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第七十話 『見習い魔女と文化祭』その2

 我がクラスの文化祭の出し物は演劇に決まった。

 積極的に意見を出したとか、青春らしさを求めて後押ししたとか、そういうのでは全然ない。

 というか話し合いじゃないし。

 何のせいでそうなったかというと、学級委員長(本物)のくじ運のせいである。

 演劇をやるクラスは、くじ引きで決まったのだ。

 わたしが通う高校は一学年のクラス数が四組で、学年は当然の如く三つに分かれている。つまり学校全体でのクラス数は十二組。対して、うちの学校でステージとして使えるのは体育館のステージくらい。

 ほぼありえない話だけど、この十二組が全部同時に『演劇やります』となると、時間とステージが足りなくなる。

 だから、それぞれのクラスで出し物を話し合うより先に『ステージを使って演劇をやるクラス』を確定させてしまえということらしい。乱暴な話だけど、昔クラス劇が流行ってステージの取り合いになったときに結構トラブったから仕方ないらしい。

 しっかし、うちの学級委員長もくじ運がいいのか悪いのか。少ない方の確立を引いたもんだ。

 今年はステージを使いたい部活や有志のグループが多くて、演劇に選ばれるのは一クラスだけだったのだから。


 ……などと、他人事でいたのだが。

「春日、何か舞台の演出向きの魔法とかない?」

 学級委員長(本物)で、紆余曲折ののちあだ名が『志村』に落ち着いている男子が小休憩に話しかけてきた。ちなみに、志村の本名は殿田健である。だから何だという話だが。

「どういう場面に使えるやつ?」

 無意味に机に丸と立方体の絵を量産していたわたしは、突っ伏しに近い姿勢のまま顔の角度だけ上げて志村の顔を見た。

 すると、志村は相変わらず色白な顔を愛嬌に染めて笑う。

「何も決まってないよ。どっちかっていうと、何も決まってないから演出に使える魔法から逆算して何か提案できたらいいなってだけ。意見も割れにくいだろうし」

 ようは、意見が割れてグダグダになる可能性を潰しておこうという話のようだ。わたしは志村らしいその話に感心する。

 志村はいい意味での手抜きが出来る奴なのだ。楽な道を探すことをサボらない。

 でも、今回はおあいにくだった。

「箒で飛ぶとか、手元で何か光らせるとかならできるけど、使えそうなのはないな」

「そっか。飛ぶの……は、先生の許可が出なさそうだなぁ」

 志村は例に挙げた選択肢の一つを一瞬であっさり潰す。流石判断が早い。

 判断早すぎてついてけねえ、などと突っ込まれている場面も見たことあるけど、わたしとしてはこの早さが話しやすい。思考や発言で一旦ブレーキを踏んで速度調整をするのはまったく悪いことではないけど、あんまり頻繁だとちょっと大変だし。

「光らせるのもライトで足りると思うよ」

 わたしが補足すると、志村はそれにもすぐに頷く。

「一応聞くけど他に華やか系のやつある?」

 追加の質問。わたしはちょっと考えながら教える。

「華やか……だと、花降らしって呼ばれてるのがあるけど、花びらとかじゃなくて根っこごとごそっと生えてくるから使いづらいな」

 志村は軽く頷いて受け止めると、サクっと次の提案に移る。

「ちなみに春日は役者やれって言われたらやれる?」

「役者……?」

 人の早さを評価した直後だけど、わたしは一瞬止まる。

 反射的に『やだ』って言っても気持ちに反してない。でも、青春するなら、演劇で役を貰うのは丁度良さそうだし、深刻に嫌なわけでもない。

「上手かないし、不安要素はある。けど、反対もしないよ」

 結局わたしは歯切れ悪く答えた。

 志村はほっとしたようにまた笑顔を見せて、用意していたんだろう返事を間髪入れずに言う。

「よし、じゃあいざとなったら頼むね」

「うす」

 運動部の人っぽい返事をするわたしに軽く手を上げてみせて、志村は他の人に話し掛けに行く。

 あ、今思い出した。志村がやってるようなこういうのを根回しって呼ぶんだっけ。大人がやるやつ。話し合いやら会議の前にやっておくとスムーズになるやつ。

 とすると、今回は根回しに使える時間が少なくて大変そうだった。何せ、劇の中身決めの話し合いはこの小休憩が終わってすぐに六時間目に行われるのだ。

 わたしはまだまだ全然他人事な根回し内容を横目に、机に描いた丸を消しゴムで消す。本当は丸以外も練習したい気持ちはあったけど、魔方陣の中身をしっかり書き込んでしまうと面倒だ。それに、机にシャーペンの線が刻まれたままだと、教科書もノートもプリントも袖も手も汚れやすい。

 一番きれいに描けた丸が最後になるように調整しながら、わたしは全部のらくがきを消した。



 果たして始まった演目決めは、思ったよりも活気があった。

 お祭り好きの奴も、普段大人しい奴も、行事に真面目な奴も不真面目な奴も、存外、演劇に対する自分の意見を出し合っている。

「演劇部が本格オリジナル脚本やるらしいから、俺らは王道のやつやろうぜ王道のやつ」

「……役目にあぶれにくいように、キャストが多い話がいいと……思い、ます」

「はいはい! だったら不思議の国やろう!」

「いやそれやると裏方足りねえだろ。ロミジュリとかでいいんじゃね?」

「去年流行ったアニメのあの、なんだっけ、あれやりたい!」

「どれ?」

「ハロウィンやりたい!」

「クリスマスの話になるやつ? あれ大好き」

「男女のキャスト逆転させたいな。逆転させ甲斐あるやつがいい」

「あのぉ、刑事モノだったら役者をやりたいんですけど……」

「かぐや姫!」

 みんな結構好き勝手言っている。

 まだ意見こそ出ていないものの、わたしと比較的よく喋るクジや委員長もわくわくしている側みたいだ。

 わたしここまで来て初めて得心が行く。何故ハナからくじ引きなのか。

 ……この活気でステージの取り合いされたら、先生たち堪らないだろうなって。

 と、提案の嵐が一瞬尽きたときに、志村がスッと自ら手を挙げる。

「皆沢山考えてくれるみたいだし、ここらで一つ提案なんだけど、縛りを設けないかな?」

 そして、わたしに目くばせした。

「折角本物の魔女がいるクラスなんだし、魔女か魔法使いが出てくるやつに絞るのはどう?」

 なるほど。これ以上なくわかりやすい提案だった。

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