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第2話:若者組

 ホバート王国の大きな街だけでなく大小問わずどんな規模の集落にも【若者組】という組織が存在している。その若者組に所属するのは主に14~17歳の若者たちであった。彼らはテクロ大陸本土が戦国乱世の時代と言うこともあり、どんな家の生まれであったとしても、いくさに関する基礎的な知識や戦闘術を学ぶことになる。


 そんな彼ら彼女らが18歳となり、今でいう成人式を終えることで【一人前の大人】として、世界に迎え入れられることになる。大人になった彼ら彼女らが次に所属することになるのが【青年団】になる。


 青年団のことは後々に語るとして、若者組の話に戻ろう。人口1000人程度のオダーニ村に住む男子や女子たちも立志式を終えた後、若者組に配属される。アベルカーナ・モッチンとブルース・イーリン、そしてミンミン・ダベサの熱量はとにかく高かった。先輩たちが義務感を体中から放っている中、3人は意気揚々と日々の訓練に励んだのである。


 一方、女子であるエーリカは不満たらたらであった。一応、女子も基礎的な戦闘術を学ぶことは学ぶのではあるが、男子と比べれば、訓練時間の多くは槍働きをおこなう男子たちの補佐としての仕事を覚えることに費やされることになる。


「こんなんなら、ブルースのおちんこさんを引きちぎって、あたしの股にくっつければよかったーーー! ケプラー先生やタケルお兄ちゃんと過ごしてるほうがよっぽど有意義なんだけどぉ!!」


「エーリカさん……。女子がおちんこさんなんて口にするのは、いささかはしたない気がするわよ」


 エーリカ・スミスの夢は【自分の城を手に入れる】である。そのような夢のような大きな夢を持ってはいるが、それは皆に担がれてのことではない。最前線で馬に跨り、その馬上で剣を振るい、弓を構えて矢を放ち、軍旗を翻して全軍を鼓舞してこその将だと考えていたのだ。


 エーリカは8歳の時から自らを大魔法使いと名乗るうさんくさいケプラーとその連れであるタケル・ペルシックが家庭教師となり、兵法や軍事のみならず、領国経営のイロハなどいろいろなことをを学んでいた。しかしそれはエーリカ個人への教育・指導に留まっていた。


 それがエーリカには不満も良いところであった。自分の城を手に入れるということは当然そこには領地も付随してくるし、軍も指揮しなければならない自分だ。ケプラーとタケルお兄ちゃんのもたらす知識や訓練を自分だけが教授するのは間違っていると思っていた。


 自分だけが将になっても仕方ないのだ。自分の部下となる人物たちもエーリカと負けず劣らず、立派になってもらわなくては困るのである。だが、ケプラーたちはエーリカのこの意見に決して首を縦に振ることはなかった、


ケプラーたち曰く


「まずは皆の大将となるエーリカくんが身に着けておかねばならぬことです。他の者がどうとかの前にエーリカくん自身が立派にならなければなりません」


「ケプラーの言う通りだ。エーリカの言いたいこともわかるっちゃわかる。こういうことは自分から言い出してくれないと話にならねーんだ。んで、自分でそうなりたいと強く思えるようにならない限りは俺たちからどうこう出来ることはない」


 エーリカとしては彼らの言い分はもっともであると思ってしまっていた。確かに自分は城に住む王様に向かって、お城をちょうだい! いいでしょ! と本気も本気で言ってのけた。当時8歳だったのにそんな大胆不敵な意見を王様相手にやりのけたエーリカである。そして、誕生日を過ぎて14歳となった今でもそこに恥じらいなど一片すら持ち合わせていない。


「あーあー。これは完全に予定をミスったわ。あたしが男たちに混ざってれば、アベルやブルースたちを徹底的にしごいてあげたのに」


 エーリカは裁縫の訓練も余所に両腕を組んでうんうんとうなずく。そして、はっとした表情になり


「そうよっこれは配置ミスよっ! 今からアイス師匠のところに行って、文句を言ってくる!!」


「よしたほうが良いと思いますわ。アイス様も考えがあって、エーリカさんにそうさせていると思いますもの」


 アイス・キノレ。この1000人ほどしか住人がいないオダーニ村の守り人である。エーリカは幼い頃に野望を抱いた後、テクロ大陸からこのオダーニ村に流れ着いたアイス・キノレのことを剣の師匠と仰いでいた。アイス・キノレは元武人であるがゆえに、セツラ・キュウジョウの父親は彼女に村の守り人としての仕事に就いてくれるようにと頼み込んだ。


