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第六十話 『だれかの思い出の庭』その2

 どこの魔女って。

 迷いつつ、わたしは自分が住んでいるところの地名を普通に伝える。

「なるほどね!」

 ポニーテールの魔女は力強く頷いた。

「全然わかんない!」

「オイ」

 わたしが思わず低く突っ込むと、ポニーテールの魔女は明るく笑って家の門を開けながらわたしたちに手招きする。

「立ち話も何だし、散らかってるけどどうぞ。用件もゆっくり聞くよ」

 そう言って、ポニーテールの魔女はわたしたちに背中をå向けた。

 先について行くのはローエンだ。わたしが最後じゃないと、気軽に門を閉めることもできないから。

 気軽に、ってつくのは、一応魔法でできるっちゃできるからだ。まあ小さなかんぬき付きの開閉なんか目視してないと上手く行かないことの方が多いし、こんなどうでもいいことで魔力のコントロールを発揮する方が面倒だから、普段からそんなことはやってられないけど。

 門から玄関まで一メートルちょいの道を行く途中、わたしはふと家の左側を見る。背の高い植木で隠されていて外からはほとんど見えなかったけど、道から見て左側には結構広い庭がありそうだ。魔女の予定帖に書き残されていた『庭』は、多分そこのことだろう。

 だけど招かれて一直線に庭に向かうのも変すぎるし、普通に失礼だ。わたしは後で話題に出すことにして、玄関から家に入る。

 そして、後ろ手にドアを閉めて、内装に目を向けた。

 玄関と正面の廊下は普通だ。普通の洋風の民家。ナチュラルなフローリングの木目に、右に階段があって、左にドアがあって、まっすぐ廊下が伸びている。

 そんな中に、はっきりとした違和感があった。

 魔法による隠し収納が、いくつか“開きっぱなし”になっていて、壁際や廊下の際の変なところから物がはみ出している。

 廊下から毛布の端っこだけがはみ出している様子なんかは、ゲームか何かの3D オブジェクトが重なって表示されたみたいで、現実感が薄い。インターネットによく転がっているクソコラってやつに雰囲気が近い。シュールだ。

 わたしは隠れてない隠し収納につられて、隠し収納が見える目の凝らし方をする。

 この目の凝らし方は軽い魔法の一種ではあるけど、使う当人からするとそこまで大袈裟なものでもない。隠し収納の魔法を覚えれば、普通に目を凝らしたり細めたりするのと同じ感覚で出ちゃうものだ。

 だから今も、ジロジロ詮索してやろうだなんて考えたわけじゃなくて、なんとなく注視してしまったという感覚。悪気はない。

 悪気はなかったんだが……。

「は……?」

 わたしは靴を脱ぐのも忘れて絶句した。

「あはー、あたしさ、モノを捨てるのって苦手なんだよねー」

 ポニーテールの魔女は能天気に笑っているが、そんな苦手なんてもんで済ませていいのかわからない光景だった。

 壁にも階段の側面にも床のちょっとしたスペースにも靴箱の横にも――様々な箇所に、ぎっしりと、魔法による隠し収納が入っていた。よく見ると、“開きっぱなし”の隠し収納の中にも隠し収納が潜んでいる気配がある。マトリョシカ収納。そこまでやるほどの捨てられなさもよくわからなければ、マトリョシカ収納ができちゃう技量の高さも意味わからん。

「これは……すさまじいねえ……」

 わたしの様子に気づいて室内を見渡していたローエンが小さく呟く。

 技量と物の多さ、どちらに対するコメントかはわからないけど、どっちだったとしてもまったく同感だった。すさまじい。

 ポニーテールの魔女は、玄関先から動かないわたしたちを置いて一旦奥に引っ込んで、やがて綺麗な雑巾を戻ってきた。それから雑巾をローエンの足元に置いて、こほんと咳ばらいをする。

「ね、あんまり見られると恥ずかしいよ……?」

「あ、悪い……」

 わたしは慌てて目を普通の感じに戻して、靴を脱いで帽子も脱いだ。ローエンも自分で足の裏を拭いている。

「散らかってるけど、足の踏み場はあるから上がって」

 ポニーテールの魔女に先導されて、わたしとローエンは魔女に続いて廊下を行く。

 確かに、収納魔法のお陰で床はすっきりとしていた。


 廊下の突き当り、どこかレトロなダイニングキッチンで、ポニーテールの魔女はわたしに淹れたての紅茶を出した。

「うち飲み物これしかないの。あ、でも水の方がよかった?」

 自分の分を吹いて冷ましながらポニーテールの魔女は言った。わたしも軽く紅茶を吹きながら答える。

「いや、別にお茶は飲める」

 本当は紅茶なら砂糖があった方が助かるけど、言い出すのがめんどくさい。

 床にいるローエンは、平皿に淹れられた水に真っ先に舌先をつける。一匹だけ冷ます必要がないからだ。

 わたしはローエンにつられるようにして、ティースプーンに乗せた小さな一口を口にする。やっぱり割と渋かった。

「ごめんやっぱ砂糖はほしい」

 素直に言うと、ポニーテールの魔女はぱちんと指を鳴らす。

「あ、こっちこそごめん砂糖忘れてた」

 ポニーテールの魔女自身はわたしに向き合ったままなのに、わたしから見て肩越しに立っている棚が小さく開いた。その中から砂糖瓶がすーっと空中を滑ってこっちにやってきて、わたし用のティーカップの横に音もなく着地する。

 別に複雑な魔法は使っていない。でも、完全ノールックだし、コントロールも繊細だ。

 わたしは早速砂糖瓶の中身を……掬い、たかったが、すんなり行かない。砂糖が固まって瓶の底に張り付いている。

 仕方なく、砂糖瓶に刺さっていたスプーンを軽く叩きつけて、外れた欠片を丸ごと自分の紅茶に入れた。

 魔法はすごいけど、生活はずぼら。そんなそのまますぎる印象を抱く。

 わたしはソーサーに置いてあったティースプーンで紅茶をかき混ぜてから一口飲み直して、飲み進められるとわかってから、話を切り出す。

「申し遅れたけど、わたしははる來。こっちの黒いのはローエン。わたしは、夏から魔女見習いをやってる」

「超フレッシュだね」

 ポニーテールの魔女はしつこく紅茶を吹きながら、ごく自然に続ける。

「師匠は?」

 雑談の軽さだ。対してわたしは少し真面目に、魔女の予定帖をポケットから取り出して差し出した。

「この予定帖の魔女が、師匠っちゃ師匠にあたる」

 人間なら名前を伝えるのが早いのだろう。だけど、魔女には本当の名前という情報を他者に握らせない派もいて、わたしの先代は握らせない派だった。

 それに、わたしと同じで自分の名前を好いてもいなかったそうだ。だからなんとなく、魔女の名前は知らないままにしている。一応ローエンは知っているらしいし、ちゃんとした書面を引っ張り出せば出てくるらしいけど。

 しかし、この相手に、これだけで伝わるだろうか。

 わたしが様子を窺う中、ポニーテールの魔女はやっと一口目の紅茶を飲んで、パッと明るく笑った。

「やっぱりあいつの弟子ね! まあ魔力でなんとなくわかってたけど」

 そして、つるつるした継ぎ目のない笑顔のまま続ける。

「それで、あいつはいつ死んだの? それともなんかしくじって消えた?」

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