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第八十三話 『神様からの三行半』その5

 美紅さんに言われて、わたしは届け先住所に行って来ることになった。

 ちなみに、探し物をするうちにいつの間にかお昼を過ぎていたから、戻ってからすぐお昼ご飯を出してもらうことになっている。普通にお腹空いてきたし、楽しみだ。

 閑話休題。わたしはまだ少し風が強い中、スマホの指示に従ってその場所を目指して飛ぶ。

 地図で見る限り、少なくとも生きている人が住んでいる土地ではない。いるかもしれないけど、住む場所では無い。

「…………」

 わたしはGPSと地図の通りの場所にある程度近づくと高度を落とし、その小さな敷地を見つける。

 その敷地には門もなく、しっかりした柵もない。でも、そこだということはすぐにわかった。地図の通りの場所だったから。

 それは、ただ人の手が入り続けることで保たれているのであろう、山間の墓地だった。

 十を数える程度しかない墓石の中で、わたしはその宛て名の名字を見つけた。フルネームでの一致は確認できない。何故なら、そもそも宛て名の指定に名字しか書かれていなかったし、墓石にも『◯◯家之墓』としか掘ってないからだ。

 でも名字の被りもなさそうだし、ここで間違いなさそう。

 本来ならここに離縁状をお供えしておしまいってことだったんだろうけど……。

『届け先になっている住所に行ってきて。その方がわかりやすいはずだから』

 美紅さんの言葉の意味も、今もってわからない。

 幽霊が待ち構えているということもなく、生きてる人に会ったわけでもなく、わたしは不発の気持ちで神社に戻ることになる。



「おかえりなさい」

 美紅さんとお昼ご飯にあたたかく(物理的にもあたたかく)迎え入れられたわたしは、塩気の利いた鮭茶漬けに舌鼓を打って、半分くらい食べて体温が戻ってから切り出す。

「ごめん、わかりやすいって言われたけど、何もわからなかった。誰もいなかったし」

 わたしの言葉に、茄子の漬け物を口に放り込んだばかりだった美紅さんはリアクションより咀嚼を優先する。

 ややあって、美紅さんは軽く頷いて言う。

「誰もいないってところを見てほしかったのよ。届け先は、お墓にはいません」

「眠ってなんかいませんって?」

 千の風になってそうな発言に思わず軽口を返すと、美紅さんは上品にお茶碗を置いてから、俗っぽい仕種でぱちんと指を鳴らしてみせる。

「その通りっ。……眠ってもいないし……そもそも、実家に帰っていないの」

「え、じゃあ今もこの神社にいるの?」

 わたしは鮭の皮を箸で持ち上げたまま目を見張る。

 ここに来てからわたしは美紅さん以外の人物を見かけていない。夢でなら依頼元の神様に会ったけど、本当にそれだけだ。

 それとも、どこかで奥さんとすれ違っていたのだろうか。

 考えるわたしの前で、美紅さんはまたお茶碗を持ち上げて、ずずっと表面のお茶を飲んでから、ふぅと息をつく。

「いるわよ」

「どこに?」

 わたしが思わず被せると、美紅さんはちょっと勿体ぶるように柔らかく唸って、それから、またにっこり笑った。

「あなたの目の前にいます」

「えっ」

 わたしは思わず鮭の皮を落として、慌ててお茶碗でキャッチする。

「ええぇ……妹さんじゃなかったの?」

「ええ。奥さんです」


 すっかり誤解していたわたしに、美紅さんはこの辺りの昔の話を聞かせてくれた。

 昔々、この山に棲まうとされていた神様は聞かん坊の青年で、何かとすぐに暴れた。この辺は天気が荒れやすい土地であり、神様も山の天候そのものに神格がついた存在だったから、普通に自然の動きに左右されていたらしい。

 でも、それでは近隣の人々が困ってしまう。そりゃそうだ、天気だけでも大変なのに神まで暴れるんだから、たまったもんじゃない。だから神様に少しでも人に寄ってもらうために、お供えをしたり、祭の日には麓の村に降りてきてもらったり、何かと交流を試みてきた。

 そのうち、神様は人寄りのものを面白がるようになった。それを逃すまいと、人々はもう少し神様に落ち着いてもらう策を考えた。

 で、所帯を持てば落ち着くのではないかと、誰かが考えた。

 普通の青年がそうした機に落ち着くことがあるように、神様だって変化するかもしれない、と。

 そして、麓の村を代表して、美紅さんが嫁入りした。


「あの頃はまだ出雲の集まりにも行くこともなかったのよね。お上の何かの都合で細々した信仰もある程度まとめてしまおうって話が出たときになって、長いものには巻かれておこうってことで、後から神道っぽく調整したから」

 美紅さんの補足の方は、わたしにはよくわからなかった。日本の宗教ってやつにも色々あるみたいだ。

 わたしは今し方食べ終わったお昼ご飯に軽く手を合わせて、さりげなく食器を寄せる。流しに持ってくのは話が終わってからでいいだろう。

 それから、

「でも『兄さん』って……?」

 わたしが一切言及されなかった方に突っ込むと、美紅さんは「それね」と誤解していたことを微笑ましそうに扱う。

「今の子は知らないわね。この辺りでは結構普通だったのよ。年上の夫のことを兄さんって呼ぶの。そうしない人もいたけれど……私たちは歳もうんと離れていたし、元は立場にも違いがあったから、兄さんって呼ぶのがちょうどよかったの」

「……そ、う」

 相槌は打ってみるものの、ずっと『誤解してるなあこの子』と思われていた事実に頬が熱くなり、機嫌が斜めに傾いていくのがわかる。

 言ってよ! ていうかわかるわけないじゃん! と。二十秒くらいは地団駄踏んで暴れたい。

「ごめんなさいね」

 考えが顔に出ていたのか、美紅さんは微笑ましそうなまま一応の謝罪を寄越す。よけいはずいだろ……。

 わたしが黙っていると、ふと、美紅さんのゆるやかな視線がすっと鋭さのようなものを得る。

「受け取りたくなかったのよ、離縁状なんて。兄さんがいなくなったらさっさと実家の墓に行くと思われていたのも気に入らなかった」

「……好きだから?」

 思わずわたしが突くと、永い時間に踏み固められてきた確信がまっすぐ返ってくる。

「勿論。だからここにいるのよ」

 聞かされている方が照れてしまう話だ。

 どうして神様は、こんな美紅さんに離縁状を届けるように依頼したんだろう。自分がいなくなったあとなら、別に関係なさそうなのに。

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