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第8話:大魔導士

 結果として、コタローはエーリカにかすり傷ひとつ付けることは出来なかった。コタローは起きた結果に茫然となってしまうしかない。賊徒に堕ちた身ではあるが、なるべく女子供に危害を加えないようにとホバート王国まで流れ落ちてきた部下たちに徹底した。


 そして、挑発に乗ったあまりに少女が売ってきた一騎打ちを買ってしまったが、それでもこの生意気な小娘を少々痛めつけるだけで済ませようとした。しかしながら、そう考えてはいても心は熱くなる。いくさ自体に辟易した心と身体に熱が再び宿ってきた。そして、上段構えから思いっ切り下方向へと振り切ったのは、勢いだったと言い訳する他無かった。


 だが、コタローが振り下ろした三日月刀シミターはエーリカが横一文字に構えた木刀の中ほどにぶち当たるや否や、エーリカの左手の甲が突然、光り出したのである。その光が木刀自体を包み込み、まるでオリハルコンの棒でも叩いたような衝撃が三日月刀シミターに走る。それゆえに三日月刀シミターは中ほどからポッキリとキレイに折れ飛んだのであった。


「ふぅ……。冷や冷やとさせてくれるわい。エーリカ。賊徒の頭領にトドメを刺せ」


「わかったわ。恨まないでね?」


 エーリカはそう言うと、今度は自分の番だとばかりに両手で持つ木刀を上段構えにする。そして、気合一閃、その木刀を真下へと振り下ろし、コタローの頭頂部に天誅を下したのであった。


 総大将が敗れれば、軍全体の生殺与奪権は勝った側が握ることになる。逃げることもやめた賊徒たちは大人しくエーリカたちに捕縛される。後ろ手に縄で縛られた賊徒たちは立ち上がることも出来ずにその場でへたりこむことになる。


「いやはや。もしかするとエーリカ殿が負けるのではないかと冷や冷やしました。初陣の勝利、誠におめでたい」


 大袈裟にパーンパーンと拍手をしながら、突然、エーリカ率いる若者組の前に現れる人物がいた。片眼鏡をつけた知的なハイエルフの紳士がエーリカに向かってうやうやしく礼をする。エーリカたちは怪訝な表情でその紳士ぶったハイエルフの男に注視することになる。


「ケプラー先生、もしかしてずっとどこかであたしたちを観察してたの? あとなんでそんなに耳がとがっているの!?」


「色々と質問したくてたまらないといった顔をしていますね。まずひとつ。先生は別に隠れてみていたわけではありません。特等席でエーリカくんたちの戦いを肴にお酒を少々たしなんでおりました」


「そんな禅問答じみたことはどうでもいいっ! どうして何も言わずに見ているだけだったの!?」


 エーリカは焦りに似た感情を抱いていた。自分の家庭教師であるケプラー先生が今から貴女の戦いの採点をしてさしあげましょうという雰囲気を醸し出してくるために、余計に薄気味悪さを感じてしまうエーリカである。


「ケプラー先生の目的は何!? 可愛いあたしをお仕置きと称してどこかにさらってしまおうとしてるわけ!?」


「それは悪い魔法使いの役目ですね。確かに先生は偉大なる魔法使いと呼ばれていますが、悪い魔法使いだとは思っていません。あと今更なのですが私の本名はクロウリー・ムーンライトです。ケプラー何某って名乗っていましたけど、あれは偽名です、申し訳ない」


 紳士ぶったハイエルフのこの発言により、若者組の面々までもが怪訝な表情になってしまう。この世界には4人の偉大なる魔法使いが存在する。大魔導士、大賢者、大精霊使い、大僧正の4人が該当し、産まれたばかりの赤ん坊でも無い限り、その偉大さはテクロ大陸全土に知れ渡っている。


「クロウリー・ムーンライトって……、まさかあの大魔導士:クロウリー・ムーンライト?? えっえっ、ええええええ!? ケプラー先生、今更だけど、まさか本当にあの伝説のクロウリー様なのですか!?」


