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第3話:エーリカの資質

――光帝リヴァイアサン歴125年 6月17日――


 エーリカ・スミスたちが立志式を終え、若者組に配属されてから早4カ月が経とうとしていた。相変わらずエーリカはグズグズと文句を言っていたが、彼女のお姉さん役を務めるセツラ・キュウジョウが彼女を宥めるのであった。


「あーあ。こういう裏方仕事を覚えるのも、あたしの将来のためだとアイス師匠やクロウリーたちは言うけど、いい加減飽き飽きしてきた」


「まあまあ……。でも、少しくらい突発イベントが起きても良いと思いますわ。アイス師匠は毎年、仕事に慣れてきた新参の若者組の気を引き締めるために、催し物を企画していますし。そろそろ、何かあってもおかしくないんですが……」


 若者組の仕事は意外と多岐に渡る。防火訓練なども若者組でおこなわれるのだ。それゆえにそろそろ、若者組の指導者であるアイスが実践的な何かをやってくれる時期となっている。


「ほら、噂をすれば何とやら。アイス様がすっ飛んできましたわ」


 セツラはクスクスと笑みを零しながら、隣で裁縫をしているエーリカにそう告げる。だが、アイスがもたらした一報でセツラは青ざめた表情になってしまう。


「本当なのです? 国主様が御崩御されたというのは……」


「そんなぁ……。あたしが8歳の時に会見した際にはこの先30年は生きてそうなくらい豪胆な王様だったのに」


「エーリカの言う通りの豪胆な国主様だったのじゃがな。最近、具合が悪いという噂は小耳に挟んでいたが、こりゃ胡散臭い。テクロ大陸の戦火が及びにくいホバート王国にも飛び火したのかもしれん!」


 ホバート王国の国主であるトーゴー・ホバート。彼のもとにはテクロ大陸に存在する各王家から散々、救援要請が飛んできていた。しかし、トーゴー・ホバートは各国からの救援要請を蹴りまくっていた。彼が賢王とホバート国民から呼ばれる由縁がここにある。いたずらにホバート国民を戦火に巻き込もうとしなかった。


 しかしながら、テクロ大陸側から見れば、トーゴー・ホバートが動かないのはただの風見鶏にしか映らなかった。実際のところ、ホバート王国は島国でありながらも鉄などの鉱物資源に恵まれていた。そして、兵は送らぬとも武具の類は商売を通じて各国に供給していたのである。


 これほど憎々しい相手はいない。海を隔てていることと、テクロ大陸本土で起き続けている戦争によって、テクロ大陸本土に存在する各国はホバート王国に対して、強すぎる態度には出れない。だからこそ、ホバート王国の国民たちは戦争によって起きる甘い汁を吸いたいだけ吸い続けたのだ。


 だが、ホバート王国の国主が突然亡くなるという事件が起きた。今、【事件】と言ったが、あくまでもアイスの想像でしかない。しかしながら、老いても盛んと言わしめんあのトーゴー・ホバートが節目の60歳を目前にして、急逝するのは予想外すぎた。


「それで……。どちらが新しい国主になられるのです?」


「うーーーむ。噂で聞く限りではトーゴー様ははっきりとどちらかを次の国主とは決めておらなんだようだ」


 セツラの眉が深いシワを作ることになる。普通なら跡取りを決めていて当たり前なのだが、トーゴー・ホバートは老いても盛んという言葉が仇を為し、ついには後継者を決めぬままに亡くなってしまったのだ。


「イソロク様とその弟のタモン様。普通なら長子のイソロク様が国主になるはずなのですが」


「うむ、普通ならな。だが、後継者を決めぬままに国主様が亡くなられたのは事実。これは確実に後継者争いに発展するはずだわい」


 困り顔になっているセツラとアイスをしり目に、眼をらんらんと輝かせている女子が近くに居た。その女子の名はエーリカ・スミス。彼女の野望は一国一城のあるじとなることだ。


「あたしに国主になってくださいってお願いはやってこないの!?」


「そんなわけありませんわ」


「残念ながら、それはないぞい」


「えーーー!? こんな可憐な美少女にお鉢が回ってこないっておかしくない??」


「まあ……。口さえ開かなかったら、嫁にしたいという殿方は現れるかもしれませんわ」


 セツラのこの一言にグッ! と唸ってしまうエーリカであった。自分の口の悪さに少なからず負い目を感じているエーリカであった。そもそもとして、エーリカの周りに居るのは悪ガキ共ばかりである。ヒトは環境に染まりやすい悲しい生き物だ。エーリカがもし、上流階級で生まれ育っていたのなら、この美少女を囲ってくれる貴族のボンボンも多く居たであろう。


 しかしながら、残念なことにここはホバート王国の王都:キャマクラから遠く離れたオダーニ村である。彼女に上流階級としての気品とたたずまいを教えてくれる相手は皆無と言っても良かった。だが、エーリカの本質は次の言葉に現れることになる。


「まあ、国主を譲ってくれなくてもかまわないわ。あたしはあたしの手で国を手に入れればいいんだからっ!」


 このエーリカの一言に苦笑せざるをえなくなるセツラとアイスであった。エーリカは【天下の大泥棒】としての気質に溢れていたのである。そんな彼女に惹きつけられたかのようにさらに数週間経った後に、オダーニ村にさらなる急報がもたらされる。


「大変なんだべさ! 前国主様が亡くなった後に起きた跡目争いの隙に乗じて、テクロ大陸本土から次々とならず者たちが流れ込んできているんだべさ!」


「ど、どうしたらいいのでござる!? ここから北東に数十キュロミャートル離れたキタノジョーの町が賊徒に襲われたと聞いたのでござるぅぅぅ!」


「それがしが聞いた話だと、別の賊徒がキタノジョーからさらに南東にあるダーショウジの町を焼いたと聞いておるぞ」


「エツゼン地方には大陸と関わりが深いツールガという大きな港町があるだべさ。あの港町が災いしたんだべさ……」


 ミンミン・ダベサ、ブルース・イーリン、そしてアベルカーナ・モッチンはそれぞれに仕入れた情報を若者組が集まる建物内で開示する。慌てふためく若者組の面々を余所に、エーリカは何かを考えている素振りを見せるのであった。そして、ちらりとアイス師匠の方にエーリカは顔を向ける。アイス師匠はエーリカの考えていることはわかっていると言わんばかりの神妙な顔つきになりながら、エーリカに対して、コクリと頷くのであった。


「慌てふためくな、小僧共。わしゃがお前らを日々鍛えているのは、今日この日のためのものじゃぞ。賊徒がテクロ大陸本土から流れてきたからと言って、それがどうしたという顔つきをせんかっ!」


「アイス先生、そうは言っても、戦火飛び交うテクロ大陸本土から流れてきた猛者共でござるよ!? 平和な世界を享受してきた拙者たちが太刀打ちできるとは思えないでござる!」


「う、うむ。高名な兵法にも書かれている通り、ここは逃げるが勝ちではないか!?」


 ブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンは男として、みっともない発言をしだすのであった。そんな彼らに対して、エーリカは思いっ切りハァァァ……とため息をついてみせる。


「あたしはなっさけない部下を持っちゃったわね。ミンミン。ブルースとアベルから隊長役を剥奪するわ。ミンミンは今から切り込み隊長兼遊撃隊長ね」


「お、おいらがそんな大役を務めれるのか自信がないだべさ!?」


「自信ってのは根拠が無くて良いのっ。そして自信ってのは成功体験を通じて、本物になるっ。アイス師匠、そうでしたよね!」

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