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第七十七話 『見習い魔女と文化祭』その9

 わたしは志村に次いで舞台袖のスペースに戻ると、すぐに隅に積まれている花降らしの対価を確認する。

 花降らしの魔法を使う予定だったときのまま、セッティングは大体済んでいた。

 小さな袋に土と肥料と花の種が入ったセットが大きな袋に入れられて、台車に積まれている。……よく考えるとこのまま根を張ってしまってたら園芸部に譲れないかの打診もダメになってそうだし、使うことになってよかったかも。

 それから、同じ大袋の中には霧吹きもいくつも入れっぱなしになっている。きっちり水が詰められたやつだ。バタバタしていて忘れられていたのが不幸中の幸いだ。

 元の予定では、舞台の上にも周りにも花降らしの対価を全部設置しておいて、わたしが上からそれぞれに魔法を使うだけだった。

 設置されたセットにそれぞれ魔法が行き渡るようにして、対価を花に変化させる。そして、切り花のように切り取った花たちをふわりと浮かせて、春が来た歓びを表現するのだ。

 花降らしとは名ばかりに、降らせず浮かせて使う。その予定だった。

 わたしはバタバタしているクラスメイトを振り返る。

 やっぱり、下準備なんてお願いできそうにない。だったら、別のやりかたをするべきだ。それは多分、完全にアドリブで一任されていて……逆に言えば何やってもいいはず。

「…………よし」

 不可逆な行動の覚悟を決めると、わたしはまず大きな袋の中から小さな袋を十個くらい退かす。

 次に、大きな袋の中に残った小さな袋の口を破って、大きな袋の中にぶちまける。そして最後に、上から霧吹きの中の水を大雑把に、でも乱暴になりすぎないように零していく。

 大丈夫。かなり大雑把にはなるけど、ちゃんとこれで対価は完成している。

 この大袋を箒に下げて席を回りながら花を咲かせれば魔法の副産物の酸素も行き渡るはずだし、咲いた花から適当に観客に渡していけばいい感じの演出にもなるはずだ。

 わたしは大きな袋の持ち手部分を掴んで、箒の柄に掛けて浮かせないか確認しようとする……が、それは、経年劣化らしき荒れ方で、ぶっつりと切れていた。

「え……マジ?」

 どうしよう……? わたしは辺りを見回す。

 箒に引っ掛けるプランはもうだめだ。

 となったら……誰か、誰かに代車を押してもらえば……いや、でも誰に? 村人役は変だし、主役級の子たちにもやらせられない。裏方の誰か?

