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第七十二話 『見習い魔女と文化祭』その4

 次の日学校に行くと、学校の浮き足立ちムードがまた一段と増していた。

 大物から先に準備しだしたクラスの道具類が普通に通りがかったり見えたりするところにはみ出つつあるからだろう。

 わたしはギリギリダッシュで机に着いた直後にチャイムを聞く。こういうときに箒通学したいなと思うけど、自転車以上に置き場に困るからなしだなとも思う。下手したら何かで掃除の係になった人とかに使われて倉庫かどっかに仕舞われそう。

 それはともかく、わたしは一日特にサボりもせずに全部の授業を受ける。いや、普段だってサボらない日の方が多いし、そうじゃなきゃ進級できないんだが……でも考えてみると、文化祭ちゃんとやると決めてからは授業をサボっていないので、サボり率がかなり減っているとはいえる。

 まあ、昨日はちょっと準備休んだけど。いいのだ、文化祭の準備中って言ったって、用事あるやつはちゃんと帰れるだけの余裕は持ってあるし。

 そんなどこに向けてかわからない言い訳も挟みつつ授業を受けて、昼休み。

 わたしは、魔法による演出の相談も兼ねて中林演出家と志村と三人で机をくっつけていた。

「めずらし〜」

 普段昼食を共にするほどの関わり方をしていないトリオの様子に、何人かが物珍しそうに様子を見てくる。特に直接声をかけてきたのは前の席の女子クジと、クジと親しい女子何人かの明るいギャルたちだ。

「何か企むなら誘ってチュ!」

「レインボーに輝く衣装が必要になったらまた言うわね」

 おどけるクジにわたしのアホ発言など、愉快なやりとり。クジは衣装係の中心なので、一応そのネタ。

 ともかく、わたしたちバラバラのトリオは各々の昼食を持ち寄って椅子に座る。

 わたしはマイブームである苺ジャムとマーガリンが挟まったコッペパンに、野菜と肉を摂るべきだろうかと考えた結果追加で買った焼きそばパンと、あとペットボトルのスポーツドリンク。中林演出家は可愛いお弁当箱に水筒のお茶。そして志村は何故かスープジャーに詰められたにゅうめんを広げ出した。

「暑くないか?」

 わたしが切り込むと、志村は何故か自慢げに言う。

「普段からていねいな暮らししてそうでしょ。してないんだなこれが」

 志村はラップで別個に用意してあったミツバまで散らして、即席のていねいっぽい昼食を広げて、半分も食べないうちに額の汗を拭い出す。そりゃそうだ、見るからに熱々だもん。今日暑いし。

「あつい……」

「……せめてそうめんにしなよ」

 中林演出家は冷静なツッコミを入れながら、予備のコップで志村に冷たいお茶を分けてあげていた。

 それから。

「ごちそうさまでした」

 いつの間にやら、三人とも普通に食事に集中して完食の時を迎えていた。

「えぇっと……食べながら話す予定だったっけ?」

 スープジャーを仕舞いながら、半笑いの志村が言う。

 それぞれ普段から食事中あまり喋る習慣がないのか、慣れないメンツでどう切り出していいかわからなかったのか……わたしは二人に判断を任せているうちに食事に集中しちゃっただけなんだが、ともかく全員ほぼ黙食してしまっていた。

 わたしも空になったパンの袋を握りつぶして遊んでいるところだし、中林演出家も、残っていたデザートのりんごをぱくっと口に入れて、わたしたちの前には何の食べ物もなくなる。

「空気吸ってるからおっけー……?」

 一人だけまだ食べてると言い張れる中林演出家が、林檎をほっぺたに追いやって口を押さえつつ首を傾げる。

 それを志村が後押しした。

「おっけおっけ!」


 まず、学校側としては片づけの徹底を条件に許可が下りる見込みではあるらしい。

「前例がないから、まだ見込みだけどね」

 とは中林演出家の談。

 わたしも花降らしの魔法は日光が入らないと使えないことと、その理屈や材料を簡単に説明する。

 咲かせたい花の種と水と土と肥料を材料とした魔法で、魔方陣の要らない、単純で古い魔法。そして、日光が必要だと。

「ほうほう……じゃああんまり花咲かせると火気厳禁になるのかな」

「火気厳禁?」

 志村のコメントに、わたしは一瞬思考を巡らせる。

「あ、光合成?」

 わたしより先に中林演出家が気づいて口にして、そこでやっと思い至る。

 確かに、花降らしの魔法は主に時間に干渉する魔法であって、種から成長して花になるという工程は、魔力の補助が入ることを覗けば普通の植物と同じだ。なら、光合成で酸素を吐き出すのは当然のことだった。

「うちの使い魔は問題ないって見解だったけど……あんまり多くない方が無難かもな」

 言いながら、わたしはローエンの『よほどやりすぎない限りは』という言葉を思い出す。ひょっとして、わたしが無理をするとかじゃなくて、光合成で作られる酸素のことを言っていたんだろうか。

「じゃああんまり量やらないっていうのも先生の許可を取るときの材料に加えるか」

 志村が片手でぱちぱちスマホを触っている。多分メモだろう。

 そこで、中林演出家が目を丸くする。

「あれ? 先生との交渉とかって演出家の仕事だと思ってた」

「演出家は中身のことやる人だよ」

 志村が柔らかく伝えて、補足の言葉を続ける。

「多分外身っていうか、交渉とか予算とかは俺の仕事だね。任せちゃってごめん」

「いいよいいよ。ただの文化祭だし適宜一緒にやればいいと思う」

 返す中林演出家も、どこかふんわりしていた。上手くやってくれそうで、わたしはひたすら助かる。

 ……多分、こういう誰かと誰かの二者間の確認になってる間、口に入る飯がある方が手持ち無沙汰にならなかったんだろうな。スマホいじりまで開始すると多分夢中になっちゃって態度悪いよなぁ。

 と思いきや、急に中林演出家がわたしの方を向く。

「あ、そうだ春日ちゃん、演出家考えてたんだけどさ、」

 しかも一人称が演出家になっている。ボケなのか本気でそういう気分なのか全然わからん。

「春がやってくるイメージだから、善い仙女の衣装や飾りは真っ白じゃなくてカラフルにするね!」

「輝くレインボー……?」

 クジとの会話を思い出したわたしが聞くが、そのとき別のところにいた中林演出家は首を傾げる。

「え……? よくわからないけど、春日ちゃんがいいなら輝くレインボー衣装にするね」

 あ、墓穴。

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