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第9話:アップルパイ

 ネタばらしを終えた大魔導士:クロウリー・ムーンライトはエーリカにこの後、どうするのか? と尋ねることになる。エーリカはキョトンとした顔つきになる。クロウリーはやれやれといった感じで軽く頭を左右に振ってみせる。


「やはり行き当たりばったりでしたか。エーリカ殿が考える今後をずばりと当ててみせましょう」


 クロウリーは少々長話になると言いながら魔力を溢れさせる。まだ戦いの残滓が残るその場をクリーンな風で洗い流し、さらにはその辺に転がっていた長方形の背の低い木製のテーブルと椅子代わりの丸太を魔力で浮かせ、エーリカたちの間に置くのであった。エーリカたちはそのテーブルの席についていいのかと悩む。だが、我先にそのテーブルの席についたのがタケルであった。


「今からこの男の自慢のひとつである長々しいご高説が始まるぞ。立ってたらしんどくなるレベルだ。クロウリー。いつもの紅茶と茶菓子はしっかりと準備してあるんだよな?」


「はい、もちろんです。エーリカ殿はアップルパイとビターなチョコレート。どっちが好みですか?」


「難しい選択ね。初陣で疲れたから頭だけじゃなくてお腹も満たされるアップルパイかしら」


 エーリカはそう言いながら、ブルース、アベル、ミンミン、そしてアイス師匠と共にテーブルの席につく。クロウリーはエーリカが着席するのを確認すると、他の若者組たちのためのテーブルと椅子も魔力を用いて用意する。さらには各テーブルに紅茶が入ったポットとティーカップ。さらには大きいアップルパイも配置したのだ。


 若者組の面々はゴクリ……と喉を鳴らす。クロウリーはにっこりと微笑むが、自分たちの総大将であるエーリカがまだ口をつける前に、テーブルの上に並べられている品々に手を出すのことはためらってしまうのであった。そんな彼らに【良し】という合図を出せとばかりにエーリカに肘で小突く人物が居た。それは彼女の隣に座るタケルであった。


「皆、戦勝祝いが大魔導士様から贈られたわ。喜んでいただきましょう」


 エーリカはそう言うと、紅茶がたゆたうティーカップの取っ手を持ち、ズズズ……とわざとらしく音を立てて、紅茶を飲み始めたのであった。それを合図に若者組は一斉にアップルパイに手を付け始める。


「よく訓練された軍隊ですね」


「軍隊というにはまだまだへそで湯を沸かすレベルだけどね。でも、そのお褒めの言葉はそのまま受け取るわ」


 エーリカはなるべく上品にアップルパイを齧る。しかし、エーリカはその一口目で、美少女台無しといったばかりに破顔してしまうのであった。


「これ、めちゃくちゃ美味しいじゃないっ! ミンミン、気を付けて食べてね!?」


「おいらもたくさん食べたいだべさぁ!」


 ミンミン・ダベサが珍しくもエーリカに反論してみせる。優しくて力持ちのミンミンが美味しいモノには目が無いのはもちろんとして、エーリカもまた甘いお菓子が大好きだ。ミンミンとエーリカが火花を散らす中、お代わりはまだまだありますからと宥めるクロウリーだった。


「華も恥じらう美少女かと思えば、まだまだ食い気が勝る年頃ですね」


「うっさいわね! 先生がこんな美味しいアップルパイを魔法で作ったのが悪いっ!」


「エーリカ。ひとつ忠告しておくぞ。こいつの趣味はお菓子作りだ。趣味のために魔法を使うようなことはしない」


「え!? タケルお兄ちゃん、それって本当……なの!? この美味しいアップルパイは先生のお手製なの!? 本当に!?」


 エーリカたちが驚くのも当然であった。クロウリー様に家庭教師をやってもらっていた頃、お茶やお菓子を準備するのはエーリカのママの役目であった。決して、クロウリー様から何か出された記憶などこれっぽっちも無い。たまにどこそこへ行ってきたからそのお土産だと、紅茶缶やクッキー缶をもらったりはした。


