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幕間 『サイトウ』

『この間のお礼を所望します』

『なんじゃらほい?』

『デートしない?』

『エイプリルフールは半年ほど先だが?』

『いいじゃん減るもんでもないし』

『それもそうかな……そうかも……』

 そんなくだらないやり取りがあったのは一昨日。

 土曜の今日はオフとして、昼時の今、サイトウと待ち合わせしていた。

 待ち合わせ場所はあの時計台の前だ。

 青天井が高く薄い秋空の下、一応名目を考慮してブラウスとスカートを合わせてクリーム色のカーディガンを羽織ったわたしは、箒と魔女帽子なしで立っていた。要らんらしいので。

 早めについて時計台のハッピーな近況を聞いていると、時間の丁度五分前にサイトウが現れる。

 なんか洒落たやつが着る服着てる。何個かジッパーが走るダメージジーンズに黒いだぼパーカーのラフめな服だ。……ちょっと系統外したな。まあいいか。

「よ。待った?」

「全然。時計台と話してたし」

 軽く手を上げた同士の会話。

 それからサイトウは時計台にも挨拶する。

「こんにちは」

「こんにちはです!」

 時計台も元気に応えるが、サイトウには聞こえていない。

 喋る気なら魔法を……と思ったけど、声を通じさせる魔法、箒なしで使う練習をしていない。

 だけど時計台がすぐに「いってらっしゃい!」とわたしたちを送り出すので、それに甘えてわたしは、すぐに場所を変えることにした。

「いってきます」

 二人で時計台に言って、どこへ行くのかわたしにはわからないまま、二人で道を歩き出す。

 今日のざっくりした予定すら聞いていないわたしは、サイトウについて行くしかない。

「ご飯食べた?」

「まだ」

 歩幅が広いサイトウに置いて行かれないようにしながら、わたしは短く答える。なんか妙に歩くの早くないか?

「じゃあそこの店入ろ」

 サイトウは近くのこぢんまりした喫茶店を指してわたしに振り向いてから、はたと足を止める。

「ごめん、なんか足早まってた」

「いいけど」

 怪訝な気持ちを隠さないわたしに、サイトウはつるんと白い頬を掻く。むず痒い。これは……よくない、んだろうか。


 喫茶店に入って、それぞれ好きなサンドのセットとアイスティーを頼んで、わたしたちはお冷を挟んで向き合う。

 わたしは先に、確認すべきところを言っておく。

「一応今日財布の中身多めにしてきたし、この間の労働のお礼にある程度なら奢れるよ」

 するとサイトウは目を丸くして、それから露骨に恥じ入る。

「あー……奢る気でいた」

「なんでだよ」

 一応突っ込んでおくが、多分答えは『デートだから』だろう。

「デートだから。つい。間違えた」

 ほら当たり。当たったからどうということはない。

「何、思春期?」

「最初からそうだろ」

 今日のサイトウはボケボケかと思ったが、わたしの雑なボケにはテンポよく突っ込みが来る。それはよかった。

 でも、サイトウは文化祭の最後、変に照れちゃったっぽい場面からこっち、なんかわたし相手への調子を崩している。

「気まずくなるなら飯だけ食って帰る?」

 わたしが敢えて雑な口調で尋ねると、サイトウはうーんと悩む。

「ちょっと考えさせて」

 それからわたしたちは早速届いたアイスティーとサンドに助けられて、そこそこ無言が挟まる時間を共有する。

 気まずくなるのは嫌だけど、この無言は別にそこまですごく嫌でもない。判断に迷う感じだ。

「とりあえず、映画でも見に行かない?」

 先にサンドイッチを食べ終わったサイトウの提案。

 それは嬉しい。最近映画を見れていなかった。

 わたしは嬉々と頷いて、サンドイッチの残りの三口をマイペースに平げた。



 どこの映画館に何を見に行くか決めていなかったサイトウを引き連れて、わたしはお気に入りの映画館を訪れた。

 道すがらどんな映画館か軽く説明はしたけど、特に反対もされていない。

「お久しぶり」

 わたしが声を掛けると、支配人が新聞を読むために携えていた老眼鏡を外して顔を上げる。

「おや、こんにちは。今日はデートかな?」

 揶揄うような言い方に、わたしは軽快に返す。

「一応ね。今日何やってる?」

「これと、これだね。どちらも上映中だけど、どちらも二周上映の一周目だよ」

 支配人も揶揄い混じりの態度が空ぶりしたことに一切動揺していない。流石諸老紳士、つよい。

 わたしはサイトウと一緒に支配人が見せてくれた二本の映画を見比べる。

「どうする?」

「俺はどっちが良さげか判断つかないな。どっちも面白そうだし」

 サイトウが眉間にしわを寄せて本気で悩んでいる。

「じゃあこっちにしよう」

 わたしが即決すると、サイトウが軽く首を傾げてみせた。

 仕方ない。わたしは理由を簡潔に説明する。

「音楽映画こっちだし、バンドマンと見るならこっちの方がいいだろ」

 すると、聞いていた支配人が冗談か本気か咳払いをした。

「バンドマンはやめなさい」

「あははっ!」

 サイトウは気を悪くしたでもなく笑いだし、わたしもつられて笑ってしまった。



 わたしたちは映画を一周半観て、そのまま帰路につく。勿論、映画代はちゃんとわたしの奢りだ。

「で、急に誘ったデートはお礼扱いしていいくらいのもんだった?」

 夕暮れ、大通り沿いの歩道を歩きながら尋ねるわたしに、サイトウはちょっとだけ考えて言う。

「うん、充分。でも、付き合ってくれーって感じかどうかは悩ましい」

「あけすけ男すぎる」

 変に意識しかけてたのもたち消え気味のわたしがそのまんま評すると、サイトウがゆっくり歩いたまま半身だけこっちに向ける。

「今日はいいかな、そういうの」

「そう」

 その答えに、わたしもあっさり返した。

 まあ、気まずくならなってなくてサイトウも困ってなさそうなら、サイトウがわたしをどう意識していようが構わなくていいだろう。

 わたしたちは駅まで歩いて、改札で別れる。

「じゃあまたね、春日」

「お、おう」

 最後に手を振るサイトウが地味に呼び方進展させやがったせいで、わたしは一瞬言葉に詰まった。今までずっと『魔女さん』だったのに。

 してやったりの顔までされてしまった。

 わたしはしばらくそれにイラっとして、そして――家につく頃には忘れた。

 次からは、多分こうして名前で呼ばれるのだろう。


 まあ、わたしはサイトウって呼び続けるが。

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