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第13話:精霊

 エーリカとその仲間たちは来る日も来る日も訓練に精を出していた。時には農耕馬を借りて、騎乗の練習なども行っていた。今も昔も兵士の訓練と言えば、剣術に始まる武器術、そして馬術。さらには衣服を着たうえでの水練も欠かせない。エーリカたちには時間がいくらあっても足りないくらいであった。


「しっかしエーリカの2年前の賊徒相手の大立ち回りに惚れた連中がけっこう増えたもんだなぁ。あの可愛かったエーリカがどんどん俺から離れていってる気がしてならねえよ」


「それ、エーリカ殿の御父上に聞かれたらグーパン喰らいますよ? それはこっちの台詞だ! って。タケル殿は相変わらずですね、狙ってやってるのかはわかりませんが、エーリカの御父上を不快にさせる天性の才能をお持ちですよ」


「なんか風当たりが強いんだよなぁ。いやしかしあの賊徒相手の大立ち回りから早2年かー。ここらでいっちょ、実戦の厳しさってもんを教える機会が欲しいもんだが……。クロウリーは何か妙案をお持ちじゃないんでしょうかね?」


「そうは言われましてもねえ。オダーニ村周辺で言えば、世が乱れてきたことを象徴するかのように魔物を発見したという報告がちらほらとは小耳に挟んでいます。個人の武勇を高めるって点では魔物討伐は良いんですが……」


「そこだよなぁ。個人個人の武勇が高まるのは決して悪いことじゃない。でも俺が想定しているのは対ヒト、もしくは対軍隊だ。魔物がヒトのそれを真似するようなのはホバート王国で聞いたことねえからなぁ」


 クロウリーが小耳に挟んだ魔物目撃情報とは、小鬼ゴブリン豚ニンゲンオークが10数匹でひとつの群れと為して、田畑を荒らしているという程度であった。小鬼ゴブリン豚ニンゲンオークはヒトと同じく武器を使ってくる。だが、ヒトが為す軍隊とは似ても似つかない。そんな低レベルな相手を訓練として利用しても、変な自信を身に着けるだけになる。それこそ生兵法は怪我の元となってしまう危惧があった。


 ああでもないこうでもないと実戦に近しい軍隊同士の訓練をエーリカにどう積ませるか? と思い悩むタケルとクロウリーであった。そしてふと、タケルの脳にズキリと痛みが走ることになる。


「あーあれだ。何かの記憶なんだろうが、クロウリーって木偶人形を操作出来なかったっけ?」


 タケルはこめかみに右手の指を当てつつ、クロウリーがかつて自分に見せてくれた魔術を思い出そうとした。タケルは頭痛をこらえながらたどたどしくクロウリーに自分にはこういうイメージがあることを伝える。


「ああー。パペット魔術ですか。使役術の一種ですね。案山子を殴っているよりかは練習にはなりますねえ。しかし、その木偶人形をどこから仕入れてくるかなんですが……」


「うーん。小鬼ゴブリン豚ニンゲンオークの死体を使うってのは? だめか?」


「そっちは死役術ですね。召喚士の分野になりますので、先生としては専門外となってしまいます。しかしながら召喚士に頼るのは良い手かもしれませんね。ゴーレム軍団を作ってもらえばいい練習相手になります」


 クロウリーはそう言うと、自分の脳にアクセスし、該当する人物がいないかと探りを入れる。そして該当する人物の名前を思い出すや否や、その人物に向かって魔術でコンタクトを試みる。


「ヨン・ウェンリーくん、お久しぶりでーーーす。50年ぶりくらいのコンタクトでしょうか? 今からこっちに来て、ちょちょいとゴーレムを製造してくれませんか? え? お前こそどこに居るんだって? そんなのホバート王国に決まっているじゃないですかぁ! あっ……、コンタクトを強制的に切られました」


 クロウリーが誰もいない方向を向いて、ひとりでしゃべり出し、さらにはそのしゃべりが急に止まり、非常に残念だという顔つきになっていた。タケルとしてはいきなりとち狂い始めてどうしたんだ? という顔つきになっている。


