目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第5話:婿候補

 エーリカとクロウリーは肘でタケルの腹の両側を軽く小突く。タケルが挙動不審になったので、もう一度、肘で腹を小突くのであった。タケルはがっくりとうなだれたあと、この場をどうにか切り抜けるのは自分自身だと気持ちを改める。


「セツラさんにはエーリカを始めとして、よくよく面倒を見てもらっています。それこそセツラさんがいなければ、男のほうがよっぽど多い若者組や青年組もうまく回っていないと思います」


「うちの娘は手厳しく育てたからなあ。タケル殿だけでなく皆があの娘に頼ってくれるのは、そう育てた甲斐があったという父親冥利を感じてしまう。ただまあ誰に似たのかああ見えて強情な部分があってだなぁ。娘の婿むこになりたいという者がこの村からは現れない気がするのだ」


「あっ、それならうちのお兄ちゃんがって……。いや、なんでもないです! 撤回します!」


 エーリカはセツラお姉ちゃんにアタックを仕掛けた自分の実兄の名前を出そうとした。しかし、ニコニコ笑顔のカネサダを見て、エーリカは失言しかけたことに気づく。急いで自分の言を喉の奥へと引っ込める。エーリカは今の今までセツラお姉ちゃんに想い人がいることなど考えたことも無かった。彼女の父親であるカネサダからの口ぶりから察するに、娘とタケルの仲を取り持とうしていることがわかる。


(セツラお姉ちゃんって今年で18歳だもんね……。そろそろ良いひとのひとりやふたり、見つけておかないとのちのち大変なことになるもんね……)


 エーリカはこのオダーニ村から出立する際はセツラも連れていく気満々であった。セツラには歳が離れた兄がおり、この神社の跡取りはその兄だとかなり前から決まっている。カネサダは自分の仕事の半分を自分の跡取り息子に任せている。あとはその兄が約束相手と結婚式を挙げるだけだというところまで進んでいた。


 そして、カネサダの今の心配はもうひとりの自分の子供であるセツラの婿むこだということは想像に難くない。エーリカはなんとなく面白くない感情がふつふつと湧き上がっていた。


(セツラお姉ちゃんとタケルお兄ちゃんが夫婦かー。なんか釈然としないなあ。普段のタケルお兄ちゃんを見ているあたしとしたら、うちのお兄ちゃんのほうがよっぽどセツラお姉ちゃんと上手くやっていけそうな気がするんだけどなぁ~~~)


 タケルはクロウリーを交えて、カネサダと談笑していた。その傍ら、エーリカは物静かにタケルお兄ちゃんとメジロトリーお兄ちゃん以外でオダーニ村のひとでセツラお姉ちゃんとお似合いのひとがいないか考えてみる。


(ブルースとアベルのお兄ちゃんたちは昨年、揃って結婚しちゃったし、あの2人は該当しない。となるとセツラお姉ちゃんと同い年の狩人のロビンとかどうなんだろう。うーん待って、セツラお姉ちゃんってけっこう手厳しいからなぁ。そういう色恋沙汰に発展したくないって雰囲気をあたしのお兄ちゃんとの事件のあと、すっごく匂わすようになっちゃったし……)


 エーリカはあのひとでもないこのひとでもないと、思考の迷路に陥ってしまう。そのため、セツラに声を掛けられた時に、つい、ひゃぃ! と可愛らしい驚きの声をあげてしまうことになる。


「どうしましたの? 何かひとりぶつぶつと呟いていましたけど」


「な、なんでもないっ! どうでもいいことでもないんだけど、ちょっとひとりで考えたいことがあってね!? セツラお姉ちゃん、お茶ありがとう!」


「ふふふっ。おかしなエーリカさんですこと」


 セツラはテーブルを前に座る面々にお茶とお茶請けを出すと、自分の座る場所を決めて、そこに着席するのであった。今まで朗らかに談笑していた面々であったが、役者が揃ったとばかりに本題へと移るのであった。


