エーリカの左手の甲には足が3本、目が3つある怪しげなクチバシの太い
「そんなに不気味に思うでない。
カネサダはエーリカの左手から両手を放す。エーリカは座る位置を直す。カネサダは姿勢良く正座をし、まっすぐにエーリカへ視線を送る。エーリカはまだ戸惑っているといった表情になっている。そんな彼女を元気づけるようにカネサダはエールを送る。
「エーリカは一国の
「もし、あたしが間違ったことをすれば、生まれの地であるここオダーニも迷惑をこうむることになると思うのです。それはあたしの望むところではありません」
「ははは。迷惑などと誰が思うのであるか。今や、ここら一帯ではエーリカは英雄扱いよ。まっこと、賊徒たちの裁き、誰しもがエーリカの偉業を褒めたたえておる」
エーリカは賊徒たちを改心させたが、元々、町や集落を荒らしたのは賊徒たち本人である。彼らが受け入れられぬならば、それはまさに身から出た錆であった。だが、ホバート王国の国民の気質がそうさせるのか。それとも大魔導士:クロウリー・ムーンライトの偉大さがそうさせたのか。町や集落は賊徒たちが
日が経つにつれて、非難どころか逆に感謝の声が町や集落から届くことになる。賊徒から
「良かった……。コタローたちは上手くやっているみたいね」
「ふふっ。最近ずっと心配そうな顔からやっと笑顔になりましたわ」
「ありがとう、セツラお姉ちゃん。さぁ、これで心配事のひとつも消えたし、あたしも頑張らないとっ!」
セツラはエーリカの言に、心配事はまだほかにもあるのねと思ってしまう。それゆえにぼそりと、悩み多いエーリカさんなのねとこぼしてしまう。エーリカはこくりと力を強めにして頷く、
「ブルースやアベルは今、親を説得中。そして、ミンミンはやっぱりどうしても出稼ぎに行かないと、幼い兄弟を養っていけない家庭の事情をクリアできないみたい」
「ブルースさんやアベルさんは次男坊、三男坊だから、どうにでも親を説得できそうですが、ミンミンさんはどうしようもなさそうですわね」
「うん。やっぱり育ち盛りの子供が多いと、食費だけで大変みたい。ミンミンもよく食べるほうだけど、ミンミンの兄弟なだけあって、その子たちも大喰らいみたい」
結局のところ、翌年。ミンミン・ダベサは15歳の誕生日を迎える前に、辺境の村:オダーニを出立し、コタローたちと同じく
「エーリカ。早くひとり立ちしてくれだべさ。エーリカが立派な将になってくれれば、おいらはエーリカのいち兵士となって、エーリカからお給金を出してもらえるようになるだべさ」
「そうなった時はミンミンをいち兵士なんかに置いておかないわよっ。ミンミンがあたしの団に戻ってきたら、ブルースとアベルから隊長格を剥奪して、ミンミンに与えるわ。そしたら、ミンミンはふたつ分の隊長のお給金がもらえるようになるわよっ!」
「それは楽しみだべさ! 別れはつらいけど、一時のことだべさ。皆、エーリカのことは頼んだんだべさ!」
ミンミンはそう言うと、オダーニの村から大きな街であるツールガの港町へと出稼ぎに行ってしまう。それから数日、ブルースとアベルは目に見えるほど、落ち込んでしまうのであった。そんな彼らの尻を蹴飛ばしたのはエーリカ本人ではなく、タケル・ペルシックであった。
「お前ら、何をそんなに気落ちしてやがる。エーリカは言ったことは忠実に実行する有言実行の女だぞ。お前らがメソメソしてたら、本気でお前らの隊長格を剥奪して、ミンミンを大出世させちまう」
「そ、それは困るでござる! おい、アベル。剣の稽古を再開するでござるよ!」
「お、おう! それがしたちはエーリカの双璧となるべき二大騎士だ! ミンミンにその座を明け渡すわけにはいかぬなっ! ミンミンよ、出稼ぎに行ってしまったことを後悔するがよいわっ!」
ブルースとアベルは模造刀を手に取り、それを激しく互いの身に当て合う。ギリギリと鍔迫り合いしながら、お互いを仇敵のように睨みつける。ようやくやる気を取り戻したブルースとアベルの姿をしり目に、ひと仕事終えたとばかりにタケルはいつものように木陰で昼寝をしだしたのだ。
「おやおや。若者を焚けつけておきながら、自分は昼行燈ですか」
「昼行燈とはこれまた評価の高いことで」
昼行燈。本来の言葉で言えば【昼行燈を灯す】である。直訳すれば【明るい昼に明かりを灯すバカ】だ。だが、タケルにそう言ってみせた大魔導士:クロウリー・ムーンライトは暗喩として使われる方でその言葉を使ってみせた。
【能ある鷹は爪を隠す】という言葉がある。得てして昼行燈は世間様に自分はバカだと錯覚させるための行為をしている人物に使う場合があった。
「若者たちのこころに火がついた今、俺は無用の長物だ。若者たちのその小さな火を炎へと焚けつけるだけのお節介焼きさ」
「それはもったいない命の使い方ですね。先生は貴方の教育の仕方を間違えてしまったのでしょうか?」
「クロウリー。あんたには感謝してるぜ。生きてるだけで儲けモノと思えるようにはさせてもらえたんだからな」
タケルは今の自分で満足していた。生きていくために日銭を稼ぐことはするが、それ以上の成果を得ようとは決してしなかった。大魔導士:クロウリー・ムーンライトはオダーニ村で正体を明かしてからというもの、エーリカへの家庭教師役の時間を減らし、増やした自由行動の時間でオダーニ村を散策していた。
エーリカのみならず、エーリカに関わる若者たちがこの村でどのように育ったかのに大変な関心を寄せると共に、この村からどのようにエーリカとその仲間たちが世の中に踊り出るかを模索していたのだ。
クロウリーが夢想を楽しんでいたところ、目の端にちょろちょろと映ったのが、かつての弟子であるタケルの姿であった。彼はクロウリーの記憶の中にある以前の彼とはまるで別人のようになっていた。さあこれからだというのにタケル本人はエーリカの立身出世に関して、役に立たなさそうな雰囲気をバリバリと醸し出していた。彼の態度はまさに自分を巻き込むなとクロウリーに念押ししているように見えて仕方なかった。