 最初は渋っていたアイス・キノレであったが、オダーニ村の事情を知った彼女は、これも何かの縁だと思い、村の守り人の任に就く。そして、守り人だけの仕事ではもらっている対価に見合わぬとばかりに若者組の世話もするようになったのである。


 若者組に所属する男子たちを訓練している最中に、ちょくちょく現れたのが他でもないエーリカであった。アイスは最初、エーリカは気になる男の子を目当てに若者組を覗き見しにきたのであろうと思っていた。しかし、エーリカの目力めぢからはどちらかというと探究者のソレであった。


 エーリカは男子個人に興味があるのではなく、戦闘訓練そのものに興味があることに気づいたアイスであった。それゆえにエーリカの後ろへこっそり回り込んだアイスはエーリカを抱きかかえ、もっと前で見ていていいんだぞ? とエーリカを特等席へと招いたのであった。


 若者組の皆は小さなお客様がやってきたと思い、普段とは違って熱を入れて訓練をおこなうのであった。若者組でおこなう訓練はあくまでも国民の義務である。ヒトは義務感でおこなうことに関しては、とにかくやる気が起きない。


 やらせてくださいという意気込みでやるのと、やらされているという義務感でおこなうのとでは、まるっきり心の持ちようとついてくる結果が違うのははっきりとしている。小さなお客様と言えども、新鮮さを感じた若者組の面々は義務感以外の何かを感じて、この日の訓練には熱を込めた。


 しかし、若者組の面々が段々と不思議な表情に変わっていくのに、それほど日数はかからなかった。エーリカは三日も開けずに若者組の訓練を見に来ており、そして、その度にアイス先生の真横で仁王立ちしていたからである。


 とある日、若者組に所属するひとりがアイスに質問する。


「知らん! 何やら違う意味で興味津々と言ったところだから、面白そうなので、わしゃの横で観覧させておるっ!」


 若者組の面々はハァ……としか言いようが無かった。人口1000人ほどしか居ない村なので、あの小さい娘は誰なのか? というのはすぐに広まることになる。数年前にオダーニ村へ移住してきた偉大なる魔法使いだと大ボラを吹く人物を家庭教師にしているかの少女だと判明するのにさほど時間は要さなかった。


 エーリカは最初、眼をらんらんと輝かせて訓練を見ていたのだが、その目力めぢからの強さは日に日に増していき、ついにはアイスとさほど変わらぬ目力めぢからの強さに変わっていた。若者組の面々にとって、アイス先生が2人居るような状態になってしまう。アイス先生ひとりではどうしても、お目こぼしが起きてしまう。しかし監視役が2人となると雰囲気がガラリと変わってしまう。


 ついにアイス先生本人に文句を言い出す若者組のメンバーが出始めることになる。


「ばぁぁぁかもんっ! くだらなすぎて反吐が出るわっ! あたしゃが横にエーリカ嬢を置いておるのは立派な理由あってのことだわいっ!」


「それはいったいぜんたい、どういうことですか??」


「お前らを監視するのがエーリカ嬢の目的でない。エーリカ嬢は出来ることなら、お前たちに混ざって訓練がしたいんだよっ! 危ないから傍らに置いておるんだ!」


 アイス先生から事情を聞いた面々は一様に顔が引きつってしまう。言われてみれば、確かにあの娘はその場でじっとしてそうな雰囲気ではなかった。アイス先生自らが枷となることでエーリカをその場に留めていたのだと気づくことになる。


 実際のところ、エーリカはアイス先生が仕事を終えた後、自分にも戦闘訓練をしてほしいとせがんでいたのである。だが、アイスはまだ身体が小さすぎると、エーリカの主張を突っぱねていたのである。しかしながら、それから数年経ってもエーリカの熱は冷めていくどころか、その熱量をおおいに増していく。


 先に折れたのはあろうことか、アイスの方であった。アイスはエーリカを師事するにあたって、エーリカに自分のことを師匠と呼ぶように厳命した。エーリカの野望は生半可な覚悟では成し遂げられないモノであった。そして、この危うすぎる娘のためにも、自分は立派に師匠役を務めなければならないと思うようになった。


 だからこそ、立志式を終えてさらには14歳になったエーリカに足らぬモノが何かと問われれば、アイスはこう考えたのだ。補佐の仕事も学ばなければ、上に立つ者としては到底足らぬと。これはアイスがエーリカのためを思ってこその配置なのだ。

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