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第六十三話 『だれかの思い出の庭』その5

「それ、育ててた子は気にしなかったのか?」

 わたしは当然の疑問を口にする。

 だって、わたしだったら絶対に気にする。

 わたしが出会った魔女もまた、『しくじった』とはいえわたしを助けるために動いてしくじった。それは正直言って、どう繕っても胸に残る事実だ。

 記憶の魔女は、軽い調子だ。

「いい質問。気にさせないようにうまーく話してあるよ。生き字引降りるときの仕様ってね。あと勘付かれてもやだしあんまり話題に出さないようにはしてたかな。だからお庭の再現も後回しにしてたわけだし」

「むぅ……」

 確かに、思い出したいものである庭の話すらしてなかったら、生活に流されて怪しむ機会すらないかもしれない。でも、それはそれでなんか、その子(今は成人してるかもしれないけど)に感情移入してしまう立場としては、もやもやする。

 そんなわたしを記憶の魔女は笑う。

「あははっ、はるちゃん、かわいーねぇ」

「……バカにしてる?」

 わたしがなるべく険しく見えるように目を細めると、記憶の魔女は釈明なんだか火に油なんだかわからないことをしだす。

「あぁいやね、子供って大人から見たら全然失敗してもいいような場面の失敗でこの世の終わりみたいな顔するでしょ? お遊戯会で転んだ子供とか。どうしてもそういう視点で見ちゃうからさ、可愛くて」

 ちょっとムッとするわたしに、記憶の魔女は続ける。

「魔女って人間とそう変わらないよ? 変わらないんだけどさ、でも単純に長生きしだすと枠からはみ出ちゃうんだよ。つまりね、自分の記憶がほぼ吹っ飛ぶとかも、不便しない範囲なら小さいことなのよ。少なくともあたしからしたらね」

 記憶の魔女の笑顔は、本当に完成度が高い。安心させるための嘘なのか、ただ事実を並べているだけなのか、実はからかっているのか、真意を測るのもばかばかしいくらいに。

 降参するしかなさそうだ。わたしは肩をすくめて、力を抜いた。

「嘘つきだな」

「あはっ、そうだよ」

 勝利者はやっぱり、輝く笑顔を浮かべた。

 やたら元気だ。しかし、解せないこともある。

「そんなに未練なく記憶を手放したって言うなら、なんで覚えてもない庭を、そんなに見たいんだ?」

「それもそうだね」

 その疑問には、ずっと黙っていたローエンも加わってきた。

 記憶の魔女は少し考えて、言う。

「……記憶くらい痛くもないってのは嘘じゃないんだけどね……貴重な紙幅をわざわざ割いて書くくらい嬉しかったことまで永遠に失くしっぱなしっていうのも、なんか……なんかちょぉっと欠けてる気がしちゃって。大したことないって結果になるとしても、それくらい知ってはおきたいのよね」

 わたしが見た中で一番憂いに近い顔の記憶の魔女は、ため息のように口を動かす。

「まあ、完全に覚えてない以上『だれかの思い出の庭』にすぎないんだけど」

 そこではたと気づく。

 完全に覚えてなくて資料も残っていないとなると、わたしが知っている魔法では対応しきれない依頼なのだ。

「あー……それなんだが、わたしの知識と能力の範囲を大幅に超えているから……せめて、準備期間とかもらえない……?」

 わたしは依頼の引き伸ばしをはかってみる。あれだけ念押しされてしまっておいて今から断るのも嫌だし。

 記憶の魔女は、んー? と不思議そうに首を傾げる。

「別に知識さえつければそこまで難しくないよ。庭を再現って言ったって記憶の投影をするだけだし」

「そう……あれ? ってことはきお……キオちゃん、は、自分でできるってこと?」

 今度はわたしが首を傾げる番だった。自分でできる魔法を依頼する理由がわからない。

 ……それにしても呼びにくい。記憶の魔女の方がしっくり来るせいで呼び方で躓く。頭の中でもちゃんとキオちゃんって呼ぶべきなんだろうな。

 きお、ちゃんは片手を頬に当ててややコミカルに困った様子を表現してみせる。

「使うのは場所に宿った記憶を呼び出すふるーい魔法なんだけどね、元々複雑な魔法な上に結構遡るせいで、対価を用意しきれないのよね……捨てられない女の断捨離がてら色々使えるものを探しても、足りない分は魔力を注いで補うことになる。とすると魔法を使うのと対価に使うので魔力が二つ必要になる。で、」

 ウインクと共につんと指差された。

「もう一人の魔女の出番ってわけ」

「なるほど」

 わたしは反応に迷って、なぜか指先に自分の指先を当てた。

 ズレた。 



 その日、わたしたちは早めに解散することになった。わたしが箒でまた長距離移動して帰宅するからだ。

 かなり遠いからいっそ泊まるのもアリだったけど……どっちにせよ、思い出の庭の再現は来週じゃないとできない。

 何せ、今回の依頼をなんとかするには、準備や予備日が必要になるのだ。

 まず、キオちゃんのあの収納魔法の中に大量に入った荷物たちの中から対価に使える、使ってもいいものを選り分けなければならない。わたしには一切手伝えない作業だ。

 それから、庭に魔法陣を描くために雑草とか諸々をなんとかしなければならない。これはわたしとキオちゃんでやるのかと思ったら、めんどいから業者を呼ぶらしい。

 次に、わたしも泊まりの準備と……あと、次の日一日寝込む準備をしておいた方がいいらしい。

「そんなに疲れるのか? 世界中から記憶と記録を消す魔法をやったときは、わたしもピンピンしてたんだけど」

 前に叶えた依頼のことを思い出しながらわたしが言うと、記憶の魔女は当たり前に空中に線を描いて教えてくれた。

「んー、そのときの魔法を一つのでっかい丸だとすると、こうだからかなぁ」

 無駄にレインボーだった線は、記憶と記録を消したときの魔法を大きな丸型で表現して、次に今回の魔法を、二つの図形とそれを縫い合わせる線で表現した。

 土地の記憶を呼び出して、それを映像に投影する。そしてそのとき、人間や魔女とまったく体系の違う土地の記憶を、視覚情報に置換する。

 三つ魔法を使うから、めーっちゃ大変で、疲れる、と。


 それにしたって、なんだか今日は話してばかりだった。

 わたしは夕空の中、無言で箒を運転する。

 ローエンもあまり話しかけては来なかった。

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