「はい。そうです、先生が生きる伝説であり、同時に偉大なる魔法使いたちのひとり、大魔導師:クロウリー・ムーンライトです。以後、お見知りおきを……」


「以後、お見知りおきって、まさか、あたしを今まで以上に騙すってこと!?」


「騙すとは少々、嫌な言い方ですね……。いやまあ、今の今まで偽名で通してきた先生が悪いといえば悪いのですが……。おっほん。先生は貴女が抱く野望に興味、いや、失礼。エーリカ殿の野望のお手伝いをしたいと思って、参上させていただいたのです」


 大魔導士:クロウリー・ムーンライトが突然、エーリカたちの眼の前に現れ、さらにはエーリカが野望を果たすための手伝いをしてくれると言ってきた。誰もがクロウリーの言を信じられないと言った表情になってしまうのは至極当然であった。


 しかしだ。このハイエルフの男が醸し出す魔力というよりは神気に近しい雰囲気から察するに、まるっきり口から出まかせを言っているような気はしない。むしろ、好意的感情を前面に押し出してきている。エーリカは困ったという表情になり、若者組の面々と顔を見合わせる。


「やいやい! 拙者のエーリカの手伝いを申し出ても、拙者の承諾無しにはエーリカには指1本触れさせやしないでござる!」


「その通りだ、ブルース! それがしもにわかには信じられん! オダーニ村でたまに目にはしていたが、あの時とは雰囲気も服装も耳の形もまるっきり違う! あの偉大なる魔法使いのひとりであることは間違いない気がするが、それとこれとは話は別ぞ!」


 ブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンはエーリカを護るかのようにエーリカとクロウリーの間に割って入るのであった。クロウリーは押し出されるかのように数歩下がり、2人の親衛隊をマジマジと見つめるのであった。


「ふむ。そこの2人はなかなかに素質がありますね。貴方たち2人はきっと、エーリカ殿に仕える立派な二大騎士となることでしょう」


「そ、そうでござるか!? エーリカ。このひと、良いひとだと思うでござるよ!」


「ふふっ。エーリカを護る双璧の二大騎士か。エーリカ。それがしはクロウリー様を邪険に扱わないほうが良いと思うようになったぞ」


「あんたたち、本当に単純ねっ! いつかとんでもない詐欺に会うわよ、あたしが保証するわっ! でも、それとは別にだけど……、クロウリー様がそう言うのであれば、そうなのかもって思えちゃう……」


 エーリカは不思議であった。14歳という年頃の女性になると、父親の話ですらうるさく感じてしまう。もちろん、ケプラーと名乗っていたときの先生の言うこともうるさく感じていた。しかし眼の前に立つ紳士然とした大魔導士の言葉は透き通っており、まるで心の鐘を心地良くリズミカルに鳴らされている気分になってしまう。


「タケル。あんたは大魔導師様の共犯者だったのかい?」


 アイス・キノレはエーリカのお目付け役として配置させていたタケル・ペルシックに大魔導士:クロウリー・ムーンライトとの関係を言ってみろと詰問する。タケルはボリボリと右手で頭を掻き、なんだか言葉を発しづらい雰囲気を醸し出すのであった。


「おお、タケル殿。貴方も先生の共犯者でしたね。貴方がエーリカ殿に先生の正体をいつばらしてしまうのか冷や冷やしてましたよ」


 クロウリーは努めて朗らかな表情で、エーリカから少し離れた所で立っているタケルにフレンドリーに話しかける。だが、タケルの表情はますます曇っていくばかりであった。


「アイスさん。確かに俺はクロウリーとは共犯者だった。だが、それは俺が裸一貫でいたところをクロウリーに助けられてたっていう大恩があったがゆえにだ。おい、クロウリー。ネタバラシにしては仰々しいとはまさにこのことだな」


「あれれ? 先生は何か貴方に嫌われるようなことをしましたっけ? すいません。齢1000に近づくと、自分の犯してきた罪がどういったものだったかが定かではなくなるのですよ」


 クロウリーのこの言にタケルはチッ……と舌打ちしてしまう。この男はあの当時も今のように飄々としており、それはこれから先も変わらないのであろうと感じざるをえないタケルであった。

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