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第4話:賊徒襲来

 エーリカ・スミスの師匠であるアイス・キノレはニカッと気持ちよい笑みを浮かべ、右手でわしわしとエーリカの頭を強めに撫でる。そうした後、折りたたみ式の床机しょうぎに引き締まった尻を乗せる。


「さすがはエーリカ嬢ちゃんだわい。しかしながら、賊徒共をどう追い払う? 将たる器を示すには、部下たちを納得させるだけの言葉が必要じゃぞい」


 アイスは意地が悪いと自分ながらに思う。戦略や戦術の基礎は彼女の家庭教師であるケプラー何某がこれまでみっちりとエーリカに教えてきたつもりだと言っていた。アイスは元武人である。エーリカやその家庭教師からから見聞きしたことから鑑みれば、エーリカは戦略や戦術に明るいのであろう。そしてアイスがエーリカに武術を仕込んできた誇りがある。ずぶの素人よりかは遥かに槍や刀、そして弓矢といった、本当にいくさで必要な武術を修得しているエーリカだ。


 しかし、実戦となれば少しばかり話は違ってくる。エーリカに教えたのはあくまでも机上の空論であると家庭教師から聞き及んでいる。小規模ながらいくさの演習が出来ればよかったのだが、若者組にはその演習をおこなう前に本物の賊徒がオダーニ村周辺に現れたのだ。


 その机上の空論でしか教えられてない戦術の基礎を実際のいくさに落とし込んで、皆が納得できるように説明できるかは、まさにエーリカ本人の器量に託されていたのである。しかしながらそんな心配もエーリカからの提案を聞いているうちにどこかへ消えていくことになるアイスであった。


「ふぅーーーむ。なかなかに面白い手を打つんじゃな。それなら青年団を今からかき集めなくてもよかろう。若者組だけで人数は足りるだろうて」


「敵の正確な人数を知りたいところだけど、そこはまあ方法を考えておく。一応、伝手はあるんだけど、あのひとが乗り気になるかどうかがまだ不確定なのよね」


 エーリカは皆に賊徒を退治する方法を解説してみせた。賊徒の規模がどれほどなのかを知ることは非常に大切な情報であるが、エーリカが示した戦術がそもそも敵の人数はあまり関係ないものであったため、アイス師匠は【良】の反応を示してみせた。


 アイス師匠はエーリカとの戦術談義において、可・良・優という3段階評価をつけた。もし、エーリカが敵の人数把握をこの時点で終えていたならば、アイス師匠は文句なく、エーリカの戦術に【優】を与えていただろう。


 しかしながら、昔から伝わる兵法で【拙速は巧遅こうちに勝る】という名句がある。いくさを起こす前に色々とこまごまと考えたり、決めておくこと自体は大切だ。だが、それでも時には速度が最も大切だ。エーリカが皆に示した戦術はまさに速さが肝なのだ。


 エーリカはきびきびと皆に指示を出していく。しかしここでエーリカの話を聞いていた若者組の面々ににひとつの疑問が生じた。1時間ほど前に賊徒が暴れ回っている情報を皆に開示した際、尻込みしたブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンから隊長格を剥奪したままであった。いつものんびりとした雰囲気を醸し出すミンミン・ダベサに斬り込み隊長兼遊撃隊長を任せていいのか? という疑念が若者組の面々の表情にありありと映しだされるが、エーリカはブルースたちよりもひとまわり身体が大きいミンミンのほうが、この場合はうってつけなのよと皆に解説するのであった。


 とにもかくにも、エーリカの指示の下、オダーニ村の若者組は素早く行動に移る。規模まではわからぬが賊徒はオダーニ村へ向かう方向へと略奪を繰り返していた。


「やっぱり、あたしの睨んだ通りね。所詮、あいつらは野盗にすぎないっていうあかしでもあるわ」


「ふんっ。エーリカがそうやって自信を持てるのは、みどもがあやつらの人数と規模、そして装備している武具の質を調べたからであろう」


「うん、感謝してる、ロビン。報酬はいつもの今日履いているパンツの色で良かったっけ?」


「くっ! 童貞を惑わすようなことを言うなっ! みどもは痴女からの施しなど受けぬっ!」


 小高い丘の上で、エーリカ率いる若者組が待機していた。その小高い丘を少し下ったところに細い川が流れており、そこで野営地を築いていたのがくだんの賊徒たちであった。賊徒たちは荷車に乗せた戦利品を品定めしている真っ最中であった。


 エーリカは自分から見て、やや左斜め後ろ方向で四つん這い状態の獣皮のフード付きコートを頭から被っているロビン・ウィルと会話を続ける。


「見てもわかるようにここにいる賊徒は40人そこらだ。賊徒は5つの団に分けて、襲いやすそうな町や集落を探している。それを矢継ぎ早にひとつづつ潰して回る。それがエーリカが人数不利を覆すためのひとつの手だったな?」


「うん、その通り。そして、もうひとつの手はもう少し待ってからね。皆、牛さんたちを出来る限り宥めておいてちょうだい。牛さんたちの鳴き声で、あたしたちの存在を悟られたくないし」


「わかったんだべさ。ほ~れほれ、大人しくしておくんだべさ」


 動物というのはとにかくニンゲンの感情に対して、機微な反応を示してくる。鈍重な牛と言えども、実際のところ他の草食動物同様に基本は臆病なのだ。だが、ミンミンの温厚な雰囲気が上手く伝わったのか、牛さんたちは静かにしてくれている。その様子を見届けたエーリカが次に視線を送った先は小高い丘の下で野営地を築いている賊徒たちであった。


 エーリカたちは身を低くしたまま虎視眈々と機会を伺っていた。彼女のすぐ後ろで待機しているブルースとアベルカーナはゴクリと生唾を喉の奥に押下する。そのゴクリという音が賊徒たちの耳に届いているのではないのか? と内心、冷や冷やものであった。


 身を低くするエーリカはお尻がむずがゆく感じるのであった。明らかに自分のお尻に向かって、変な意味での視線を感じたのである。エーリカはそのいやらしい視線を飛ばしてくる人物に向かって、強めの視線を送ってみせる。


「うーん。実るにはあと4~5年はかかりそうだな。ブルース、アベル。お前たちもそう思わないか? うぐぉ!」


 エーリカはその男に黙ってろとばかりに四つん這い状態から、まるで犬が後ろ足で地面を掘るかのように左足を振り上げてみせる。エーリカの天使の小尻をいやらしく眺めていた男は下方向から上方向へと顎を蹴飛ばされ、1発でノックダウンしてしまうのであった。


(まったく……。タケルお兄ちゃんは昔からダメダメニンゲンだと思ってたけど、こんな非常事態のときでもいつものこれなの!?)


 エーリカの左の後ろ足で顎を蹴っ飛ばされた人物は、エーリカとは10歳ほど年上のタケル・ペルシックという男であった。エーリカが物心つく歳頃にケプラー先生と共にオダーニへ流れ着いてきた浪人風の男であった。


 エーリカの父親であるブリトリー・スミスはタケルがエーリカの家庭教師になるのはあまり面白くないと思っている。それはそのままエーリカに複雑な感情を抱かせることになる。そして、エーリカは歳を重ねるごとに、タケルお兄ちゃんがダメダメな男であることを父親から言われなくても理解していくようになる。


(アイス師匠には若者組の半分を率いて別方向から突っ込んでもらうから、この場に居ないのはわかるんだけど……。あたしのお目付け役としてタケルお兄ちゃんをあたしの補佐につけるのは何だかなぁ? って思っちゃう)

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