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プロローグその3

 エーリカたちが占い道具を売っている露店で買い物とちょっとした占いを済ませてから早4時間が経とうとしていた。この露店に本日20人目の来訪者がやってきていた。


「いやあ聞いてくださいよ。今日は面白い訪問者が城内にやってきましてね」


「奇遇ですじゃ。わしのところにも面白い客がこの露店にやってきたんじゃ」


 露店の店主は一目で名のある魔法使いであろう服装と装飾品を身に着けた男とほがらかに会話をしていた。段々と陽が沈みかけていたため、その露店にも他の背の高い建物の影が覆いかぶさることになる。明かりが足りない中、そんなことも気にせずに店主と魔法使いは話を続けた。


「刀剣の奉納という名目でやってきた刀鍛冶師の親子だったんですがね。その娘さんが大層、面白いことを言ってましたよ。町の占い師のおじーちゃんがあなたは望めば城を手に入れられる器だって。だから褒美にはお城が欲しいって言ってきましてね。あなたでしょ? その占い師ってのは」


 店主は思わず、ぶふっと吹きこぼしてしまう。あのお嬢ちゃんはさっそく欲しいものを取りに行ったのかと。その行動力には感心してしまうばかりである。


「その占い師がわしだとしても別に問題ないじゃろうて。はよ、そのお嬢ちゃんの話の続きをせんかっ」


「やはりあなただったんですね。エーリカくんを焚きつけたのは」


「わしが焚きつけんでも、あのお嬢ちゃんは自分の手で城盗りをやってのけよう。だが問題は手段よ。城内の者たちは聞き分けの無い子供を諭すような優しさで対応したのかい? それとも不遜だと叱り飛ばしたのかい?」


「半々ってところですね。だいたい王が献上された刀剣の美しさがゆえに何でも好きな褒美を与えると言ってしまったのが1番の問題なのです。それが大人相手ならば、分をわきまえた褒美を欲しがるでしょうよ。でも、いかんせん、子連れで参上してるのです」


「かっかっかっ! それは王様も対応に困り果てたであろう。して、どういう解決策に至ったのじゃ?」


「先生がエーリカくんの家庭教師として、城の手に入れ方を教えることになりました。いやあ、第3王子の生誕祭ってことで美味い酒が飲めると思って、招待状に従ってうっかり登城してしまったのが痛手でしたねっ!」


 そう言いながら、魔法使いの顔はしてやってやったぜ! という得意げ満々の表情であった。本来の筋書きとしては、第3王子の後見人として選任するために王様がわざわざこのご隠居魔法使いを招いたのであった。しかしながらこの魔法使いは城にやってきた珍客のそれまた珍言に乗っかり、まんまと王様が仕掛けていた罠から逃げることに成功したのである。


「普通ならいくら10歳前後でも王の御前となれば萎縮するんですがねぇ。あの歳ですでにエーリカくんの心臓にはタワシのような毛でも生えてるんでしょうか」


「タワシで済めばまだ可愛いほうかもしれんのじゃ。そして、わしのような占い師の末席を汚している才能無しでもあのお嬢ちゃんの将来のビジョンが見えたのじゃ。大魔導師クロウリー・ムーンライト様はどうお考えですかな?」


「おおっと! 先生の名前をこのような場所で言わないでください! 先生のファンが殺到したら、こんな露店など秒も持たずに崩壊してしまいますよ!?」


「それこそ世迷言じゃ。隠居を決め込むと言ってから早50年。さすがのクロウリー・ムーンライト様の御名前も王都と言えども風化しきっておりますのじゃ」


「それは残念です。若い娘が言い寄ってくれることをわずかながら期待したというのに……」


「若い娘ならエーリカお嬢ちゃんがおりますじゃろ。立派な淑女レディへと教育をお願いしますのじゃ」


「そうですね。兵法のイロハ。軍の運用。領国経営。統治のなんたるかなどなど教えなくてはならないことが盛りだくさんです。でもまあ10年もあれば、立派な将には育てれるでしょう。先生の手にかかればねっ。その先はさすがに運が絡むのでなんとも言えませんが」


 エーリカの預かり知らぬところでエーリカの支持者たちはエーリカの将来を目を細めながら語り合った。それから約1時間経った後になってようやく露店から姿を消そうとする大魔導師クロウリー・ムーンライトであった。彼は去り際に次に王都に戻るのは早くて10年後くらいかと思いますと言い残す。


「わしにはあのお嬢ちゃんが立派になった姿を目にすることが出来るのじゃろうか……。お嬢ちゃんが王都にやってくるということは、それは戦乱の兆しありということじゃな……。お師匠よ、どうかあのお嬢ちゃんの道標になってほしいのじゃ……」


