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第1話:立志式

――光帝リヴァイアサン歴125年 2月14日――


 テクロ大陸本土から南東に海を挟むと、そこには島国であるホバート王国が存在した。そのホバート王国の王都から西に200キュロミャートル行った先、小高い山のふもとには1000人ほどの人口を持つオダーニ村という集落があった。その集落でエーリカ・スミスは今年で14歳という頃まですくすくと育つ。エーリカ・スミスや集落の悪ガキ共はこの日、大人の階段を1つ登ったという節目の儀式に参加することになる。


 その儀式の名は【立志式】であった。昔は【元服】とも呼ばれた儀式であった。しかしながらテクロ大陸を始めとしホバート王国も今から200年ほど前に成人の年齢を14歳から18歳へと改めた。そういう事情もあり、元服は今では立志式と呼ばれるように変わっていったのである。毎年、2月14日に執り行われている立志式は、人口1000人程度の村でも欠かさずおこなわれている。


「これにて立志式は終了です。昔なら大人の一員として働くことになりますが、皆様は今のホバート王国法においては、もの知らぬ子どもよりかはいくらかマシ程度の扱いです。ですから、そんなレッテルをはってくる大人に負けぬよう、【若者組】に所属し、そこでしっかりと学びを深め、各々の将来のために日々、励んでください」


 この辺境の村:オダーニの儀式関連を一手に引き受けている一族がいた。その中でも今年で16歳になる巫女:セツラ・キュウジョウがお姉さんとしての役割を果たすべく、悪ガキ共へ高説を垂れることになる。


「セツラ様がそう言うなら、拙者たちも渋々従うでござるが……。なぁ、アベル。どうせ、拙者たちは家の稼業を手伝うくらいしか、将来の見込みなんか無いのではござらぬかぁ!?」


「うむ。ブルースの言う通りだ。それがしは農家の三男坊。ブルースは篭屋の次男坊。こんな辺鄙な村では上が何かやらかさない限りは部屋住みはほぼ確定である」


 この村の悪ガキ共の代表格であるブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンのふたりが、そう愚痴を零した次の瞬間には、立志式を終えて、さあこれから将来の夢を各々で語ろうとしていた若者たちの雰囲気が一気にしらけモードへと移行してしまう。皆、わかっているのだ。このオダーニ村に真の意味で大人になるまで居続けることになれば、嫁すらもらえず、親や兄貴たちの稼業手伝いで一生を過ごすことくらい。


 部屋住みとはまさにこういう状況になることだ。部屋住みが嫌だからと言って、頼るひともいないというのに故郷を離れ、都会やテクロ大陸本土で立身出世を果たすのは限りなく難しい。いくらオダーニ村と言えども、稼業を手伝うことで細々とながら食っていけることは出来る。だが、男ならば立身出世を夢見てこそだと思える時代なのだ、今は。


 ホバート王国から海を挟んで北西に進むとテクロ大陸本土がある。その地ではかれこれ100年近く戦乱時代が続いている。しかしながらホバート王国は海峡という天然の要塞が存在しており、ホバート王国内には大陸からの戦火が届きにくい状況となっていた。自分から命を質に入れる者以外でホバート王国から、わざわざ海を渡ってテクロ大陸本土に向かう者は稀と言って良かったのである。


「おいらは若者組で1年過ごしたら、ツールガの港町に出稼ぎにいくだ」


「ミンミン……。お前んところは兄妹が多いでござるからな」


「なぁに、ブルースたちとはあと1年は若者組で一緒にバカ騒ぎできるだ。おいら、寂しくなんかないだべさっ!」


 ミンミン・ダベサ。エーリカ・スミスやアベルカーナ・モッチン、そしてブルース・イーリンたちと同じく今年で14歳の若者である。しかしながら、ミンミン・ダベサは10人兄弟の次男坊にあたる。長男のピクミン・ダベサが稼業を継ぐのは良いとして、その稼業だけでは、残りの兄妹たちを喰わせていくことなど到底できはしない。


 誰しもがお先真っ暗とまではいかないが、自分で決めたわけではない閉塞感に満ちた未来を吹き飛ばしてほしい気持ちを持っていた。だからこそ、立志式が執り行われた式典会場用の建物に居合わせたとある女子に視線を集中させたのだ。


「ん? なんで皆であたしを見てるの? 拝観料をもらうわよ?」


「拝観料って、自分の胸のサイズを確認してからいってほしいでござるよ、エーリカ……。そうじゃないでござる。いつものようにエーリカの夢を聞かせてほしいのでござる」


「そうだそうだ。夢で腹やエーリカのちっぱいは膨れ上がったりはしなが、それでもエーリカが語る夢は、それがしたちの心を満たしてくれる」


「あんたたち、あたしに喧嘩売ってるの? それともただのバカなの?」


 ブルース・イーリンとアベルカーナ・モッチンはエーリカの塩対応に腹を立てそうになる。見た目こそ美少女であるが、その美少女が台無しになるくらいには口が悪いと言ってしまいたくなる。しかし、エーリカが続ける言葉によって、自分たちのほうが間違いであると気づかされることになる。


「良い? モテる男の条件は夢を語れるかどうかなのっ! そして、真にモテる男はその夢に向かって邁進することよっ!」


「ぐぅの音も出ないでござる……」


「くやしいが右に同じである」


 自分たちが立志式を終えた男として何とも恥ずかしいことをエーリカに頼んでいたことに気づかされる2人であった。そんな彼らを見ていたセツラ・キュウジョウは苦笑いする他無かった。そして、お姉さんとしての役割を果たすために、エーリカにあまりきつく当たらないようにと、エーリカを諭すのであった。


「セツラお姉ちゃんは軟弱どもに優しすぎるのよっ! あたしは城をこの手に収める夢を持っているの。だから、軟弱者を配下にする気が無いって言いたいだけなのっ!」


「エーリカさん。それって……」


「うんっ。あたしも今年で14歳。立志式を無事に終えて、大人になるためのの自覚をひしひしと感じてる真っ最中よ。だからこそ、ブルースやアベルにはあたしのようにもっと野心を持ってほしいって思ってる!」


「マジでござるか? エーリカ」


「マジもマジよ。ブルース。あんたは切り込み隊長」


「それがしは!?」


「アベルは遊撃隊長ねっ!」


 ブルースとアベルの顔は、ひまわりが咲いたかのように元気いっぱいの表情となっていた。エーリカが言わんとしていることを理解したからである。エーリカは夢を夜見る夢として終わらせようとはしていなかったのだ。昔からとんでもない発言をする女子だと思っていたが、熱く語る夢をまさかまさかの本当に実現しようとしているとはまさに夢にも思っていなかったのである。


「皆、うらやましいだべさ。おいらも何かの隊長になりたいだべさ」


「ミンミンは優しくて力持ちだから、輜重しちょう隊長が良い気がするの。でも、村一番の力持ちを後方支援に回すのはもったいない気がするわ」


「ミンミンがいくさと言えども、ひとを傷つけるイメージがわかないでござるからなぁ」


「うむ。せっかくの膂力が泣いてしまうのである。ミンミン、無理強いする気は無いが、エーリカのために前線に立ってくれぬか?」


「おいら、エーリカのためなら、この手を血で汚すのを躊躇しないだべさっ! エーリカ、おいらの力が発揮できる場所に配置してほしいだべさ!」


「わかったわ。ミンミンがそう言ってくれるなら、配置転換を考えておくねっ。でも、例えこちらに刃を向けてきた相手の血だったとしても、それを見ることが無理そうだったらいつでも相談に乗るからねっ!」

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