 タケルが補足するには、大魔導士:クロウリー・ムーンライトはアップルパイを魔法で、ここではないどこかの空間にしまってあるだけだと。そして、いつでも焼きたてのアップルパイをその謎の空間から取り出しているだけだと。そして、あくまでもその美味しいアップルパイを焼いた本人はクロウリーであると告げる。


「こんな美味しいアップルパイを焼ける大魔導士様を胡散臭いと思ってしまったのは、一生の恥ね……」


「存分に後悔しておいてください。しかし、ここまで喜んでくれるとたくさん作り置きしておいた甲斐があったというものです。まさに男冥利といったところですよ」


「男冥利の使い方が間違えている気がしてならんがな。いやあ、美味い美味い。わしゃも感心してしまうほどの味じゃて」


 エーリカの師匠であるアイス・キノレも思わず、大魔導士:クロウリー・ムーンライトへの警戒心を解いてしまうほどの美味いアップルパイであった。さらには用意された紅茶がまた、アップルパイの美味しさを引き立てる味をしている。すっかり気を許してしまったエーリカたちには、これから酸っぱすぎるクロウリーのご高説をなんとか聞き入れるだけの度量が生まれることになる。


 クロウリーのご高説の最初は、エーリカたちが採った戦術を褒めに褒めちぎることであった。だが、段々とダメ出しの量が増えていく。エーリカたちは気落ちしていくのを、何とかアップルパイの味でごまかしていくことになる。


「まあ、つらつらとダメなところをあげつらいましたけど、全体としては十分に合格点です」


「ありがとうございます! でも、もう少しお手柔らかにしてほしかったかも」


「おい。エーリカ、油断するな。ここからが本番だぞ」


「え!? まだ続くの!?」


 エーリカが大層驚く表情になり、それに対して、タケルはやれやれといった表情になる。その表現豊かな彼女らの表情を見て、クスクスと微笑むクロウリーであった。


「いえ。小言とかそういう類ではなくて、盗賊たちの後始末、並びにエーリカ殿自身がどうしたいかのをお聞きしておこうと。それに対して、先生は助言しようとしているのです」


「うっ。まさに家庭教師といった役割をまっとうしてくれるわけね。赤点を取るとどうなるの?」


「その点は大丈夫だ。こいつはとてもつもなく意地悪い奴だ。自分の答えの結果を見てから、あの時はああしてたら、もっと違ってたと言ってくるタイプだからなっ!」


「うぇぇぇ。普段の家庭教師の時よりも悪趣味ぃ」


「まあそれでも、後でフォローしてれるから、気兼ねなく失敗しても良いんだけどな……」


 要は生徒の意志を尊重してくれることはしてくれるが、その結果については自分と先生とで一緒に責任を取れというタイプの教師であることを理解するエーリカであった。だが、ちゃんとフォローしてくれる分、言いたい放題言ってくるだけの無責任な大人よりかは遥かにマシだろうとも思ってしまう。


「うんと……。詳しくはわからないけど、この賊徒たちから聞き出した情報を信じるならば、このひとたちは元々はテクロ大陸本土で戦うのが嫌になって、戦場から逃げだしてきたって。でも、そのことを自体を責める気はあたしには無い。ただ、罪は償ってもらおうと思う」


「それは死をもってですか?」


「ううん。違う。襲った町や集落の復興のために働いてもらおうと思ってる。そりゃ、町を破壊したひとたちに直してもらうのは町民からしたら腹立たしいかもしれないけど」


 エーリカの言いにふむ……と考え込むクロウリーであった。そして、エーリカの考えに一言ふたこと、自分の意見を添えるのであった。


「なるほどね。工夫こうふとして雇ってもらうかぁ。ただ働きさせるような真似をしたら、それはそれで喰い詰めることになっちゃうもんね」


「賊徒と化したのは半分やけっぱちになっていた部分もありますが、もう半分は食っていけないからという部分もあるから、逃亡兵というのは盗賊化しやすいんですよ。あともうひとつあって……」

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