋をしょっている時にタケルが半分持ってくれて助かったという話を何度も聞かされている。だが、それは自分に対する点数稼ぎだと無理やり自分に誤認識を与え続けた。


 人間というのは不思議な生き物で、相手の粗を探そうとするときは、なんでもネガティブにとらえてしまう。そしてそのネガティブは嫉妬という感情もないまぜになっていき、自分自身、それが本当の性格から出てくるただの善行だったとしても、うがった目で見てしまうように習慣づいてしまうのだ。


 こればかりはどうしようもない。エーリカから見れば、家庭教師のお兄ちゃんかもしれないが、ブリトリーから見れば、年頃の娘にまとわりつくハエに見えてしょうがないのだ。出来ることならエーリカの誕生日を一家団欒で過ごしたい気持ちであった。


 だが、タケルを無理やり追い出そうものなら、自分の隣に座る妻がタケルの代わりに自分を家から外に叩き出してしまうことをわかっている。内心、おもしろくないとは思いつつも、プレゼントをもらって喜んでいるエーリカに免じて、今日だけはタケルも一緒にエーリカの17歳の誕生日を祝うことを許すのであった。


「ごめんくださいー。エーリカさんはいますかー?」


「この声はセツラお姉ちゃんだ! もしかして何か持ってきてくれたのかなっ! ちょっと席を外すわねっ!」


 エーリカはそう言うと、茶の間から飛び出していき、玄関へと急いで向かっていくのであった。茶の間に取り残されたエーリカ一家とタケルであった。


「すいませんねえ。17歳になったというのにまだまだ元気いっぱいで女子とは思えない娘で」


「いえいえ!? あれくらい元気じゃないと逆にこっちが困るというか。おしとやかなエーリカなんて想像出来ないというか」


「でも、もう17歳ですわ。少しくらい大人の女性っぽくふるまっても良いと思いますの。あんな感じじゃ、エーリカを嫁にくださいって言ってくれる殿方は当分、現れそうになさそうなので……」


「いらんいらん! エーリカに婿むこなどまだまだ早いっ! タケルくん、エーリカに悪い虫がつかないようにちゃんと見張っておいてくれっ!」


 ブリトリーのこの言いにあらあらまあまあとおかしそうに笑うタマキであった。いつもタケルくんこそがエーリカにまとわりつく悪い虫だと言っているのに、こういう役目をタケルくんに任せてよろしいの? とつい口から言葉が出そうになる。


 しかしながら喉から出掛かった言葉を腹の奥まですっと落とすのが大人の女性だ。笑顔のまま、パパとタケルくんとのやりとりを聞き続ける体勢を取る。


「クロウリー様のもたらす外部の情報をカネサダ殿が精査し、その後、カネサダ殿を通じて、村民に知らされるのだが、エーリカの出立も近しいのだろうなと日々、強く思うようになってきている。タケルくん、エーリカが無茶をしないようにしっかり見守ってやってくれえ……」


「あれ、かなりもう酔ってたりします? いつもなら、お前にエーリカの良さの何がわかるっ! って怒鳴りつけてくるのに」


「ばっかもーん! これが飲まずにいられるかっ! 大人の仲間入りまであと1年だぞっ、エーリカはっ! 自分にとってはまだまだオシメが取れてない頃のエーリカがいつも脳裏をよぎるのだっ! タケルくん、エーリカに何かあったらちゃんと責任をとってくれよっ!」


「ちょっとパパ。玄関にまで声が届いてるわよー。セツラお姉ちゃんたちがおかしそうに笑ってたじゃないのぉぉぉ」


「おお、わたしの可愛いエーリカっ! ようやく戻ってきてくれたかっ! よーしよーしよしよし。今日はたくさん甘えてくれていいんだぞっ!」


「パパ。かなりもう酔っているでしょ。あと甘えるっていってももう17歳よ、あたし。大人の仲間入りまであと1年しかないんだもん。出来ることを今のうちにどんどん増やして、パパに甘えることをどんどん減らしていかないとだもん」


「そんなことを言うなー。パパ、悲しくなっちゃうだろー」


 ブリトリーはそう言うと、隣にいるタマキに抱き着き、泣き上戸を発揮してしまうのであった。ブリトリーは酔うといつもこんな感じである。甘えてきなさいと言いつつ、結局、ママに甘やかしてもらう立場になってしまう。しらふの時には決してエーリカには見せない姿であった。


「エーリカ。パパをあやしておきますので、エーリカはタケルくんと一緒に自室に戻りなさいな」


「はーいママ。んじゃ、タケルお兄ちゃん、行こうか! いつもの家庭教師、おねがいねっ! 誕生日だからって、1日中、休んでいるわけにはいかないから!」


「ママ、エーリカが自室に男を連れ込もうとしているっ! パパ、悲しい!」


「はいはい。世迷言はそこまでよ。タケルくん、エーリカ、ささっと自室に向かいなさい。パパはここで抑えておくから。メジロトリー、パパを抑える手伝いをしてね?」


「はーい。エーリカ、それとタケルさん。ここはぼくに任せてください。いつまで経っても娘離れ出来ないダメ親父ですいません」


 エーリカとタケルはタマキとメジロトリーに促され、エーリカの自室へと避難するのであった。そして、もらったばかりの書籍を広げ、タケルと兵法について議論を交わすのであった。


「ふむふむ。いくさはどうやって敵を欺くかが肝要と……。時には自分を弱く見せ、相手を思いあがらせる。時には兵を少なく見せて相手の油断を誘うかー。でも、あたしたちの軍って、相手よりも少ない場合が多くなりそうな気がするなぁ」


「そういう時は少ない兵をいかに多く見せるかが肝要なんだよ。知ってるか? 大昔の英雄のなかには相手のほうが10倍も人数が多いのに、なんとその10倍の敵を包囲して、さらには殲滅しちまったって話」


「それはさすがに話を盛っている気がするのよねえ。相手は10倍よ、10倍。そんな数相手にどうやって包囲殲滅作戦を展開するのよ? 逆に負けたほうにどうやったら負けたのかを聞きたいくらいだわ」

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