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プロローグその2

――光帝リヴァイアサン歴119年 3月3日――


 この日はまだ地面にちらほらと雪の残滓が残っていたが、春の訪れを告げる南からの温かい空気がこの国に流れ込んでいた。テクロ大陸の南東に位置する島国ホバート王国はこの春の訪れを告げる風が舞い込む日を記念日としていた。


 この記念日にとある家族がホバート王国の王都:キャマクラに仕事も兼ねて来訪していた。その家族の父親の名はブリトリー・スミス。彼は400年続く由緒正しき鍛冶工房の正統な後継ぎであった。齢35才でありながら、その鍛冶屋としての腕を現当主であるハマチトリー・スミスからお墨付きをもらっていた。


 ブリトリー・スミスは二振りの剣を背にしょい、王都:キャマクラから西に200キュロミャートルに位置するオダーニの村から遠路はるばる王都へと家族を連れてやってきたのである。彼は最初、ひとりで背にしょっている二振りの剣を王様に献上しにいこうとしていた。


 例年のことならば、彼の家族はお仕事頑張っていってらっしゃいと言われていた。しかし今年の春の記念日はその3週間前に現王に歳の離れた第3子が誕生したということで、第3子の生誕祭も兼ねることになった。それゆえに例年であれば穏やかに迎える春の記念日なはずのところ、王都は特別に祭りを開くことになった。


 そうとなれば話はまるで変わってくる。ブリトリーは愛妻と息子らから是非同行したいと言われてしまう。ブリトリーはやれやれと嘆息しつつも、長旅になるから途中でへたり込むんじゃないぞと今年の5月に8才になる愛娘であるエーリカ・スミスに注意していた。


 しかし親の心、子知らずとばかりにエーリカは200キュロミャートルの旅路の道中、ずっと元気いっぱいであった。その元気さは王都に着くなり100倍にまで膨れ上がってしまう。ちょっとでも目を離せば一瞬でどこかへ消えていきかねないほどの元気さだ。ブリトリーは背中にしょっている王に献上するための大事な二振りの剣へ心を集中することはけっしてできなかった。


「エーリカ。わたしの側から離れないようにしろと言っているではないかっ」


「えーーー!? いつもは危ないからあっちに行っていなさいって工房に近寄らせもしないくせにー!」


「ふふっ。口でエーリカにかなうわけがないのですわよ。さあエーリカ。パパだけじゃなくママも心配するからこっちに来なさい」


 ブリトリーの妻であるタマキ・スミスはエーリカの右手を左手で優しく掴み、こちらに来るようにと促す。しかしエーリカはむぅと不満げな表情であった。タマキはそんなエーリカの表情を見て、苦笑してしまう他なかった。自分の右手を離さないようにしている甘えん坊の男の子と比べると、どちらが娘でどちらが息子なのかわからなくなってしまう。


「エ、エーリカ。ママが困ってるんだ。少しは女の子らしく振舞ったらどうだ?」


「何よ、こんなときだけお兄ちゃんづらしちゃってさっ! お兄ちゃんはオダーニの村とは全然都会の王都にやってきて、こころと身体が浮き立たないの!?」


「そ、それは……。ぼくはこんな騒がしい場所よりもオダーニの村で心地よい風が吹く木陰の下で書物を読んでいたほうがす、好きだよ。なんで家を出る時はあんなに大はしゃぎしてたんだろう。ぼく人込みが苦手なんだってつくづく思っちゃう」


 タマキはエーリカの兄であるメジロトリー・スミスのなんとも物静かで大人しい性格を表す台詞を聞いてどこをどう間違えて、兄妹の性格が入れ替わってしまったのだろうかと困り顔になってしまうのであった。さすがに手が余ると思ったタマキはエーリカを少しでも落ち着かせようと目についた露店へとエーリカを促す。


「おや可愛いお嬢さんだねぇ。占い道具に興味があるのかい?」


 タマキは店選びを間違えてしまった。遠目から見ると何かしらの小さな置物やアクセサリーの類を販売している露店のように見えたのだが、実際には小さな香炉やベル、そして水晶玉にオシャレ用途には厳しいネックレスや指輪などを置いている露店であった。エーリカやメジロトリーは目を丸くしながら珍しい品々に注目していたが、母親であるタマキとしてはもっと普段使いが出来るオシャレな小物が置いてある露店を選ぶべきであったと思わざるを得なかった。


