目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第七十三話 『見習い魔女と文化祭』その5

 とりあえず花降らしは使う方向で、かつ使わなくてもなんとかなる内容で着々と準備は進んだ。

 進め方はそれでも、文化祭の出し物。できるところからできる人が進めていく感じになりがちだ。中林演出家がなんとか進行をまとめていても、一枚岩とは行かない。

 だから先に作ってしまった小道具の都合で台詞がちょっと変わるとか、衣装の一部が作り直しになるとか、そういうぐだぐだがかなり挟まる。そこには割りを食う人がいる。

 ……と、いうことで、わたしは衣装のレインボー飾りが思ったよりスポットライトで光り輝く仕様でもリテイクは出せなかったのであった。

「これあーしの力作ぅ!」

 普段よりギャルマシマシ口調のクジはどう見ても製作ハイで、自慢のそばかすもファンデーションから敢えて透かしているのじゃなくほぼすっぴんだから見えてるだけ。ちょっと無理して来ているのは明白で、水差したらぶっ倒れそうだったし。

 わたしの善い仙女の衣装は全体的に布が多く重く長い。古着屋で買ってきた春向けロングコートに各種飾りを縫い付けるなどの改造を施して派手な飾りつきワンピース風に仕上げたものがメインになっており、あとは帽子にも余ったレインボー布でできたリボンを取り付けることになっている。

 荘厳だが、代わりにこの季節にはちょっと暑い。でもそれは仕方がないことだった。善い仙女の衣装は悪い仙女の衣装の上に着ることになっているのだ。その分、悪い仙女の衣装は薄着だ。上から何か着れば大体の部分が隠れるように出来ている。といっても、スカートが短すぎると威厳が出ないから、上から巻いてパッと取れるスカートパーツだけは引き摺る長さだけど。

 悪い仙女で厚着をしておいて、善い仙女のときまでに脱ぎ捨てるという案もあった。だけど、汗をかいて服が脱げなくなることや下に着た衣装がべたべたになること、あと悪役の方が露出度高そうというイメージの問題で、後のパートの方で布が増えることに決まった。

「体育館最近空調入ったし、別に汗は大丈夫じゃない?」

 そんな意見も途中で上がっていたが、それにも演劇経験者は首を振っていた。

「照明クソ暑い。舐めない方がいい」

 わたしたちは暑さや眩しさとも戦うことになるのだ。

 配役がある組は稽古も増えてくる。これがまた難しい。なんとか台詞を覚えても今度は立ち回りがあって、周りと協調できる程度には演技もしなきゃならない。そして、舞台から体育館全体に聞こえるようにと、声を張る必要まであるのだ。


「ハルツー、台詞の語尾が聞こえなかったー! 野獣は大丈夫!」

「俺んとこまでは聞こえてた!」

 明るく微かにざわめく体育館、委員長とあんま喋んない男子がそれぞれ言う。舞台の上のわたしはそれを聞いてからワンシーン前までの立ち位置に戻る。

 やっと体育館を借りれた今日の稽古には、台詞がどこまで届くかのテストが挟まっていた。

 わたしたち役者が舞台に立って、他のクラスメイトが舞台前から体育館の端まで間を開けて立っていって、誰まで声が届いていたか報告するのだ。

 そんな体育館の一番向こうまで立たなくても……とも思ったが、本番では観客の洋服なんかが音を吸う上に空調設備も強めに設定予定らしい。加えて、演劇がある文化祭二日目は生徒がチケットを渡した相手なら入っていいから、子連れも入る見込み。声がでかいに越したことはないのだ。

「じゃあ野獣の台詞から! アクション!」

 監督のような台詞を言う演出家(似た立場だけども)の声を合図に、またシーンごとの稽古に戻る。

 直後、中林演出家があくびをして気まずそうにパイプ椅子に座り直すのが視界の端に映った。みんな疲れているのか、あくびをしている奴が多い。さっきの男子も七回はあくびをしているし、志村ですらあくびを噛み殺して姿勢を正すのを数回繰り返している。

