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第六十九話 『見習い魔女と文化祭』その1

『青春する』

 魔女の予定帖に記されていた文字を思い出して、わたしは笑う。

 そうだな、青春するならこれくらい本気出さないとな。

 わたしは次々に花降らしの魔法を使って、辺りを花まみれにしていく。

 どう考えても後片付けが考えて憂鬱になりそうだったけど、一旦忘れておくことにした。

 だって、折角の文化祭。

 ここでやめちゃうなんて勿体ないって、そう思えるところまでやってみたのだ。

 とはいえ、ホントのホントに最初からこんなに前向きだったわけじゃなかった。

 わたしは魔法を続けながら、今回の予定を目にしたときのことから、今までのことを思い返してみる。



「はい?」

 謎すぎる。いつもなら魔女が後回しにしていた依頼が書いてあるはずなのに。

 わたしは魔女の隠れ家のベッドに座っていた姿勢から後ろに倒れ込み、丁度良い日向の中に体を晒す。

 ひとまず小春日和の今日この頃は気持ちがいいけど……どう捉えたらいいのかわからないから、どうしたらいいかわからない。

「どうしたんだいはる來」

 無意識に唸っていたわたしの横にローエンが登ってきて問いながら自分の前足を舐めて、ついでに顔を洗う。あ、耳越えた。雨か?

 内心の冗談(迷信らしいし)はともかく、わたしはローエンに開いたページを見せる。

「これ。意図がわからんすぎる。あんたわかる?」

 元々は魔女の使い魔だったこいつなら、わかるかもしれない。

 すると、ローエンは少し考えて、訝しげにわたしを見る。

「意図って。まんまじゃないのかい? 青春しておくつもりだったんだろう」

「えぇ~……依頼じゃないじゃん」

 難色を示すわたしに、ローエンは黒い毛に囲われた金色の瞳を細める。

「これまでだって依頼じゃないものもあったろう」

「どれよ」

 飛び起きたわたしに、ローエンは軽く首をかしげてみせる。

「結婚祝いの皿を届ける予定。あったろう?」

「あー」

 あった。確かに。そんなの。でも、

「あったけど。でも、じゃあ今回は無理じゃん。あいつもう消えちゃったし」

 わたしは予定帖にバツをつけるために書くものを探す。机だったか、ベッドの枕の近くだったか、ポッケに入ってたか、床に落としたか……うろうろしだすわたしを見上げて、ローエンは不思議そうにしている。

「お前がすればいいじゃないか、青春」

「はい?」

 わたしは先程文字の上の魔女に取ったのと同じ態度を取る。

「いや、『青春する』って、魔女がしたかったんじゃないの?」

「そうだろうね。だから、予定を引き継いだお前が青春すればいい」

 うぐ。わたしは言い返すほどの根拠がなくて黙る。

 ローエンの指摘は続く。

「それに、今回もランダムにページを開いたんだろう?」

「うん。それは、そう……」

 魔女が遺した予定帖は、ただの予定帖ではない。魔法が掛かっているから折れたり汚れたりはあんまりしないし、経年劣化もほとんどしてない。

 それに、『魔女をやってる者がランダムに開く』という行為そのものが簡易的な占いとして働くようになっていて、概ねはやるべき順にページが出てくる。

 ……まあ、概ねだから合ってないときもありそうだし、ギリギリじゃねえか! ってキレたくなるタイミングに期限付きのやつが出ることもあるけど。

 でも、正直、

「しっくりこないなぁ。色々放り出したくなかったから、始めたのに」

 わたしは自分のせいで消えた魔女の予定を消化するぞ、という気持ちで魔女見習いになったのに。これじゃわたしの予定だ。

「小休止のつもりでやってみな」

 ローエンはモヤつくわたしに構わず、あくびをひとつするとささっと外に出かけてしまった。

「えぇー……ふぁっ……」

 難色を示そうとして思いっきりあくびが移ったわたしは、これ以上違和感にひっかかり続けるのも馬鹿らしくなってくる。

「まあ、やってみるか」

 やってみるとなると、確かに時期は丁度いい。

 わたしはスマホを取り出して写真フォルダに残された学校行事のプリントの文字を拡大する。

 文化祭まであと二週間。準備期間まであと数日だし、多分明日か明後日にはクラスの出し物決めだろう。

 めっちゃガラじゃないけど、今年の文化祭は青春をやってみることに決めた。


 ……のは、いいものの。

 青春するってふわっとしすぎてわけがわからん。



 だからわたしは、昼休みたまたま一緒になった委員長(あだ名)に話題を振ってみる。

「文化祭で青春ってどういう感じのことだと思う?」

「知らんけど」

 先に弁当を食べ終わってわたしの髪を勝手に三つ編みしている委員長は、一旦一言で斬ってから考え始める。

「……んまあ、文化祭に本気で打ち込めばなんでも『文化祭で青春』じゃない? あとはデートとか? あ、わたしはタコくんとデートです」

 聞いてもないのに惚気てくれた。タコくんってのは確か委員長の彼氏の高尾くんのことだ。一回デートしてるところに遭遇したから知ってる。

「なるほどぉ」

 それにしても、意見は一理ある。委員長は前に予定の消化で悩んでたときにもナイスなアイディアをくれた女。流石委員長だ。学級委員長は別の人だけど。

 わたしは残りのコッペパンを口に入れて、自販機で買ったパックジュースで飲み下す。

 委員長はわたしの長い癖っ毛を編み終わって、ロープ状になったそれを弄りながら言う。

「それも魔女の仕事関係?」

「そう。いや、違う」

 わたしは頷いて、でもやっぱり違う気がして、返答に迷う。魔女という女に関する予定ではあるけど、魔女という属性にくっついている仕事じゃない。

「どっちよ」

 いやまったくもってその通り。

「わたしの先代みたいな人の……指示? みたいなやつ」

「青春しようぜって?」

「うーん……まあ、そう。たぶん」

 肩越しに覗き込んでくる委員長を見上げて頷いた。

 すると、委員長は自信なさげになってしまったわたしに悪戯っぽく笑う。眼鏡のレンズ越しでも、瞳が輝くのがわかる。

「じゃあこれもまた青春ってことで~」

 そうして、わたしは昼休みの残り時間全部で、委員長の力作に付き合わされる。

 最終的に三つ編みは六つに分割されて、頭の両側で複数の輪っかを垂らすようにまとめたアレンジになって、午後のわたしの髪型として固定された。

 たまには、悪くない。

 わたしは委員長によって綺麗に髪につけられたクソ長いリボンを指で弄びながら、午後の授業を受ける。

 確かに、小さな青春見つけたって感じだった。

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