『青春する』
魔女の予定帖に記されていた文字を思い出して、わたしは笑う。
そうだな、青春するならこれくらい本気出さないとな。
わたしは帽子を落とさない程度にアクロバットに飛び回りながら、ちゃんとついて来ている台車の中に向けて次々と花降らしの魔法を掛けていく。
そして、上手く咲いたやつからふんわりと飛ばして、客席や通路を花まみれにしていく。後片付けが憂鬱になりそうだったけど、一旦忘れておくことにした。
だって、折角の文化祭。
ここでやめちゃうなんて勿体ない。
わたしが飛ばす前にサイトウが客席に配った花もある。主に女性客が嬉しそうにしている。容姿の有効活用だ。やれやれやったれ!
舞台上のクラスメイトたちが歌う春告げの歌に合わせて、わたしもはしゃいで輝いてみせる。明日反動で寝込みそうなくらい、今はハイなテンションだ。
春だ。春だ! みんな、酸欠になってる場合じゃないぞ、起っきろー!
わたしの大はしゃぎの甲斐もあったのか、合唱部の合唱は予定通り行われた。
彼らの最後の一曲は『歓びの歌』。出来すぎだけど、たまにはこういうのもいい。
泣きながら抱き合う合唱部の面々の顔を見て、わたしはスカッとした気分になったのだ。
とはいえ、文化祭のプログラムが一通り終われば、現実の一端がやってくる。
舞台袖の前に手招きされて、わたしと志村は大人しく担任の言葉を待つ。
「春日、私が何を言いたいかはわかっていますね」
「ハイ」
わたしは早速担任にお叱りの予告を受ける。
「殿田も」
……殿田?
「ハイ」
志村が返事をした。
ああ、そうだ志村の本名殿田だった。つまりお叱りは志村もだった。
だけど、担任は小さく溜め息すると、口の端のにやけを堪え切れない顔で続ける。
「お咎めは後日です。それと、知らない男子生徒の参加は、私は気づいていませんでした。いいですね」
「すみません」
その温情に素早く頭を下げた志村に、わたしも続いておく。
「片付けの集合時間に間に合うように戻りなさい」
担任に言われてわたしが頭を上げると、丁度キオちゃんが来ていた。
オフィスカジュアルっぽい服装で保護者然として見える筈の彼女は、いつものポニーテールの印象も相俟って下手したら就活生にも見える。キオちゃんはわたしから箒とお礼を受け取ると、先生に頭を下げる。
「先生、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。改めまして、春日はる來の先輩にあたる魔女です。この子、魔法で何か問題を起こしましたか?」
「さあ? 物は散らかしたみたいですが、それ以外は特に」
全力でしらばっくれてくれる先生に、キオちゃんは『何かあれば』と連絡先を渡し始めた。
「長くなりそうだし、あいつら探してきな」
いつの間にか来ていたローエンに言われて、わたしは衣装のままで駆け出す。
サイトウ……は最悪ゆっくりお礼の連絡を取っても大丈夫だけど、さそりにサングラスを返したりまだ会えてない招待客を探したりは急務だ。
ダッシュで体育館を出ると、何人かの生徒に囲まれているさそりとサイトウがいた。
わたしが声を掛けるより先に、サイトウがわたしに気づく。
「お疲れ魔女さん」
二人を囲んでいるように見えた生徒たちは特にさそりに関心が向いていたみたいで、サイトウはすんなり人の輪から出てきた。
「お前もな。ありがとう。助かった」
「ならよかった」
終わってもまだいつもよりハイなお礼を言うわたしに、サイトウは若干面映そうな様子で返す。
「…………」
え、減らず口発揮してくれこういうときこそ。
気まずくなりそうな気配を察知して、わたしはさそりに声を掛ける。
「さそり、今日はありがとう。サングラス返す」
すると握手なんぞねだっていた生徒の手を離したタイミングのさそりがわたしにその手を伸ばしてサングラスを受け取った。
「こっちこそ。面白いものが見れたよ」
丁度きりがよかったのか生徒たちは散るけど、わたしもここに長居はできない。
「じゃあ、わたし一旦人探すから、二人ともまたね!」
わたしはまた駆け出しながらスマホを取り出すと、一瞬立ち止まってもう一組の招待客の片方に電話を掛けながらまた走り出す。
呼び出し音が二回鳴ったくらいで、相手は電話口に出てきた。
『魔女さん、お久しぶり。文化祭ちゃんと来てるよ』
「超ひさしぶり! あとちょいで撤収なんだけど今どこ?」
階段を登り始めの弾む息のまま問うと、意外な返事が返ってきた。
『保健室のお世話になってます……』
「はい?」
今通り過ぎてきたところだ。
わたしは登りかけた階段を降りて、保健室をノックして返事を待たずに開ける。
そこには口元の黒子が素敵な保健の先生と、久々に見る青年の気まずそうな顔があった。
保健の先生は奥のデスクからこちらを一瞥したけど、わたしが青年を指すと納得したように書類仕事に戻る。二人ともレインボー気味な衣装への反応はゼロである。
青年は、手前の長椅子に座った状態で苦笑する。
「彼女がちょっと卒倒しちゃって……」
「幽霊って卒倒すんの?」
わたしが送った一枚の招待チケットでやってきたカップル、それはわたしが最初の依頼で関わった青年と、そのお隣さんだった幽霊の女だった。
今は二人で一緒に暮らしているから全然お隣さんじゃないんだけど、未だにわたしの中だと『お隣さん』のイメージだ。今はわたしが青年の隣に腰掛けているけど。
片方幽霊だからってチケット一枚で招待しちゃったこのカップルは、聞けば途中まで文化祭デートを満喫できていたらしい。
「そりゃよかった」
わたしがほっと胸を撫で下ろすと、青年は頭を掻く。
「でも、舞台の前にって調子に乗ってお化け屋敷に行ったら、それがすごい力作で…………」
わたしは保健室を見渡す。先生と青年とわたし、それからベッドはほぼ空で、お隣さんが寝ていると思しき一箇所だけカーテンが閉まっている。
そこまで確認してから、でっかいツッコミどころに対応すべく、大きく息を吸い込んだ。
「幽霊がお化け屋敷にビビって卒倒すんな!!!!!」
そうして、青年とお隣さんをオチ要員にしたわたしの文化祭は幕を閉じた。
実はお隣さんの幽霊にビビり散らかしていた保健の先生に泣きつかれて職員室まで付き添ったり、大変すぎる花びらの後片付けを有志クラスメイトや合唱部とバカ笑いしながらやったり、生徒会と先生たちに本気で謝ったり、後回しだったお叱りを受けたり、反省文を書いたり、ローエンへのお礼でお小遣いの残り額を削ったり、サイトウとさそりとキオちゃんにあのときの事情を教えたり、あとは余った種を文通相手の中学生に送ったり……その後も色々、色々とあった。
だけどそこまで含めてまるっと、『青春する』だった。