「いやあ……。大精霊使いのヨン・ウェンリーくんに今からこっちに来てくれないかとお願いしたのですが、一方的に通心を切られちゃいました。先生、何かあの方にひどいことをした記憶がここ50年の間には無いんですけどねぇ……」


「50年前にはあったんじゃねえのか?」


「それはもちろんありましたよ。4人の偉大なる魔法使いたちはお互いを研鑽し合う友であり、それと同時にライバルですので」


「ほーん。じゃあ、ゴーレムでどうとかってのはお流れってことか。つっかえねーなぁ!」


 このタケルの一言にカチンと来たのが大魔導師:クロウリーである。そもそも木偶人形を操作するパペット魔術で軍隊を模倣しようものなら、クロウリーでもさすがに疲弊してしまうのだ。だからこそ、自分が疲弊しないためにも召喚士の最上位の存在である大精霊使いを頼みにしたのだ。


 最近、明らかにダレきってるタケルにつかえねー! とは言われたくはない。クロウリーはなんとか自分の疲弊を抑えつつ、軍隊の模倣となるようなことができるすべを考えてみた。


 そんなクロウリーに対して、いきなり通心が入ることになる。


「え? ええ。ああ、なるほどなるほど。さすがは我が親友まぶだちのヨン・ウェンリーくんですね。どこぞの馬の骨のタケル殿とは大違いですよ。ああ、そうですよ。タケル殿は今、先生と一緒にいます。えっ? タケル殿のほうに通心が繋がらないかって??? いやあ、保証しかねますよ、タケル殿の頭が破裂しても先生の責任ではありませんからね?」


「おいっ! どこ見ながら誰とぶっそうなことをしゃべってやがる!? 俺は嫌だぞ!? 意味不明に頭が弾け飛ぶなんてよぉ!?」


「だそうです。はいはい、わかりました。貴重なアドバイス、どうもありがとうございした。では失礼いたします」


 クロウリーはヨン・ウェンリーなる人物との通心を終えるとタケルのほうに身体ごと向き直し、良い方法が見つかったとタケルに告げる。タケルはいったいどんな方法があるのだろうかと、クロウリーの次の行動を待った。そうするとクロウリーは何もない空間に手を突っ込み、ごそごそと漁り出し、そこから何かを取り出すのであった。


「お、おまえ。あーーーー!! 名前が思い出せねえ。こ、こ、こ、までは喉から出るんだが!!」


 クロウリーが何もない空間から手を取り出した後、その手の上に乗っていたのはネズミにしては大きすぎる白大ネズミであった。そいつはちゅっちゅっちゅと意味深な口ぶりをさせながら、ひさしぶりだっちゅうとタケルに挨拶をするのであった。


「ふぅ~~~。かれこれ30年振りくらいに自由の身になったのでッチュウ。クロウリー、お前、ぼくのことをすっかり忘れていたッチュウね?」


「やあ、コッシロー・ネヅくん、お久しぶりです。精霊術のことは精霊に聞いたらええんやんかということで、そう言えばクソ生意気なネズミをあっちの空間に放り投げていたことを思い出しましたよ」


「そうだよ、こいつ、コッシローじゃねえか。いやあ、やっと名前を思い出したわっ。元気そうじゃねえかっ!」


「誰かと思えば、クロウリー、もしかしてこいつ、タケルでッチュウか?」


 コッシロー・ネヅの問いかけにクロウリーは感慨深そうな顔つきでうんうんとうなづいてみせる。しかしながらコッシローは眉間にしわを寄せるばかりであった。


(どういうことでッチュウ? タケルを飛ばした先はテクロ大陸から海を隔てた島国だったはずでッチュウ。あいつらの手が届かない場所へクロウリーともども隔離したはずなのにでッチュウ……)


 何もない空間から取り出されたコッシローは眼の前にいる人物が本当にあのタケルなのかと訝しむ。しかしいくら考えたところで、その答えは出なかった。自分を名指ししておきながら、その人物は頭を抱えてのたうちまわり、さらにはクロウリーに介抱されている真っ最中であったからだ。


(ふたりからは違和感を感じるんでッチュウ。まあ、良いでッチュウ。自由の身となった今、これから追い追い、今のこのふたりがどんな関係性なのかを調べていけば良いだけなのでッチュウ)

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