劇は『美女と野獣』に決まった。有名だけどバージョン違いがいっぱいあるやつだ。
わたしは、悪い仙女と善い仙女の一人二役をやることになった。魔女役じゃないんかいって感じだけど、近いからそれでいいらしい。
まあ、揉めるよりは良い。一人二役って言ったって出番も少ないし、わたしとしても好都合だ。
志村の高速根回しのお陰か、話し合いが混沌としたのは題材決めだけで、役割分担決めは比較的すんなり決まった。
脚本も、インターネットで公開されていた学生向けのものを拝借することになり、迷ったり話し合ったりする段はあっという間に過ぎた。
脚本・演出を任された中林が持ってきた脚本は、あまり複雑ではないバージョンの『美女と野獣』だった。彼女がやっているクローズドなSNSで、すぐに親戚が教えてくれたらしい。
「一回通しで読んでみよっか」
脚本のコピーを配り終わった中林に言われて、わたしは他の役者陣と混じって手元の脚本を読む。
まだまだ場所は教室内で、道具係を避けるように黒板前で車座になった状態だから若干落ち着かない。斜め読みで、なんとなく把握するだけにしておく。
一度成功して今はちょっと金銭面が厳しい商人のおっさんが働き者で美人の末娘のために薔薇を一輪持って帰ろうとするが、人んちの庭で勝手に摘んだせいで怒りを買う。
おっさんはその場で殺されそうになるが、庭のあった屋敷の主人の温情で『薔薇を欲しがった娘を寄越せ。娘が嫌がるならもう一回自分で引き返して来い』と言われて、子供たちにお別れを言うために一度帰宅する。
しかし末娘は父のために怯えながら、一年中冬に包まれた屋敷を訪れる。すると屋敷の主人は親切に末娘を迎え入れる。屋敷の主人は人ではなく野獣であるということを除けば紳士的ないい奴で、彼も末娘を気に入って求婚などして来るが、末娘は「お友達でいましょう」みたいな答え。……心臓強いなこいつ。
あるとき父親が倒れて心配になった末娘は帰省を許されるが、心配していた家族に引き止められて約束した以上の日程を実家で過ごしてしまう。そんな日々の中で今度は野獣が倒れている夢を見て慌てて屋敷に戻ると、なんと野獣はマジで倒れている。
末娘が野獣との暮らしを失いかけたことでその大切さを自覚して逆プロポーズをかますと、野獣は元気になりついでに人間の姿になって、実は悪い仙女に魔法を掛けられて野獣にされていたことがわかる。ここで悪い仙女としてのわたしの出番だ。
ここで野獣から人間に戻る手立てが『元の姿を知らない存在からの真実の愛』だったという設定が明かされる。
回想シーンが開けると、今度は善い仙女が末娘の家族を連れてやってきて、ずっと二人を見守っていたことを明かす。ここで善い仙女としてのわたしの出番だ。……着替える時間ない気がするんだがどうするんだろうか。
善い仙女が一年中冬だった屋敷にあたたかい春を戻すと、薔薇だけが奇妙に咲いていた屋敷には色とりどりの色々な花が咲き誇るようになる。そして、屋敷の様変わりにより呪いが解けたことを知った町の人々が訪れて、末娘と野獣だった屋敷の主人は祝福に包まれて、ハッピーエンド。
わたしが知っている話とそこまで大きく違わないけど、簡略化された絵本なんかだとよく善い仙女が省略されているからその辺がちょっと新鮮だ。
あと、悪い仙女以外の悪役がいなかったり、野獣が町の人々に慕われているっぽかったりする辺りは純粋にあんま見ないアレンジだった。脚本を作った人の趣味だろうか。
わたしが最後のページを眺めていると、すぐ横には女子の長い髪が二つの束に分けられて揺れている。中林演出家がちょいちょいっとわたしの方をつついてきていた。
「春日ちゃん春日ちゃん、ちょっと相談なんだけど……」
「何?」
わざわざしゃがみ状態で寄り添って聞いてくる中林演出家は、無駄に小声で聞いてくる。
「ラストシーン、本物の花咲かせる演出とかできない? 志村から聞いたんだけど」
「ああ、花降らしの魔法か。いいけど……いや、ごめん何かあっても怖いな。使い魔に聞いてみるよ、問題ないか」
わたしも無駄にひそひそ小声で返すと、中林演出家はおさげを揺らして楽しそうにする。
「おっけ。じゃあ私も先生に確認してみるね」
「……というわけで、今日こっちに寄ったのはサボりじゃありません」
脚本を配られた翌日、捗らない小道具作業を抜けて魔女の隠れ家を訪れたわたしは、まず真っ先にローエンに中林演出家とのことを報告した。
予定のページで『青春する』を引いて以来のローエンときたら、わたしがこっちに来るとサボり扱いして追い返そうとするからだ。こっちに置き去りにしていた教科書とかペンとか取りに来ただけだったのに。
「ふぅん。体育館で花降らしを、ねえ……」
ローエンが考え込むように目を細めるので、わたしはベッドに腰掛けて答えが出るのを待つ。
少しして、ローエンは口を開く。
「まあ、問題はないだろうね。……よほどやりすぎない限りは」
後半の物言いには、じっとりした視線がついてきた。先日わたしが無茶な魔法の使い方をしてぶっ倒れたばかりだからだろう。それに関しては反省する他ない。
「ああ、でも、魔法が使えるかどうか、っていう意味では少し心配もあるね」
「何さ」
なんだろう。覚えがない。わたしが首を傾げると、ローエンは窓を見上げて言う。
「もし暗幕が完全に掛かっていたら、おそらく失敗するよ。花降らしの魔法の肝になっている内容は『成長の促進』だからね。日光がなければ成長しないだろう」
「ああー……」
忘れていた。魔法の特性ではなく、体育館で演劇をするときの状況確認を、だ。
多分、暗幕はしっかり閉じるだろう。しかも、春の行事で見た感じ、クリップかなんかで留めるところまでやるはずだ。そうすると、やっぱり日光の取り込みは厳しいものがある。一部の暗幕だけ避けれるようにするにしたって、準備は大変そうだ。
「まあ、一回話してみようかな」
そう言いながら、わたしは背中からベッドに倒れ込む。
「はる來? 学校には戻らないのかい」
ローエンがわたしの顔を覗き込むが、わたしは寝返りを打って取り合わない姿勢を取る。
「今日はもうあとは魔法の確認に時間使うって言ってあるから、戻らなくてもへいきー」
「サボりじゃないかい!」
ローエンのツッコミを無視して、わたしはお昼寝をする。たまには休みたい。
小道具作り、わたしが作ったとこだけ妙にガタガタで気が進まないし。