「まずはエーリカくんのご要望通り、うちから軍の指揮用の太鼓を貸し出そう」


「ありがとうございます! 大切に使わせてもらいますね!」


「ははは。祭りと儀式のときくらいしか使わなんだものだ。もっと皆の役に立てるというのであれば、この村の責任者としての責務をまっとうできるというものだ」


 カネサダはセツラにあとで太鼓が保管されている場所にエーリカを連れて行くようにと頼む。その後、もうひとつの仕事であるオダーニ村周辺の情報をクロウリーたちから聞くことになる。クロウリーはタケルを促す。促されたタケルはテーブルの上に1枚の地図を広げる。この地図には北はツールガ、西はザカイ、南はイッセイまでが収まるオダーニ村を中心とした一地方が一目でわかる地図であった。


 その地図の数か所には赤いバツ印が描かれていた。そのバツ印をひとさし指で指さしつつ、クロウリーはオダーニ村周辺の情報を開示する。


「なるほど……。ホバート王国の台所であるザカイとテクロ大陸との玄関口であるツールガを兄王様は抑えることに成功はした。しかしながら南のイッセイとその周辺は弟王が占拠せしめたと……」


「はい。ホバート王国の本州にある3つの大港町のうち、ふたつは兄王:イソロク・ホバート様が。しかしながらもうひとつの大港町であるイッセイまでも渡してなるものかと弟王:タモン・ホバート様が抑えてしまいました。そして、ザカイから西側は常に兄王と弟王がこの国の主権争いを行っているようです」


 ホバート国の先代の王:イソロク・ホバートが崩御してから2年が経とうとしていた。しかし、その次代を担う王は未だ確定していなかった。各地方で兄王と弟王のどちらかに着くかという争いが毎日のように繰り広げられている状況であった。国を真っ二つに割るような大きないくさには発展してはいないが、小競り合いは毎日どこそこかで起きている。


 大きな町や大きな領地の支配権を持つ有力地主たちは神経質に兄王と弟王の勢いを観測していた。オダーニ村を含む地方で言えば、兄王が有利と見たのがツールガとザカイの港町であった。しかしながら全てが兄王有利と見たわけではない。オダーニ村から南方に下ったところにあるイッセイの港町は弟王を支持すると宣言したのである。


 そしてこの地方にはもうひとつ大きな地主が支配する土地があった。そこはナラーンというこのホバート王国の宗教の総本山とも言える門前町があったのだ。そこの地主は未だ情勢は定まらずと兄王と弟王のどちらにも加勢していなかった。


「ふむ。さすがは総本山のナラーンならではの立ち回りか。自分たちが組する勢力が大きく優位に立てると踏んでの吹っ掛け時と読んでいるのかもしれぬな」


「そうかもしれませんし、そうとも言い切れない部分がありますね。先生としては宗教の総本山ならではの独立性と権威を強めたいがための中立の立場を貫いているのでは? といぶかしんでいます」


「さすがは光帝様の補佐を代々排出していると自負しているナラーンならではあるな。クロウリー様の見解が正しい気がしますぞ」


「まああくまでも想像なんですけどね。しかしながら、兄王と弟王だけの争いで収まってほしいものです。ここでナラーンが出しゃばれば、それこそナラーンが第3勢力となって、ますますこの国は混乱していくだけですから」


 クロウリーの心配はここから先1年後あたりに当たることになる。ナラーンは宗教的見解から言わせてもらえば、ホバート王国の正統な王へのお墨付きはナラーンの最高権威者が認めた人物でなければならないとのたまったのだ。この宣言により、多額の金がナラーンへと流れ込むことになる。


 言わば国王としての正統性を金で買おうとしたのだ、兄王と弟王の両方が。濡れ手にあわとはまさにこのことだ。流れ込んできた金を使って、ナラーンは城塞都市へと一気に様変わりしていく。古い仏閣を建て直す前に天然の要害地であるナラーンをさらに強固なものへと変えていく。


 力をつけすぎた宗教勢力がどうなるかは歴史が物語っている。ナラーンは兄王と弟王の両方から目の上のたんこぶだと認識されるまでの勢力となる。しかし、そんな2人の王をしり目にナラーンはさらに貢物を両方の王へ要求した。ついにはナラーンは兄王と弟王両方を同時に敵に回すことになる。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?