「まったく……。何か買わせなきゃおさまりがつかないのは間違いじゃなさそうだが、店選びはあまり良くなかったようだな、タマキ」


 この夫の神経を逆なでる言葉に少しイラっときたタマキは言い返さずにいられなくなる。


「あらそうかしら? 占い道具なんてオダーニ村ではめったに購入なんてできませんわよ。ほら、子供たちを見てみなさいよ。喰らいつくそうとばかりに品物をまじまじと見てますわよ」


 うっしまったと思わざるをえないブリトリーであった。時すでに遅し。タマキはニコニコとした笑顔であるが身体から溢れるオーラには、つべこべ言わずにてめーも子供たちといっしょに品選びしやがれという殺意が込められていた。ブリトリーはなるべく妻の顔を見ないようにしながら子供たちと混ざり、露店の台に並べられた商品を手に取り、これなんかいいんじゃないかと子供たちに勧めるのであった。


「ほう。お客さん、なかなかの目利きなのじゃな。さては何かしらの細工の職人かね?」


「職人は職人だが刀剣鍛冶ですよ。こういったアクセサリー関係は小銭稼ぎにたまには作りますが、本職のひとたちにはかないませんよ」


「ふむ。今日は祭りがゆえに人の出入りが多いが気に入った客はとんとこなかったとこじゃ。どれ、商品を買ってくれれば、わしが簡単な占いをしてしんぜよう」


 露店の店主にそう言われながらも、占いねぇ……と訝しむブリトリーであった。神仏の類は刀剣鍛冶ゆえに薄くはない信仰心を持っていたが、占いとなれば別腹である。当たるも八卦、当たらぬも八卦が常なのだ、占いというものは。それなら良い刀が打てますようにと毎日、神棚の前で拝み倒していたほうがよっぽどご利益がある。


「おやおや、パパのほうは占いは信じていない類のお方のようじゃな。お嬢ちゃんはどうかな?」


「あたし? あたしはどうなんだろー。欲しいものがあったら、自分の手でどうにかして手にいれる方法をとことん考えて、実行に移す派だからなぁ……。でも、占い自体は好きっ! 良い結果を聞くとそれが嘘だとしてもその時は素直に喜んじゃうほう!」


「ほっほっほっ。なかなか賢い子じゃて。見た目10歳前後だというのに世の中を楽しむ方法を知っておる。さあ、わしに手のひらを見せてごらんなされ」


 エーリカは店主にそう言われると、自然と左手を差し出した。店主はエーリカの子供ながらの柔らかい左手を自分の両手でそっと包み込み、エーリカの手のひらを右手の人差し指で探り始めた。すると店主の脳内には驚愕の映像が流れ込む。


 店主の脳内にはこの少女が20歳前後となっている姿が浮かび上がっていた。それと同時に彼女の周りには全身傷だらけの鎧武者たちが仁王立ちしていたのである。まるでこの世のわざわい全てから彼女を護らんとする近衛兵とでも言えるような彼らの立ち振る舞いであった。


 どんな傷を負おうとも決して膝を地面につくことなく、彼女を護り抜こうとしている勇壮な姿であった。しかし、庇われるだけが自分ではないとばかりに20歳前後の姿となったエーリカが右手に刀を左手には軍旗を持ち、皆の先頭を歩き始めたのである。


 まさにその姿は千の味方の屍の上に立ち、万の敵の屍の山を築き上げる英雄そのものの姿であった。こんな衝撃的な映像が脳内に映し出されたことなど、この店主には今までに一度もなかった。それがゆえに自分が見たこの映像をそのまま現実世界の眼の前にいる少女に告げていいものかと思い悩んでしまう。


「お嬢ちゃん。ひとつ質問させてほしいのじゃ。お嬢ちゃんが今1番欲しいものは何じゃ?」


「んとね。王都が見える前までは王都でオダーニ村に住む友達のお土産がほしいなぁって思ってたの。でも、王都が見える丘まで馬車が進んだのねっ! そしたらわたしが今まで見たお城のなかでは1番素敵なお城が見えたのっ! わたし決めたの! わたしがほしいのはこういうのがいいなって!!」

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