 みんな、忙しいのだろう。

 ちゃんとやらなきゃいけないことが多くて、本番までの時間がすり減るのが本当に早かった。



 準備と並行して、わたしは招待客の選定もしていた。

「おや、これがチケットかい?」

 ローエンがわたしの部屋のベッドでチケットをちょいちょいっとやる。ぺらっと動きやすい紙に軽くじゃれているようだ。

「そうそう。生徒一人につき五枚配れるの」

 わたしはローエンの隣に座って、靴下を脱いだ。わたし、この季節家の中で靴下履かない党。

 ローエンは大抵出掛けているか魔女の隠れ家に帰るかしているけど、最近はわたしが赴かない代わりにうちに来ることが多い。

 魔女と使い魔の関係は魔女と使い魔それぞれだ。常に一緒ってわけじゃなくてもいいけど、わたしとローエンの場合は生徒と先生のような立場を兼ねているから、気軽に相談したり報告したりの関係もあって、ちょいちょい顔を合わせる方が助かるのだ。

 今日も丁度話があった。

「あと一枚だね」

 ローエンが察したような顔でこちらを見上げるけど、わたしは首を振る。

 あ、軽くショックを受けている。斜に構えがちなくせに意外と可愛いとこあるけど、わたしだって喧嘩もしてないのにそんなに冷たくする気はない。

「おさかなよろしくくわえて持ってくるとかは大変でしょ。あんたは顔パス」

 わたしが付け加える言葉に、ローエンはふんと鼻白らんで見せる。

「じゃあこの一枚はどういう意味だい?」

「余っちゃってさぁ。別にいいんだけど、折角だから使いたいし、どうしようっていう相談? みたいな」

 わたしが言うと、ローエンは頭の回転を表すようにうにょんと尻尾を動かしながらこっちを見た。

「私に言われてもねえ。……お前が好きな駄菓子屋のばあさんや、映画館の支配人は?」

「どっちもただの常連が誘うにしては理由がない。あと文化祭の日曜は普通に上映日だよ」

「それもそうだね」

 ローエンが納得する通り、わたしがそれなりに顔馴染みやってて好いてる大人たちとは、それなりの距離がある間柄だ。誘ったら案外来てくれるのかもしれないけど、そうではなくて、違和感を覚えながら誘いをかけること自体がなんか違う。

「伯父さんは?」

 親類縁者で唯一心を開いている人を挙げられるけど、わたしはそれにも首を振る。

「誘ったけど、忙しいってさ」

 何せ医療に携わっている。なかなか休みも取れない立場なのだ。

「他の三枚は誰を誘ったんだい?」

 ローエンに聞かれて、わたしは三人のことを順番に話す。

 そこで、ローエンは呆れた顔をする。

「だったらあと一人は簡単じゃないかい」

「いや、それは……そうなんだけど。ほらまあ、それなりに距離あるし」

 わたしは誰のことを言いたいのかわかっていて、矛先を逸らそうとする。

 わたしだってそいつのことは最初に頭に浮かんだ。でも、むしろ、チケットの残りがなかったから泣く泣くそいつを誘わなかったことにしたかったのだ。

 だって、面倒なことになりそうだし。あとうざいし。

 かといって、誘わないのも友達甲斐ない気がするくらいには、スマホのメッセージアプリでの遣り取りはあるし。

「いいから、誘ってみな」

「はぁい」

 ローエンに発破をかけられて、わたしはメッセージアプリを立ち上げる。

 と。アプリが重くて通知が出てこなかったのか、立ち上げた瞬間に新しい受信内容を知らせる記号が出てきた。つまみがいくつかついた小さい機械の写真と、それからメッセージがついている。

『my new gear...』

 そういうのはSNSでやれ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?