 露店の店主はひとりごとのようにそう呟くと店じまいを始めた。今日の売上金をろうそくの火の下で計算する。今日は自分の人生においての節目であることを知っている。それゆえに儲けた金でいつもより少しだけ良い酒を飲もうと思うのであった。店じまいを終えた後、店主もまた昼とは違う喧噪が飛び交う王都の城下町の一員へとなるべく露店から姿を消すのであった。




「はい、というわけでっ! タケルくん。エーリカくんの家庭教師のひとりとして、オダーニ村に行きましょう! もちろん、文字通り裸一貫の一文無しで路頭に迷っていたタケルくんに拒否権はございませんっ!」


 クロウリーは王都の片隅にある力仕事関係の労働者たちが住まう長屋の一軒に土足で踏み込み、声高々に一方的な宣言をする。宣言を聞かされた男は思いっ切り動揺してしまうのであった。


「ちょっとまってくれよ、クロウリー! 確かに文字通り裸一貫の無一文でさらに記憶喪失という負のトリプル役満を背負った俺を救ってくれたことには感謝してるぜ!? でも、俺にもちゃんとした仕事があるっつーの!」


「大丈夫、大丈夫。先生の紹介で就けたお仕事なので、先生の一言で懲戒解雇もさくっともらってきましたからっ!」


「なにが大丈夫だよっ!? 再就職に響くから懲戒解雇もらってくるんじゃねえよっ!!」


「タケルくんの再就職先はすでに確保していますのでご安心を。あーでもお給金の話とかまったくしてませんでした。この家庭教師のお仕事って、先生たちはどこからお給金をもらえばいいんでしょうか?」


「知らねえよっ! ほんと、昔からそうだなあんたはよっ! って、昔……って??? 頭が割れるようにいてえっ!!」


「おっと。昔のことを少し思いだしそうになってしまいましたか? これはいけません。先生が渡した常備薬は今持っていますか?」


「お、おう。しっかしなんだって言うんだこの頭痛はっ。クロウリーが言うには頭の病気じゃないから心配ないとは言うけど、結構、こわいぜこの症状はよっ!」


 20歳手前の偉丈夫な男が腰のポーチから丸薬を取り出し、それを背の低いテーブルの上にあるコップの中の水と共に喉の奥へと流し込む。3分ほど経つとひどい頭痛が嘘のようにすぅっと消えていき、ほっと安堵の息をつくことになる。


 大魔導師クロウリー・ムーンライトからタケルと呼ばれた男の本名はタケル・ペルシックである。彼はある日、気付くと大草原のど真ん中で裸一貫で横たわったっていた。そんなところを偶然、馬車に乗っていたクロウリーと出くわし、クロウリーの世話によって何とか寒さや飢えをしのぐことが出来ていた。


 その大恩もあるせいで、クロウリーの無茶な仕事の依頼にも対応せざるをえない事態となっていた。そして、今度のクロウリーからの無茶な仕事とは8歳の嬢ちゃんを立派な将へと育て上げるというプロジェクトのお手伝い役であった。


「いやまあ、クロウリーが物理的な剣技とか力仕事が関わることに関してはこれさっぱりだからってことだから、俺が御指名なのはわかるぞ? でも、クロウリーが一枚噛むってことは、その嬢ちゃんはとんでもない才能持ちなのか、それともとんでもない高貴なお方のどっちかってことだろ?」


「とんでもない高貴なお方のお世話係から逃げることは成功しました。しかしなんというか棚からぼた餅とはまさにこのこととばかりに、傑物の予感をひしひしと溢れさせるエーリカくんでしてね。先生は一目で惚れこんでしまいましたよ。タケルくんも実際に目にすれば、そうなりますって!」


「ふーーーん。クロウリーがそう言うのならば、そうなんだろうな。んでもいいのか? 俺がもし違う意味で惚れこんだりしたらさ。家庭教師との禁断の恋なんてヲチなんかになったりさ?」


「そのときは責任取ってもらうだけですからご安心を。将来の女王陛下に手を出した不届き者として袋叩きにされるのか、はたまた女王陛下と家庭教師との禁断の愛を成就させるのかは、タケルくんご自身の能力次第でしょうしね」


「あ、あれ? ちょっと待ってくれ??? 何か聞き間違えたのか……な? 俺たちは立派な将として教育をほどこすん……いってぇ! さっき薬を飲んだばっかりなのにまた痛みがぶり返してきやがった!!」

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