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第七十四話 『見習い魔女と文化祭』その6

 そして、文化祭はあっと言う間にやってきた。

 うちの文化祭は一日目は校内向けの発表、二日目は一般向けの公開の計二日間……ということになっているのだが、大体の生徒は二日目に焦点を当てすぎて一日目の半分以上を準備に費やしている。わたしも例外ではない。

 先生たち曰く、新しく入ってきた一年生も含め、なぜか毎年そうなるのだという。

 一日目の目玉は先生方の隠し芸大会と、あと生徒会の校内向けのミニゲーム大会くらいだろうか。先生方の隠し芸は面白かったけど、ミニゲーム大会は一回戦敗退を二回繰り返して三回目は眺めて終わった。

 そんなあっさりした一日目と違って、二日目の校内は、朝から騒がしく楽しげな空気に満ちていた。

 わたしは朝礼が終わると予定通り衣装に着替え、ペラい看板を持ってそれを見せつつ普通に文化祭を回る。上演準備までの間のキャスト陣の仕事だ。ちなみに、引き摺るスカートはちゃんと外してある。

「やっほう魔女さん」

 パッと見天使に見える癖毛の少年に早速声を掛けられて、わたしは顔を歪めた。

「げっ……サイトウ」

「サイトウじゃないけどね」

 知らんよ。

 初対面で偽名名乗ってきた男の本当の名前などわたしは聞いていないし、メッセージアプリに出てきた気もするが速攻で表示をサイトウに書き換えてやったから字も覚えていない。

 なんとなくもう意地。だから郵便のやりとりもメッセージアプリ経由の匿名機能使ったし。

「チケット送ってくれてありがとう」

 サイトウは明らかにわたしを面白がりながら爽やかに微笑む。

 わたしだってこいつの存在そのものが嫌なわけではない。無礼でふざけてやがって、その分こっちも雑に接していい友人。その程度には感じている。

 けど、

「まさかマジで来るとは思ってなかったよ。遠いし……」

 わたしはサイトウを見上げる。相変わらず顔が綺麗で背が高くて、色素が薄い髪がシャララっと日に透けて、目立つ。超目立つ。学校という場で長く絡まれたくない目立ち方だ。今も他の生徒にやけに注目されている気がする。

 だから余ったチケットをこいつに渡したくはなかったのだ。

「えぇ〜興味あるじゃん、魔女さんがクラスで演劇とか」

「楽しそうなとこ悪いけど、結局魔法は中止になったからな?」

 わたしが水を差しても、サイトウは楽しそうにしている。

「いいよ別に。先に教えてくれたじゃん」

 そう、花降らしの魔法の使用は一昨日の全体確認の結果中止になっていた。

 理由は、出し物の順番が変わったからだ。

 本来、わたしたちの劇は撤収にかかる時間を鑑みて最後にやる予定だった。けど、順番が変わって合唱部が大トリを飾ることになったのだ。

 合唱部三年が最後に参加するはずのコンクールが中止になって、合唱部現メンバー最後の活動が文化祭になったから。

 そこまではただの順番変更で、魔法の使用許可とは関係なかった。だけど、合唱部のパフォーマンス内容が、花降らしと相性悪いものだった。

 合唱部の最後を飾る大事なパフォーマンスには、人数分のキャンドルを使う予定があったのだ。

 花降らしは植物の時間を急速に早める魔法をベースにした魔法だ。それは舞台での使用許可を取るときに学校側にも伝えてあった。ローエンに聞いて裏取りした、『部分的に酸素濃度が上がるかもしれない』という話も含めて。

 だから、万が一を考えて、一応使用中止。わたしたちのクラスは魔法があってもなくてもなんとかなるように演出を考えてあったから、ちょっと危険かもって話が出た時点で中林演出家が花降らしの使用中止を決定していた。

 中林ちゃんは元々判断が早い女なのだ。ちょっとドジだけど。以前SNSに上げた写真でわたしの顔を隠し忘れたときも、先に投稿を非表示にしてからすぐにわたしに確認と謝罪を送って来ていた。

「今日誰かと回る予定?」

 サイトウが小首を傾げる。

「一人で回るよ。ローエンや他の知り合いが早めに来てたら一緒に回るかも」

 残りのチケット配布相手のうち一人はデートに使うらしいし、一人は劇だけ見に来るらしいし、一人はサイトウ以上に遠くから来るから午後以降に来るだろうし、ローエンはわたしの出番だけ一応見るって言ってたから遅く来るだろうけど。

 わざと濁したわたしの様子を、サイトウは意に介さない。

「じゃあ一緒に回ってよ。俺今日アウェーだし」

「一人で回ってくれぇ。お前目立つんだよ」

 ストレートに言ってみるが、美形の自覚がある男ははははっと笑い飛ばしてみせた。

「宣伝効果あるじゃん」


 そうして適宜サイトウに奢らせるなどを挟みつつ校舎内をちょっと見て、校舎外に出たお昼時、わたしは最初に誘った招待客に会った。

「ふぁふぉひゃ……」

 口をおさえたその人は、魔女さん、とでも言い掛けた様子だ。

「あー……食べてからでいいぞ」

 夏の依頼ぶりに顔を合わせる著名な画家は、何かのシュールな芸術作品よろしくの顔でベビーカステラを頬張っていた。しかも星形のサングラスを掛けている。……なんで?

「もしかしてこの人川流さそり?」

 流石有名人。サイトウが耳打ちしてくるので、わたしは頷きだけ返して、お茶で口の中のものを胃に流したさそりに近づく。

「遠いからもっと遅いかと思った」

「まあ、折角だし? 高校の文化祭で色々刺激を受けたくてね!」

 さそりは突出したところもないだろう文化祭の様子を見回す。子供みたいにはしゃいでいるが、こっちはこっちで美人の類だ。無造作に後ろで括った髪もすらっとした体格も含め、女にモテそうな女って感じ。

 ……うお、今わたし女にモテそうな人類に挟まれてるのか。片方変なサングラスしてるとはいえ、わりと嫌だ。

 ちょっと造形が目立つ奴に挟まれてた程度で白眼視してくるような友人知人は持ちあわせていないが、揶揄われる危険は増すのだ。

「そっちの子もこんにちは。魔女さんの……えっと、依頼人です」

「あ、関係者Bです。こんにちは。絵、見たことあります。CDジャケットに使われた赤ピンクの花の絵がすげぇ好きで……」

「ありがとう。私もあれお気に入り。色味がいいよね」

 まともに名乗り合いもせずに和やかに会話をしだす二人の間から、わたしはさりげなーく半歩抜ける。他人のふりするほどじゃないけど、挟まれるのはやめときたい。

 しっかし、本当にあの有名画家を呼べちゃうとは。我ながらびっくりだ。

 この文化祭にさそりを呼んだのは、偶然と要望が混ざり合った理由による。

 文化祭準備の最中、わたしはさそりからのメールを受け取った。依頼関連で招待された展覧会の関連で、ちょっとした雑談みたいな内容。軽いやつ。だからわたしも連絡が来たついでに『演劇やるから背景手伝ってんだけど大きいハケ難しい。すごいわでかい絵描くって。』なんて返した。

 そしたらさそりが食いついた。『ハイ! 私演劇見たいです!』って。

 と、さそりが半歩離れて立っているわたしに気づく。

「ああ、ごめんねデート中に」

「デートじゃないデートじゃない」

 食い気味に否定する。聞き捨てならなかった。

 するとすかさずサイトウが言う。

「もしよければこの後一緒に回ります?」

「なんでお前が仕切ってんだ……」

 小さく入れたわたしのツッコミは、結局無視されることになった。

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