「春日、大丈夫?」

 忙しいであろう志村がわたしの様子に気がついて声を掛けてくれた。

「いや、ちょっと……」

 わたしはそこまで言ってから、時間がないことを意識して少し早口で言う。

「花を咲かせるとき、客席回ろうと思ったんだけど持ち手が切れてて、誰か台車と思ったんだけどちょっとこれ誰が引けば演出的に不自然じゃないかわからんどうしよう!」

 全然内容を整理できていない。正直もうあと二回くらい聞き返されても仕方ない説明だ。

「……わかった。ようは、善い仙女といておかしくない格好かつ台車を引ける力のある奴がいればいいんだね」

「そう!」

 流石は志村、しんどそうなままでもまだまだ頼りになる。

「いや、でも流石に厳しいな。余りの白布を巻けばそれっぽくなるけど、俺はナレーションあるし、他の男子も役持ち以外は大道具の移動があるし、女子には多分重い」

 充分早く回転している頭の動きをもどかしく感じているのが見て取れる志村が呻く。

 そうしている間にも舞台袖に野獣が戻ってきて、父親や兄・姉役の面々が舞台に飛び出していく。つまり、美女こと末娘の実家のシーンが始まってしまう。

「春日の招待客……あの魔女さんにもう一度頼むとか」

「う……最悪の事態になったら手伝ってくれそうだけど、」

 そこまで言ってキオちゃんの様子を思い出す。許してはくれそうだけど、これ以上力を借りない方がいい気がする。いつまでも見習いで居続ける気がないのなら。

 ついでに他の招待客を思い浮かべて、わたしはあの目立つ男を思い出す。

「あの人はだめだけど男子呼んでたから探して手伝わせる。外部の生徒だけど」

 バレたら怒られるわたしに、志村は拳の甲を向ける。

「……怒られるときは一緒ね」

「おっけ」

 志村の拳に自分の拳の甲を当てて、わたしはニッと笑った。


 わたしはまた手ぶらで舞台袖を飛び出して、客席をそろそろと見回す。

 流石にすぐには見つからず、客席の外側を大きくぐるっと一回り探そうとする。

 と、一番後ろ真ん中の席に座っている背の高い二人組の人影。その片方の目元で、舞台上から届く明かりが歪に、星形に反射する。さそりだ。ということは隣にいるのはあいつだ。

「サイトウ」

 わたしが駆け寄ると、サイトウは目を丸くする。

「劇は?」

「エマージェンシー」

 てきとうに返すけど、一応真剣だ。

「事情は省くけど人手が要る。観劇中ごめんだけど手伝って。力仕事一名様募集」

 わたしが言うやいなや、サイトウはすぐに椅子から降りてわたしの視線に合わせてくる。いや最後部の座席だから移動するならしゃがまんでいい顔が近い。

「面白そう」

 キラキラした目とその一言で、サイトウは協力の表明を済ませる。

 わたしも大人しく頷いた。

 すると、サイトウの隣でこちらを見ていたさそりが、まるで戦場に持っていくお守りを渡すように言う。

「これを、私の代わりに連れて行ってほしい」

 手にあるのは星形のサングラスだったけど。

 勿論わたしは受け取って、サイトウと二人で舞台袖に戻る。

 それから待ちかねていたクジに衣装の巻きスカートを取り付けてもらいながらサイトウにやるべきことを説明して、悪い仙女として舞台に立つ。ぶっちゃけ善い仙女としての仕事が急に大仕事になったから気もそぞろだけど、練習を重ねたおかげか台詞をとちらず袖に戻って来れる。

 戻ったら戻ったで、すぐにわたしは悪い仙女の巻きスカートを外して善い仙女の衣装を着せられた。いつものウィッチハットも、白を基調としてレインボーに輝く薄布でリボンがつけられた状態で頭に乗っけられる。

 その間、ナレーションの志村が呪いの説明をしている。あんなにバタついたとは思えないほどノリノリ。

「え、そのグラサン掛けるの?」

 最終チェックで、衣装担当のクジがわたしの目元に気づいて指を指す。

 やっぱり、衣装担当としてはバランスが壊れて気になるだろうか。

 しかし、

「めっちゃレインボーじゃん」

 文化祭ハイの笑い声を漏らさないように口を押さえたクジがわたしを指差す。そう、この星形サングラス、フレームがレインボーなのだ。

「虹色に輝いてくるぜ」

 わたしは無駄に宣言して、箒片手に商人一家を引き連れて舞台に出ていく。

 白布がやたらと似合うサイトウは台車があるから、舞台袖のドアから出て行って地上部で待機する手筈だ。


 そして、スポットライトでレインボーに輝くわたしは、善い仙女として春を告げる。

「私は善き仙女。苦労するお前たちを、私はとくと見ていましたよ! よくぞ悪しき仙女の呪いを打ち破り、真実の愛を見つけましたね!」

 レインボーのサングラスを掛けたファンキーな善い仙女が、大袈裟に彼らの愛を褒め称える。

「もう冷たい冬は終わり。あなたたちには素敵な春が訪れるのです!」

 わたしの宣言に合わせて楽しげな音楽が流れ出し、背景の布絵が一枚剥がされ、春の背景が現れる。

 大団円だ。登場人物たちは歌いだし、春を讃える。

 わたしは一人舞台からふんわり着地する。

 もう抑えるのも面倒になって、飛行許可取ってないのに箒に座っていた。あとで怒られよっと。

「行くよ」

「あいあいさ」

 わたしはサイトウを引き連れて、座席を回り始めた。

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